いまにも泣き出してしまいそうな空を仰ぎつつ。今日も山道を行く。 ひとりふたりとお遍路さんに出会うたびに。清々しい気持ちになり。 洗い流されていく自分の灰汁を。その雫のことをすっかり忘れていく。
午後になり霧のように細やかな雨が降り始めた。山茶花梅雨という季語を。 つい最近まで知らずにいたけれど。冬を告げる雨だけあってとても冷たい。 けれども純白の山茶花や。桃色の山茶花に降り注ぐ雨は優しくてあたたかい。
やがてその花びらも銀杏の葉のように地に敷かれて積もっていくのだろう。 あれは何の物語だったろうか。その花びらの道の向こうに愛しきひとがいて。 歩み寄って来てくれるのだけれど。その時けっして花びらを踏まずにいてくれた。
いにしえのひとは。そうしてこころをふるわせながらひとを想い貫くことが出来た。
雨はささやかなままに日暮れていく。今日のお散歩は無理かもしれないと思った。 けれども無性に歩きたくてならないのは私で。犬小屋を覗き込み声をかけてみた。
うたた寝をしていたらしくあんずの身体がいつもより温かく感じられた。 そのぬくもりを冷たい雨にさらすのがひどく可哀相にも思えたのだけれど。 行ってもいいよの顔をして。よっこらしょと屈伸運動をして見せてくれた。
よかった。大き目の傘をさし相合傘でふたり歩く。ぴったりと寄り添って歩く。 行きも帰りも歌をうたう。「雨あめふれふれ母さんが」で始まるあの歌だった。
お大師堂の和菓子は。思った通りすっかりなくなっていて今日は栗饅頭を供えた。 お大師さんでも野ねずみさんでもなく。その包み紙はちゃんとゴミ箱に入っている。 誰かが食べてくれている。それは嬉しくもありありがたいことだなと思うのだった。
家に帰り着くと。あんずが犬小屋ではなく玄関のほうへ先になって行くのは。 タオルで拭きなさいの仕草だった。あんず用のバスタオルでふきふきすると。 目を細めて赤ちゃんみたいに気持ち良さそうな顔をする。その顔がとても好きだ。
おだやかな一日と。いまこうしてまったりと更けていく夜のことが愛しい。
あいかわらず酒びたりだけれど。静かな雨音にさえ酔うようにこれを記しておく。
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