朝から雪が降ったりやんだりでとても寒い一日となった。 けれどもその晴れ間の陽射しのなんと眩しいことだろう。
自室にこもり何度も窓をあけてはそれをたしかめていた。 雪と風と光る空。自然の織り成すドラマを観ているよう。
ぽつねんといる。なにひとつ思い煩うことのない平穏さ。 そうしてゆっくりと時を織る。透明な糸のありがたさよ。
夕方には雪もやみ。昨日は行けずにいた散歩に出掛ける。 あんずが嬉しそうにはしゃぎ。ぐんぐんと私を引っ張る。 とても老犬には思えず。このところ元気を頂くばかりだ。
私は駆けるつもりはない。一緒にはしゃぐ気力もないと。 リードをぐいっと強く引き寄せると。つまんないなあと。 私の顔を恨めしそうに見上げるけれど。すぐに素直になる。
あとは歩調を合わせてくれるのだ。とぼとぼとふたりで歩く。 今日の夕陽はいちだんと眩しく。風は肌を刺すように冷たい。
お大師堂の日捲り暦は10日のままだった。あらまあと一枚捲る。 帰宅してから今日がもう12日だということに気づき頭を掻いた。 まあいいか。毎朝お参りに行っているひとが沢山いるのだもの。 もしもそのままだったら。私がまた捲ればいい。それでいいさ。 そうして暦に拘っている自分に気づき。ふっと可笑しくなった。
暦がなくても陽は昇り沈むのだもの。今日が終われば明日がくるさ。
晩御飯は昨夜の残り物。大根と厚揚げの煮たのがまだたくさんあった。 サチコにはもう3日目のハヤシライス。せめてもう一品とフライドポテト。 彼の酒の肴に冷凍室にあったイカを解凍し。甘辛くささっと照り焼き。
食に関して彼は何ひとつ文句を言わない。あるものでいいさと言ってくれる。 おかげでとても楽をさせてもらっている。ありがたいことだとつくづく思う。
大相撲を観ながらふたりで早目の夕食をしている時に。『善根宿』の話しをした。 ずっと昔のこと。彼がまだ幼い頃の事。祖父母と同居していた時期があった。 古い家の片隅に『ちんまい部屋』というのがあって。その小さな部屋こそが。 歩き遍路さんの一夜の宿だったのだそうだ。五右衛門風呂とせんべい布団。 畳三畳ほどのちいさな部屋があったことを。嫁いだ頃の私も記憶している。 その古い家を取り壊してもう16年。その場所はちょうど今の台所のあたり。
「俺たちが年老いたらまた善根宿をするか」それはとても思いがけない言葉だった。 私が言い出せずにいたことを。彼は察してくれていたのだとわかりとても嬉しかった。
例の愚安さんからメールが届く。昨夜は卯之町という所で一夜の宿に恵まれたらしい。 今夜は八幡浜の手前まで辿り着き公園で野宿をするのだという報せがあった。
伊予路も今日は小雪が舞いとても寒かったらしい。今夜もどんなにか冷える事だろう。
私は暖房の効いた部屋でぬくぬくと寝酒を飲みつつ。これを書いているというのに・・。
透明な糸よ。そのままでいい。けれどもふるえられるかぎりふるえてみなさい。
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