| 2009年09月07日(月) |
おじいちゃんごめんなさい |
白いコスモスが一輪咲いた。それが合図であるかのように。 やがて薄桃色やたくさんのコスモスが咲き始めることだろう。
小高い山の上にあった祖父の家を思い出す。今は棲む人もなく。 どんなにか荒れ果てていることだろう。けれども塀の側にあった あのコスモスは今年も変わらずに花開く時を待っているのだと思う。
春には桜。夏には向日葵。秋にはコスモスや彼岸花がとても綺麗だった。 そうしてみかん畑。冬には美味しいみかんをいつも食べさせてくれたのだ。
おじいちゃん。お山のお家に帰りたかったね。すごくすごく恋しかったね。
去年の秋のお彼岸に背負ってでも連れて帰ってあげれば良かったのだと思う。 お墓参りに行く私達を老人ホームのエレベーターの所まで不自由な足のまま。 とても名残惜しそうに寂しそうにそれでも手を振って精一杯の笑顔のまま。 見送ってくれた。会うたびに覚悟はしていたけれどそれが今生の別れになった。
今日午前二時頃だったらしい。祖父は95歳の天寿を全うしこの世から旅立っていった。 苦しみもせずほんとうに眠るような最期だったそうだ。駆けつけもせずに。 手を握ってあげることも出来ず。孫としてこんなに不孝な事はないと思う。
距離のせいにしてはいけない。歳月のせいにしてはいけない。もっともっと。 会いに行ってあげれば良かったのだ。きっと後悔するだろうと思っていた。 それがわかっていながらそうしなかったことをどうやって懺悔すれば良いのか。
おじいちゃんごめんなさい。そればかりをこころで叫び続けた一日になった。
思い出すのは幼い頃の事ばかり。お山のお家が大好きだった子供の頃のことばかり。
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