おだやかな小春日和がありがたい。
ここ数日はずっと川仕事に精を出している。 朝は少し寒いけれどすぐにあたたかくなって。 作業をしていると薄っすらと汗ばむくらいだ。
あとふつかほどで作業も終わりそう。 そうして収穫の時を待つばかりとなる。 不安のふの字をふっと吹き飛ばしながら。 きっと大丈夫だろうと思えるようになった。
山里の職場も気になり母にメールをする。 忙しいのだろうか返事が来なかったけれど。 電話などして不機嫌な声だったら嫌だなと思う。 いつも勝手ばかりしていて済まない気持ちでいる。 母のことだもの。きっと理解してくれているだろう。
ふと10年後をおもった。 母は82歳になってしまう。 会社を廃業しない限り母は働き続けるだろう。 母が続けている限り私にも定年退職はないことになる。
先日もちらっとそんな話しをすると。 母はたちまち不機嫌になってしまった。 「先のことを考えていたら何も出来ないよ」と言う。
確かにそうかもしれない。 けれども私は先のことを考えずにはいられないのだった。
そこで母のおとくいのことば。なんとかなるさになる。 そのことばにこれまでどんなにか救われたことだろう。
でも本音を言うと。私には苦手なことばなのかもしれない。 どんなふうになるというのだろうといちばんに考えてしまうから。
なんとかなるさと。なるようになるさは似ているけどちがう。
かんじんなのは。そうなったことをしっかりと受け止めるこころ。
そんなこころをもっとそだてていかなければいけない。
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