ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2008年12月13日(土) 水は変わらずきょうも流れている

下り坂の天気予報。朝のうちの陽射しも雲に包み込まれ。
日暮れが合図だったかのように細かな雨がぽつんと落ちた。

月を想う。満月の今夜。雲の上はどんなにか光に満ちていることだろう。


友人の命日だった。あのとてつもなく悲しくて辛くてならなかった日から。
もう一年が経ったことを受け止めながらも。大好きだった笑顔の彼女の声を。
ついきのうのように感じている。思い出しているのでも懐かしんでいるのでもなく。

ずっとある。うしなってしまったなどとどうしていえよう。ここにあるものを。

昨日の午後。海辺の町にある彼女の実家を訪ねたがしっかりと鍵が掛けられてあり。
玄関先に花を置いてそっと帰って来た。今日の法要に供えてくれていたらと願うばかり。

彼女にとってはゆうじんではなかったのかもしれないのだ。私は『某』でありたい。
この先もずっとそんな存在でありたいと思う。某にとって縁とはかけがえのないもの。
決して忘れはしない。またきっと巡り会いたいと念じながら私も逝く日が必ずくる。

おぼえていてくれていたらいいなとおもう。またわたしを見つけてくれたらいいな。

ワスレナイデワタシヲワスレナイデと。欲のように願ってやまないときがある。
先に逝ってしまったひと。いまありがたく繋がっていてくれるひと。忘れないで。
私が忘れないのとおなじくらい私のことを憶えていてくれたらどんなに救われるだろう。




川仕事がやはり堪えるのだろうか。今日も午後からへなちょこになってしまった。
つくづくと体力の衰えを感じる。情けなくもありそれは仕方なくもあったりで。
なんとしても乗り越えなくてはと思いつつ。誰かに弱音をぶつけたくなったりもする。

老いることはやはりどうしようもなくせつない。気力はあるのに身体が正直になり過ぎる。
けれども水辺のこと。朝陽のこと。ゆったりと舞いおりる水鳥の姿などに心が和む。

ありがたいことだ。こうして生きてある日々の暮らしと。自分を流れる血と命のこと。


夕方になれば待ってくれているあんず。歌をうたえない日もあるのだけれど。
水は変わらずきょうも流れている。夕陽に染まれなくてもそれは流れ続ける。


平穏だった。なにひとつ足りないものなどないくらい満たされていることを感じる。



追伸:入浴剤を『旅の宿』にする。今夜は信州『白骨温泉』だった。
   あしたは十和田か奥飛騨か。霧島もいいなと夢うつつにおもう。

   焼酎は『さつま白波』もう何杯目かわからないけれど心地よく酔って候。






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