| 2007年08月02日(木) |
あした。あさって。ずっと。(10) |
救われるっていうことは。夢ではないかとふと疑ってしまうくらい夢に似ている。
なにもかもが一転してしまったようにも思う。ああだったことがもうそうでなく。 そうだったことが仮面をはずして踊リ始める。踊り子は無我夢中で踊り続けては。
破れたトゥシューズのことを忘れる。
その秋の日の体育祭は。それはそれは楽しかった。 そのひとは嘘をつかない。そのひとは誓いにとても忠実であったから。 いくつもの筋書きを作っては。そのシナリオ通りに実行し完結を目指した。
二人三脚をする。『子連れ狼』という競技があって私は一輪車に乗せてもらう。 カーブのところでスピードを出し過ぎて転げ落ちた。けれど手を差し伸べてもらい。 またぐんぐんとゴールを目指した。風をきっていく。風はほんのり潮のにおいがした。
三年生がどんな競技をしたのか。しらいし君が走ったのか転んだのかもしれない。 けれど。私は何ひとつ憶えてなどいない。おそらくたぶん。見ることを忘れたのだ。
もしかしたら。見ないことさえも夢。だったのかもしれない。
修学旅行には二人分のお弁当を作った。新幹線のなかでそのひとはそれを。 みんなに自慢した。そしていつも以上にはしゃぎだして。おにぎりが転がる。 それはほんとうに愉快に転がっていったのだ。海苔についた小さなほこりが。 笑い顔みたいに見えた。ころころころとみんなが笑う。私もころりっと笑った。
東京に着くなりの自由時間に。そのひとは地下鉄に乗ろうと言い出す。 二人だけでなくみんなと行った。「俺はこう見えても東京育ちやきな」って。 土佐弁で言った。田舎者たちはみんな尊敬の眼差しで彼の後を付いて行った。
地下鉄は不思議だった。風景が見えないせいで。ながいながいトンネルみたい。 そしてさらに不思議だったのが。一度も降りずにもとの駅に帰ってしまえる事だ。
「ねえ、なんで?どうして?」って訊いたけれど。田舎もんはこれやきな〜って。 そのひとは本当に愉快そうに笑った。私はますます彼という人を尊敬してしまう。
あくる日は。東京タワーに行った。なんだかひとがたくさんいた。 東京ってすごいなって思った。ひとひとひとが見知らぬ顔で通り過ぎていく。 ちょっと立ち止まってしまったらすぐに迷子になってしまいそうだった。
そこでそのひとは。おもちゃの指輪を買ってくれた。200円だけどきらきらで。 涙がこぼれそうになるくらい嬉しかった。「やっぱカタチとか大事やき」って言う。
わたしはそういうカタチになったのだろうか?なれたのだろうかよくわからない。 とにかくわからないということは。わかるのかもしれないという希望に似ている。
こうしてずっとそのひとのそばにいた。まるで金魚のふんみたいなわたしだった。
けれど。さいごのさいごに独りきりになった。帰りの新幹線を待つ東京駅で。 私はとうとう迷子みたいになってしまった。そのひとの後ろ姿を見失ったのだ。 友達の姿もなかった。先生もどこにもいない。いるのはやはりひとひとひとばかり。
私はけっきょく。所詮かもしれないけれど。ひとりではどこにも行けなかった。 雑踏が苦手でおまけにひどい方向音痴でもある。その場所から動けば本物の迷子になる。
しかたなく集合場所のちかくの売店で。文庫本の立ち読みをすることにした。 どんな本でもよくてどんな本でも読むふりをした。そこはとても居心地がよかった。
心細くはあったけれど。独りだという事実になぜかこころが満たされる思いがした。
もっとさびしくあれ。もっと悲しくあれ。もっともっと。ああどうしてだろう。 どうしてわたしはこんなにも独りを愛しむのだろう。殻がわたしを包んでいる殻が。
ぎゅっと私を締めつけようとする。その痛さがその圧迫とした空気が愛しくてならない。
まだ壊れたいのだ。おそらく粉々になれないことが苦しくてならないのだ。
ひとりふたりみんなが帰って来る。そのひともその輪のなかにいるのを見つけた。 彼は完璧でなかったことを詫びようとしたけれど。どうして私が責められようか。
わたしはほんとうのことのように微笑んで言った。
「迷子になったよ」 「おまえほんまにアホやなあ」ってそのひとも笑った。
そうして秋が深くなる。
もっとふかいふかいところにわたしは落ちていった。
・・・つづく・・・
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