| 2009年01月10日(土) |
ひまわりおばさんと青い鳥 |
早朝には晴れていた空がにわかに時雨れだす。冷たいみぞれ。 午後には西風が強くなり青空を垣間見ながら小雪が舞う一日。
仕事始めの日からずっと忙しかった職場を気にしながらいて。 じぶん一人身勝手に三連休をいただく。行こうと思えば行ける。 それをあえてしないでいると。後ろめたくもあり解放感もある。
猫のように炬燵で丸くなり。そのまま起き上がれずにとろとろ過ごす。 メールの着信にはっとすると。母からの例のごとく件名だけのメール。 山里も朝から雪が降ったりやんだりでとても寒いらしく今日も忙しい。 おまけに昨夜、前・・長過ぎた件名のせいかそこで途切れているのだ。
昨夜何かあったのだろうかとすぐに電話をしてみようかと思ったけれど。 声を聴いてしまうとよけいに後ろめたくなりそうで。ちまちまとメール。 「母上様。本日は大変申し訳なく思っております云々」とそれを送った。
しばらくして今度はちゃんと本文ありのメールが届いて。ヤレバデキル。 なんと昨夜。前歯が6本もポロリと落ちてしまったのだそうだ。大丈夫。 「自然現象でトレマシタ。ハプニングです」ええっ!っとそれを想像する。 いったいどんなふうになっているのだろう。笑っている顔を思い浮かべる。
私まで笑ってはいけないけれど。ついつい笑いが込み上げてきてしまっては。 とにかく来週には歯医者さんに行かせてあげなくてはいけないなと気遣った。 御飯もろくに食べられないことだろう。どんなにか不自由なことだろうと思う。
無理をしてでも仕事に行くべきだった。さぼってしまいほんとうにごめんなさい。
このところ母とメールのやりとりをするようになって。ふっと懐かしく思い出す。 少女時代に出会った『ひまわりおばさん』のことを。ひまわりおばさんは。 病気でながいこと療養生活をしていたのだった。いつもラジオを聴いていた。
私はその頃『青い鳥』という名で。ほぼ毎週のように地元の放送局に通っていて。 もちろんリクエスト葉書も出し。目の前でその葉書を読んでもらうのがすごく嬉しく。 ある日その生放送の真っ最中に。思いがけず飛び入りでマイクの前に座れたのだった。
ひまわりおばさんもその時の私の声を聴いてくれていたのだろうと思う。 その日から毎週のように私宛てにと葉書を送ってくれるようになった。 「この曲を青い鳥さんに贈ります」って。私の好みの曲もよく知っていた。
お母さん?ぜったいにそうに違いない。日に日にそう信じずにいられなかった。 「ひまわりおばさんへ」私も葉書を書いた。母に呼びかけ母に曲を贈り続けた。
生き別れて7年目。私はもう20歳になっていたけれど。やっと母と再会出来た。
けれどもいまだに「ひまわりおばさん」が母だったのかと訊ねたことはない。 確かなことは母がながいこと療養生活をしていたという過去の事実だけだった。
ずいぶんと歳月は流れ。母の仕事を手伝うようになりもう20年が過ぎてしまった。 その間どんなにか反発を繰り返し。嫌悪感を募らせ自ずから渦に飛び込んだ事だろう。
ひまわりおばさんはこんなにもちかくにいてくれる。
青い鳥は彷徨い続けたあげく。やっと母に気づいたのかもしれない。
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