二十四節気のひとつ大暑。いよいよ夏も本番になったらしい。 未だ梅雨は明けないけれど。今日の強い陽射しは夏そのもの。
もうすぐ一年が経つのか。ふっと去年の夏のことを思い出す。 今となっては奇蹟だったとしか思えないような出会いがあった。
親しさとはなんだろう。それがとても深い意味のある縁に思えた。 愛着が度を過ぎ執着になってしまったのかもしれない。今はもう。 その声を聴くことも出来ず。ひとつの悲しみを乗り越えてしまう。
けれども春の日のそのひとは。散り急ぐ桜よりも潔く美しかった。 その日のために出会ったひとだったのだろうと信じられるくらい。 悲しみがふっと癒されたまま季節が巡り。懐かしいほどの夏がくる。
わたしは夏が好きになった。夏色の南風のことが今も好きでならない。
日中はたんたんと過ぎる。仕事の段取りなど私が進んでしたせいか。 母の機嫌がすこぶる悪い。私もぷっつんとしそうになるのをぐっと。 我慢していたせいかどうにも居心地の悪い一日になってしまった。
逃げるように職場をあとにして「さらりっとさらさら」呪文を唱える。 この呪文はほんとうに良く効く。肩の力を抜いて声を出して唱えるのだ。 気の流れがスムーズになるのだろう。すっきりと心地よい気分になる。
笑顔で帰宅。元気にお炊事。大相撲を観て晩御飯をおいしくほうばる。
さあお散歩。今日こそはしっかりとお参りをと思いお大師堂へ向かった。 けれども断念。どうやらお遍路さんの夕食の時間と重なってしまったようだ。
あしたがあるから。いつもそう思って潔く踵を返すのが私流なのだと思う。 出会ってみたい気持ちもあるけれど。やはりそれは偶然であって欲しいのだ。
土手の草むらに誰が置いたのか。鉄製のイスが夕陽のなかに佇んでいる。 今日はなんとなくそこに腰をおろしてみたくなり。しばし夕風に吹かれていた。
夏色のことをおもう。南風のことをおもう。遠いひとのことをおもった。
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