| 2009年06月30日(火) |
いかなくちゃ。だからいかなくちゃ。 |
小雨降る朝の道で。稲の花と言うべきなのだろうか。 若き稲穂がそのいちめんの緑のなかで揺れているのを見た。
六月が今日で終わる。やがて真夏になり八月には稲刈りが始まる。 早いものだ。その実る様を日ごとに確かめながら季節が巡ってくる。
上手くはないのかもしれない。ただ息をするように身を任せている。 苦手だった夏の事を好きだと思ったあの夏からどんなふうに生きて。 いまここに佇んでいるのだろう。そぐわないような不器用さのまま。
私はわたしの影を見失わないように。空と地の狭間に立ち尽くしている。
留まれないことが時にはカナシイ。カナシミと名付けるほどの心さえも。 もしかしたら灰汁のようなもので。なんのかたちにもなれない澱だった。
その澱を纏って老いていく。真夏の光にそれが輝くことを奇蹟のように。 ありがたく受け止める事も出来るかもしれない。それが救いになるだろう。
いかなくちゃ。だからいかなくちゃとすくっと前を向き歩んでいきたいものだ。
午後には雨もあがり夕方には思いがけず晴れ間が見えた。 老犬あんずは嫉妬したくなるほど元気な足取りで私を引っ張る。 そうして逆らいそうして暴れる。私はもう怒らないことにした。
穏やかでいたいのだ。もう振り回されて心を乱されたくはない。 途中の石段の手すりにあんずを括り付けてあとは無視を決める。 そこでどんなに泣き喚いても宥めたりはしない。ほったらかして。
じぶんはひとりでお大師堂まで歩く。とても清々しく歩いていく。 そうして今日の平穏に手を合わす。感謝以外の何があるのだろう。
ほっとして今日が暮れていく。明日の事など誰にもわからないのだ。
だからこそいまを愛しむ。いま存在することが幸せでなくて何だろうと思う。
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