ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2024年05月31日(金) 枯木に花を

雨のち曇り。気温は朝から殆ど上がらず涼しい一日だった。


紫陽花にはやはり雨が似合う。色もいっそう鮮やかに見える。

雨合羽を羽織ったお遍路さんが俯き加減で歩いていた。

車窓から会釈をしたが残念ながら気づいてはもらえなかった。

同行二人とは云え独りで山道を歩くのは心細いことだろう。

窓を開けて声を掛ければ良かったと後から悔やまれる。

いつもそうだけれどタイミングが悪いのだ。

そのうえに縁もあるのだろう。その縁は決して目には見えない。





午前中に月末の支払いを済ませる。

買掛金ばかりではなく自動車税や固定資産税もあった。

現金はもちろんのこと預金もわずかの残高となる。

「いちかばちか」と思ったのだ。後は野となれ山となれだ。

同僚のお給料だけはなんとか確保。これは一番大切なことである。


義父は全く関与せず完了の報告をすれば「そうか」の一言だった。

「もう底を着いたけんね」と言えばまた「そうか」である。

これにはさすがの私も気が抜ける。まるで私が社長のようだ。


大口の売掛金回収はゼロ。今日の売上金は一万二千円だった。

来週からまたこつこつと蓄えていかなければならない。

とにかく自転車を漕ぎ続けることだ。漕ぐのを休めばアウトである。


いかにも苦労話のようであるが私はこの緊迫感が好きだった。

なんだかいつかは枯木に花が咲くような気がするのだ。

簡単に乗り越えられるような山であってはならない。

必死の思いで登ってこその「山」なのではないだろうか。


今日も2台の車検が完了。書類を作成していたらすっかり遅くなる。

4時半に退社。もう買い物をする時間は無さそうだった。

こんな時は「ほか弁」に限る。電話をして5時過ぎに取りに行く。

夫の晩酌にぎりぎり間に合った。冷蔵庫にイカの塩辛があり助かる。

家族は誰一人文句を言わない。むしろ「ほか弁」を喜んでくれた。


今日も心地よい達成感である。やり切った感が半端ない。

試して頂いたのだと感謝の気持ちが込み上げて来る。


私はどうやら追い詰められるほど力を発揮するようだ。

若い頃からだてに苦労を重ねて来たわけではない。

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」と云うくらいである。

買いはしなかったが沢山頂いたのだと思う。

もちろんタダなのでなんと有難いことではないか。


やがて定命が尽き一生を終える時が来るが

苦労した甲斐があったと思えるような最期でありたい。

その時には枯木にいっぱい花が咲いていることだろう。


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