朝の寒さが少しゆるみほっとする。 どうやら雨が近づいているようだ。 それもまたよしと思いたいものだ。 冷たい雨になってしまうかもしれないけれど。
仕事中。母が庭の草引きを始めた。 それは母の気分転換でもあり止めもせずにいると。
枯れ始めたコスモスを根こそぎ引き始めてしまう。 それはとてもはらはらとする光景だった。 いくら枯れてしまったとしてもそっとそのままに。 そうでないと毎年咲いてくれる花が憐れでならない。
まして私の大好きな花。あんまりではないかと思った。 ついに耐えかねて少し母を咎める口調になってしまった。
「だって汚いでしょ!」それが母の言い分。
確かにそれはもう美しくはない。可愛くもないかもしれない。 けれどもどんな姿になっても愛しい気持ちを忘れたくはない。
ふとどうしてあげればコスモスは喜ぶのだろうと考える。 汚いと言われてまでもそこに在り続けることが幸せなのか。
答えは見つからないままだったけれど。 結局私も母を手伝うことになってしまった。
どうか来年もきっと咲いてくれますように。 引き抜いては種をなるべくたくさんふるい落とす。 種さえあればきっと大丈夫。やっとそう思えるようになった。
信じてあげなくては。それがいちばんのことなのではないか。
また巡り来るだろう秋にきっと再会出来ることだろう。
たくさん咲いてくれてありがとうね。供養のように手を合わした午後。
|