| 2009年01月02日(金) |
裸の心にあたらしき衣を |
明けてふつか。静かな時をありがたく三日月の夜空を仰ぐ。 平穏であることはやわらかな絹に似て裸の心にそれを纏う。
それはいつだって新しき衣に成り得る。汚れていても破れていても。 とにかく裸になるのがよい。そうして直にその感触を憶えておこう。
元旦は思いがけずに雪の朝となった。湿り気をおびた雪がどかどかと。 みる見る間に川向の山が真っ白になる。予期せぬこともあってよしと。 そんな雪を受け止めて。朝陽を待ちわびるように空を仰ぎ見るばかり。
つかのまの雪のこと。雪雲を押しやるように新しい朝の光が微かに届く。 足摺岬のかのひとを想った。やっと辿り着いたのだもの。ささやかな陽も。 彼にとってはどんなにか新鮮に輝かしく映ったことだろうと。私は信じる。
日中は元旦恒例の身内の宴会。毎年昼の部から夜の部へと続くのだけれど。 今年は夫である彼の配慮のおかげで。昼から夕方までで終える事が出来た。 甥っ子にお年玉もあげて皆が解散すると。どっと肩の荷が下りた気がする。 なんと私も姑さんからお年玉を頂く。もったいなくて神棚にお供えをした。 長いこと長男の嫁をしているとこんなありがたいこともある。嬉しい事だ。
大晦日から帰って来ていた息子君も。独り暮らしの部屋へと早々と去っていく。 サチコも今日が『初売り』だと仕事に出掛ける。もうすっかり日常が戻ってきた。
私もいつも通りにあんずと夕暮れ散歩に出掛ける。お大師堂から少しその先まで。 お大師堂には大晦日から滞在している歩き遍路さんが居て。どうやらもうひとり。 お仲間のお遍路さんが来てくれたようだ。ふたつの靴が仲良く並んでいて心が和む。
実は大晦日の夕暮れ時に。すっかり意気投合して話し込んでしまったのだった。 俳句を詠む粋なお遍路さんで。もう八回目の遍路旅なのだそうだ。名は『愚安』さん。 己の愚かさに平安を授けるという思いが込められているらしくて自慢の名だと言う。
なんと穏やかな笑顔の男性で。いちねんの終りにほんとうにありがたい縁を頂く。
愚安さん。私もとても愚かです。欲深くいつまでたってもぐるぐるしています。
けれどもこうして生かせてもらえる。それだけでじゅうぶんなのだと思います。
裸のこころにこうして纏える衣があること。 このあたらしき衣を肌身離さず愛おしみたいものだ・・。
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