とうとう八月も今日で終わり。 残暑を楽しむような気持ちでいたけれど。 ふっと吹き抜ける風に秋の気配を感じた。
職場の庭先には鶏頭の花が咲き始める。 ちいさな炎があちらこちらで燃えているよう。
月末の仕事をたんたんと終え帰宅する。 ほっとひとやま越えたような安堵を感じる。
なるようになるからといつも母は言うけれど。 また無事になんとかなってくれたようだった。 危機感がそうして薄れていく。まだ大丈夫だ。 この先いくつの山を越えなければいけないのか。 そこに山がある限り登るしかないのだと思う。
夕暮れを待たずにいつもの散歩に出掛けた。 お大師堂には昨日のお遍路さんが逗留しているはず。 自炊をしていると聞いていたのでお米を少し持って行った。
けれどもその姿はどこにも見えず。 ゆっくり休みたいと言っていたのに今朝旅立ったようだった。
きっと自分に鞭を打つように出掛けた事だろう。 それが修行というものだろうか。なんとも気掛かりだった。
帰り道の土手で秋に似た風に吹かれながらもの想う。
ひとにはいろんな生き方があるものだ。
それぞれの道をいく。山もあれば谷もある道を。
行ってみなければ何もわからないから進むしかないのだ。
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