夕暮れ間近、何気なく窓の外を見ていたら。 重そうな荷物を背負った若いお遍路さんが土手を歩いていた。 どうやらお大師堂に向っているようでほっと嬉しく思う。
ほんとうは追いかけて行って声をかけたかったけれど。 それも間に合わず後姿に「お疲れさま」と手を合わせた。
水道のないお大師堂。顔を洗いたいだろう、足も洗いたいだろうと。 なんとも申し訳ない気持ちになりながらも歓迎する気持ちが大きい。
夕方行った時に少し掃除をしておいた。良かったなってすごく思う。 なんだかまるで自分の家の一部のように思ってしまうのだった。
はるか昔。夫がまだ少年だった頃の話だけれど。 我が家は善根宿のようなことをしていたのだそうだ。 その頃の家はもう新築されて面影もないのだけれど。 「こんまい部屋」という四畳半ぐらいの離れがあった事を覚えている。 こんまいとは方言で「小さい」という意味だった。 その小さな部屋がお遍路さんの泊まる部屋だったらしい。
お遍路さんのお世話はもっぱら祖父母がしていたとのこと。 食事は質素な物だったらしいが、お風呂だけはしっかりと入ってもらえたそうだ。
その話を夫から聞いたのはつい最近のこと。 私は胸がいっぱいになって涙が出そうなほど感動したのだった。
今の我が家にはもちろんもう「こんまい部屋」はないけれど。 祖父母の意志を継ぐことは出来ないのだろうかとふと考える。
「無理だよ」と夫の一言。馬鹿な事を考えるなよとも言われた。
けれども私はすっかり諦めてしまったわけではない。 もしかしたら・・・と今もそう思っている。
せめてお風呂だけでも。その気持ちはずっと変わらないと思う。
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