2023年05月09日(火) |
もうどうなってもいいや |
五月晴れ(さつきばれ)は本来梅雨の晴れ間を云うのであり
「ごがつばれ」と読めば今の時期の晴れ間を云うのだそうだ。
それも最近になってからだそうでテレビや新聞から広まったらしい。
今日テレビで「ごがつばれ」と言っていて違和感を感じたけれど
調べてみたら間違いではないことが分かった。
大昔からある日本語もそうして進化していくのだろう。
山里に大きな栴檀の木があり薄紫の花が見事に咲いていた。
風に揺れる花はいかにも初夏らしい風景である。
栴檀の木は季節ごとに姿を変えるがどの季節も私は好きだ。
秋になればオリーブ色の実を、冬には黄金色に変わる。
その実を鳥が啄み糞をすればまた新しい木が生えるのだそうだ。
すごい生命力だなと思う。きっと「実」こそが命なのだろう。
昨夜はどうしたことか一時間ごとに目が覚めてしまいよく眠れなかった。
いつもは爆睡なのでいささか辛い夜になってしまった。
変な夢ばかり見る。喪服を着て誰かのお葬式に行こうとしているのだが
黒い靴を履いていないのだった。これでは行けないと焦っていると
はっと目が覚めてまたしばらく眠れなくなってしまうのだ。
もしかしたらストレスかなと思う。昨夜は特に気が滅入っていた。
その上に「書く」と云う行為が拍車を掛けたのかもしれない。
酒量も多かったので少し興奮していたようにも思うのだ。
ニコチン中毒の上にアル中かともう救いようがなくなっているようだ。
今夜は昨夜ほどの苦しさはなく気分も落ち着いているような気がする。
早い話が観念さえすれば済むことなのだった。
「観念」とはもうこれまでだと諦めること。覚悟することである。
今日は同僚の煙草をくすねてはなんとか凌いだ。
もう最後だからと言い訳をしていたがまだ明日もある。
禁煙外来は午後からなので午前中は子豚の姿を見かけるだろう。
正直言ってもううんざりしている。未練がないわけではないが
ここに子豚と書くだけで嫌悪感が沸き起こって来るのだった。
結局最後まで殺すことは出来なかった。
後は子豚の息が絶えるのを見守るしかないだろう。
これまで闘って来たせいか敗北感が半端ではなかった。
「もうどうなってもいいや」と今夜は思っている。
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