日が暮れるなり雨が降り始める。 遠くから雷の音も聞こえてきてなんだかざわざわとした気持ち。 雨音はリズミカルにそんな私を宥めるように歌い続けている。
気掛かりでならなかった例のお遍路さんは、 どうやらドクターストップを免れたらしく 病院から戻るなりすぐに旅立ったようだった。
私と同じように心配していた人が他にもいて その人が大橋を渡ろうとしている後姿を見たと言う。 追いかけて行って声をかけたかったけれど出来なかったらしい。 せめてもと後姿にそっと手を合わせ見送ってあげたそうだ。
私も見送ってあげたかったとすごくすごく思った。 昨日会った時には、すっかり諦めモードだったせいで もう歩けないと決めつけてばかりいた自分がとても悔やまれる。 歩けるかもしれないでしょとどうして励ましてあげなかったのか。
彼は決して諦めてはいなかったのだとはじめて気づいた。 諦めるように仕向けていたのは他ならぬ私自身ではなかっただろうか。
もしも私が彼の本当の母親なら「帰ってきなさい」と言ったかもしれない。 これ以上無理をさせたくないと母親なら誰しも考えることだろう。
でもあえて過酷な挑戦を「ゆるす」それが本当の愛情なのかもしれなかった。
どんなにはらはらしてもそっと見守る気持ち。 それがとても大切なことだとあらためて感じた出来事になった。
歩き出したからにはなんとしても結願をと強く強く願っている。
お大師さま。どうかこれからの彼をあたたかく見守ってあげてください。
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