| 2008年12月11日(木) |
私の水はどれほどのものだろう。 |
晴れのち曇り。とはいえ雨の匂いは少しもせずに柔らかな午後になる。 春のように暖かなおかげで。山里はいちだんとのどかさが感じられる。
けれども日々はとんとんとんとステップを踏むように踊り始めていて。 その輪の中にどうしてもと背中を押されてしまったような自分がいる。
これが流されるということなのかもしれない。逆らうことなど出来ない。
深い川ほどゆっくりと流れるのだという。私の水はどれほどのものだろう。
今朝はかつてないほどの朝寝坊をしてしまった。いつもなら暗いうちから 起き出してあんずの散歩に行く彼が寝過ごしてしまったらしく。びっくり。 もうすっかり夜が明けていて。ふだんなら朝食が済んで寛いでいる時間だった。
彼もよほど疲れていたのだろう。私の目覚めはもう何年も彼を頼りにしている。 今でこそ勤め人ではなくなっているけれど。そうだったらどんなにか焦った事だろう。
まあいいさ。俺はバナナだし先に食べてろと言い残し。あんずと遅い散歩に出掛ける。 私だってまあいいさって思う。洗濯もちゃんとしよう。食後の珈琲もゆっくり飲もう。
けれどもさすがに山里の職場が気になり。母にメールだけはしておこうと思った。 そうしたらなんと先を越されてしまって。母からのメールがとっくに届いていた。
件名「今日はちょっと遅くなります。心配は要りません。やぼようです」 本文はもちろんなく。まったく何度教えても件名が長過ぎるところが愉快だった。
苦笑しつつも珈琲をごくごくと飲み。大急ぎで洗濯物を干してクルマに飛び乗る。
大橋を渡りながら思った。まあいいさ。どんな時もあるのだし何とかなるのだし。 そうして出来るだけいつものようにとのんびりを心がけてみる。山道のこと。 お遍路さんのこと。峠道を上り詰めたら空を見上げよう。そうしたいそうしようと。
たしかになんとかなる。けれどもそれにはなんとかしてくれるひとがいてくれる。 同僚はたったひとりで職場にいて。文句のひとつも言わず黙々と仕事をしていた。 事務所を暖めてくれている。工場にはまだ修理中のクルマが何台もあるというのに。 焦ることもなく慌てることもなく。ひとつひとつ丁寧にしっかりとそれを遣り遂げる。
この職場が在り続けられるのは彼のおかげなのだと。今朝ほど思い知った事はなかった。
甘え過ぎている。自分の体調がどうのこうのと理由をつけては私は怠け過ぎている。 いちばんに思い遣ってあげなければいけないひとが。こんなにそばにいるというのに。
明日からまた例の川仕事のため休まなくてはいけない。申し訳ないけれど仕方なく。 同僚にそれを告げても「それがどうした」という顔をしてくれてありがたく思う。
やはりわたしは少しだけ急がなくてはいけなくて。もっともっと精一杯でなくては。
いけないのだと思わずにいられない一日になった。
からだはひとつ。こころだってひとつかもしれない。
けれどもそのひとつのこころからたくさんの思い遣りを育てたいものだ・・。
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