やっといつもの山道。見慣れた山並みが待っていてくれたように。 ぐんぐんと間近に迫ってきてくれると。ぎゅっと抱きよせられて。 頬ずりをしてもらっているようなくすぐったさ。愛しいきもちは。 言葉にはできない。けれども心がとても素直にそれを感じてくれる。
おかげで穏やかに一日を始められる。この道はほんにありがたき道。
静かで平和な一日だった。閑古鳥も白鷺に見えてしまうくらい美しい。 のほほんと仕事をしながら。前歯のない母の笑顔と向かい合っていた。 同僚も暖をとりつつ手持ち無沙汰のようで。私の漫才の相方を務める。
相方のくせにお腹をかかえて笑ってばかり。その笑い声が嬉しくて。 もっともっと笑わせてやりたくなる。明日のネタも考えておきたい。
今日のギャラはなんとお米だった。ちょこっとで良いのに重くって。 「ありがとさんでごぜえますだ」と頭を下げつつタイムカードを押す。 諭吉さんのことなんてもう忘れてしまった。あれは過去の恋だった。
ご機嫌で帰宅して玄関で叫ぶ。「おとっつぁん今日は米をもらっただよ」 「おお!そうかそれはでかしたのぅ!」嬉しいね。たんと白まんま食べよ。
スキップしながらあんずとお散歩。なんとナイスな夕陽だね。眩しいね。 そのまんまの勢いでお大師堂の扉を勢いよく開けたところびっくりした。 入り口に靴がないというのに。なかにはお遍路さんがひとり佇んでいた。
正面からではなく横の庭のほうから入ったのだそうだ。慌てて挨拶をする。 気を遣わせてしまったのだろう。すぐに外に出てくれてあんずと遊んでくれた。
その声を微笑ましく聴きながら。無事に今日のお参りを済ませることが出来た。 じぶんが今日もここに存在していることのありがたさ。ただただ合掌するのみ。
そうして夕陽に染まりながらしばし語り合う。「三年間帰ってくるな」と。 そのひとは師に命じられ修行の旅に出たのだそうだ。托鉢をするようにと。 最低限の所持金と自炊の道具。家族に髪を削ぎ落としてもらい丸坊主になり。
けれども五日目でもう野宿に耐えられず。とうとう民宿に泊まったそうだ。 その時。温かなお風呂で頭を洗いながら。送り出してくれた家族を想った。 なんと申し訳ないことをしているのだろうと涙が止まらなくなったそうだ。
それ以来ずっと野宿を続け年を越し。今日でもう50日目だと言う・・・。
別れ際に明日の朝の約束をする。お大師堂を出立したその足で我が家へ。 今日いただいたお米でおにぎりを作りたい。卵焼きも作りたいとおもう。
彼もサチコも大賛成してくれて。姑さんもそのひとに会いたがっている。
もしも今日。靴を見つけていたら会えないままで終わってしまっただろう。 そう思うと。縁とはほんとうに儚くもあり。これほど尊い糸はないと思う。
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