ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2007年08月09日(木) あした。あさって。ずっと。(12)

蜘蛛の糸は『おとな』に似ている。無邪気だけがとりえの生きるものたちを。
それはいつもそこで平然としながら待ち構えている。捕らえたいのだろうか。

思い知らせたいのだろうか。諭したいのだろうか。消化してしまいたいのだろうか。

常識を重んじ。世間をひどくおそれ。ささやかに生きるものたちを束縛したがる。



そのひとは急に無口になった。そうしていつもこっそりと微笑むことをおぼえた。
5メートル後ろを歩けと命令することもあった。背中は背中というものはすこし。
さびしい。けれど北風に立ち向かうように歩くその後ろ姿が。好きだなと思った。

もう今までとは違う。きっとそれは私が巻き起こした冬の嵐のせいなのだろう。
そのひとは野球部の練習にしばらく参加させてもらえなくなり。私はというと。

私には何の処分もなかった。あるのは白い眼だけだった。誰かがささやいている。
よそよそしい風ばかりがいつも吹いている。友達は。同じクラスではなかったせいで。

なんとなく知っているのだけれど。なにも訊こうとはしなかった。
私のカタチを信じてくれる。詮索をしない干渉をしない。それが友達だった。
いつだって待っていてくれるのだ。けれど私はそこに向かわない。向かえない。
それが私なのだと。困惑をしつつ心配もしつつ。いつだってそっとしておいてくれるのだ。

私は孤立が嫌いではなかった。そして孤独はもっともっと好きだった。



立春の頃になると。海がとても優しくなる。海鳴りの聴こえない夜が幾日も続く。
なにを想って。誰を想って眠っていたのか。いまは何も憶えてなどいないけれど。

私は決して憂鬱ではなかった。いちにち一日に栞を挿み忘れたのかもしれない。
ここだとかそこだとかが。はらはらとおちていく。捉えどころのない空白の日々だ。


そんな頃『卒業生を送る会』そういうのをみんなでがんばろうって言う。
演劇をするのだそうだ。どんなのなのかちっともかいもくけんとうもつかない。

とうとう・・って思った。ついにその季節が来たのだと思った。
ひどくきんちょうをする。だけど私に何が出来るのだろう。何をすればいいのだろう。

わたしはもっと孤立していたかった。もっと孤独でありたかった。

それはほんとうに思いがけないことだったのだ。
もう孤立はさせないとみんなの眼が向かってきた。おまえ以外に誰がやるんだと。
口にこそ出さないけれど。気がつくとクラス中の眼がとても優しく微笑んでいる。

すくっとなった。わたしがうつくしいと信じていた風景は。自身の殻から見えた。
私だけに見えたそのひび割れた曲線の。幻想的な自傷めいた断層の波紋だったのかも。

しれない。


そのひとが言った。「これで決めろよ」と目だけの声で私に言った。
そうしてあの時と同じように教壇に駆け上がるようにして声を張りあげては。
そのシナリオを私に任せるのだと告げた。反対の者はいるか?って皆に問う。

誰ひとり反対はしてくれない。わたしはもうどこにも逃げられはしなかった。
これで決めるのだ。もうほんとうにこれがすべてなのだと思えるようになった。

その夜から何かに憑かれたようにシナリオなるものをせっせと書いた。
フォーク歌手を目指す18歳の少年の物語だった。彼は東京へ行くのだ。
主人公はクラスいちギターの上手いマサヒロ君。私はどうしても主人公の母親役。
例の彼は少年のお祖母ちゃんの役。とても愉快な樹木希林風のお祖母ちゃんだった。


そしてとうとうその当日。客席はとても暗くて。見えないことにとてもほっとする。
そのかわり舞台は照明でまばゆいくらいに明るかった。よっしやるんだって思った。

母親はアドリブをいっぱいする。みんながそれに咄嗟に応えてくれてなんとも楽しい。
母親は本物の庖丁までとりだす。和服の胸のところからそれをキラリと見せては。

「わたしを殺しなさい!殺してから東京へ行きなさい!」って叫んだ。

お祖母ちゃんがびっくりして転げまわる。早く幕をまく〜!と舞台係が焦りまくる。


そのようにして終った。ほんとうにきもちよく終ったのだ。

終るとは完璧なほど心地良いものだと。わたしはとても満足していた。





わたしはこのように傲慢で。かつほんとうに身勝手な生き方をしてきた。

そのひとはそれを最後にどんどん遠い存在になってしまったのだけれど。

わたしはすこしだけうらんだ。感謝の気持ちなどこれっぽっちもなくて。

わたしの好きなものはそうして去るものなのだと観念するように思った。



そのひとは私だけを空に逃がし。じぶんは蜘蛛の糸の犠牲になってくれたのだ。

彼の家庭環境や。どうしようもない差別のせいでひどくひどく傷つけられながら。

そのことを私に告げようともせずに。彼は『おとな』に消化されてしまったのだ。


わたしが。その真実を知ったのは。それから15年も経たおとなの頃だった。

「おまえの親父さんは、ほんとに怖かったぞ・・」って彼がおしえてくれた・・。


                          

                            ・・・つづく・・・











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