氷点下の朝が続いている。
山里は平野部よりも気温が低く8時半にマイナス3℃だった。
事務所のエアコンを28℃に設定してもお昼にやっと20℃。
同僚は暖房器具など無い工場でどんなにか寒かったことだろう。
そんな寒さのなか庭の椿の花が一輪だけ咲いていた。
傍らには蕾がたくさんありまるで希望のようにふくらんでいる。
椿の花は咲き終わるとぽとんと落ちてしまうので
縁起が悪いようにも言われるけれど私は好きだなと思う。
34年前に私が勤め始めた頃からあった椿の木なので
きっと若かりし頃の母が植えていたのだろうと思われる。
母も椿が好きだったのだろう。私達はやはり似ているのかもしれない。
17歳で父と結婚した母はずっと官舎住まいだった。
平屋だったけれど猫の額ほどの庭しかなかったと記憶している。
物干し台を置くだけで精一杯で植物を植えていた記憶はない。
当時は樹木を植えるなどとんでもない事だったのだろう。
ましていつ転勤になるか分からない。家はあくまでも借家であった。
そんな母が義父と再婚して広い庭を手に入れたのだ。
やまももの木。ねむの木。芙蓉の木。紫式部の木。梅の木。
そうして椿の木とどれほど嬉しかったことだろうと思われる。
私は20歳になって初めてそんな母の事を知ったのだった。
数年前の入退院を繰り返していた頃には樹木を我が子のように気遣い
誰も手入れをする者が居ない事を嘆いていたこともあった。
私は敢えて何もしなかった。忙しくてそれどころではないのは言い訳。
ただ花が咲けば母を想う。母の花なのだなと愛しく思って来た。
椿の木も周りは枯草に覆われているけれど
「今年も咲いたよ」と知らせてくれる母の声のようでもあった。
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