雨上がりの青空が見えたのもつかのま。 午後にはまたうす雲につつまれていく空。
山里ではしきりにウグイスが鳴く。 それがあまりにも透き通った綺麗な声で鳴くものだから。 母が真似をして歌うように鳴いてみせたりしていた。
そんなひとコマが微笑ましくてならない。 平和だなと思う。なんとのどかな午後なのだろうか。
その母が急に思い立ったように庭の桜の枝を切り始めた。 どうして?とはらはらするような気持ちでそれを見守る。 サクランボの実がなるはずの桜の木だったのだけれど。 今年はそれがならなかったから切ってしまうのだと言う。
だからと言って切ってしまうなんて酷いではないか。 そこまで出掛かった言葉をぐっと飲み込むように我慢する。
母というひとは時々そんなふうに衝動的な行動をするひとだった。
切り落とされた緑の艶やかさ。哀しいと思うのは私だけかもしれない。
そうかと思うと今度は蕾をいっぱいにつけたクチナシの木の手入れ。 それが芳香を放ち咲く日をとても楽しみにしているようだった。
日頃から植物を愛してやまない母のこと。 『切る』ということも愛なのかもしれないとふと思う。
私は『切る』ということがとても苦手だった。 どんなに生い茂っていても切ることをためらってしまう。
そうすることで植物が息を吹き返すことがあるのだとしても。
切るということはとても勇気がいるように思えてならない。
それは決して植物だけに限られたことではなかった。
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