| 2008年12月09日(火) |
ここがわたしの在りかなのだから |
真夜中に雨の音を聴いた気がする。朝の窓辺でその名残の雫を仰いだ。 やがて雀色の土手が薄っすらと紅く染まり始める。それは思いがけなく。 雨雲があまりにも優しかったせいだろう。太陽がほっと微笑んだ瞬間だった。
まいあさの卵焼きを作る。一切れだけ自分のお弁当に入れてあとはラップ。 彼の朝食がバナナだけになって二ヶ月が過ぎた。成果は一キロ痩せただけ。 けれども大晦日まで頑張るのだという。おかげで私の朝は随分と楽になる。
そのうえ時計を見なくなったものだから。気忙しさから縁遠くなってしまい。 出勤前のつかのまの時さえも。もうじゅうぶんなほどに寛ぐことが出来る。 許されているおかげだと思いつつ。こんなふうに自分を許すのも良いと思う。
かといって仕事はそれなりにこなす。きちんきちんとは性分だから精一杯にやる。 愛想笑いだってするし。同僚に冗談を言いつつふざけあうことだって出来る。
まあこんなもんだろう。これでよしとしよう。あとは成るようになるのだから。
仕事を終えての買物もなんだか楽しみでならず。顔馴染みになった店員さんに。 すっかり懐いたふうで話しかけるのが日課になった。その時の笑顔がまた嬉しい。 「ねえ夕べのおかず何だった?」って訊くと「カレー!」って応えてくれたり。 ビールや焼酎を買った時には「今夜は酒盛りやね」ってレジで笑い合ったりする。
そうなんです。毎晩酒盛りなんです。今も芋焼酎のお湯割三杯目でテンション高めだし。
ふう・・毎晩よく書けるもんだなって。ちょっと呆れながらこれを書いているところ。
だからなのか脱線もあり。故障もありで。そうそう美しい文章など書けはしないのだ。
こういうのを『ありのまま』っていうの。わたしの一番好きなスタイルである。
許しちゃうよ。とことん好きなようにやっちゃえ。なんならもう一杯やりますかい?
はぁ・・馬鹿みたいなわたしが好きだ。自分に惚れなくちゃ生まれたかいがない。
ゆうがた。これも日課の散歩に行って。川面に漂う銀杏の葉にしばし心を奪われる。 もう潮が満ちて退き始めた頃だったのだろうか。その葉は海に行きたがっている。
けれども行けないのが運命みたいに。川岸に繋がれた船に寄り添うことを選んだのか。
ひとところに囚われた罪人のようにそこから先に行けない。流れているというのに。 川が海へと惹き込まれているというのに。イケナイことがこの世にはあるのだろう。
私もいかない。すすんでいるけれど流れているけれど。いかないことをひとつだけ。
えらぶ・・・・。 ここがわたしの在りかなのだから・・・・。
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