| 2007年07月23日(月) |
あした。あさって。ずっと。(7) |
ひび割れてしまいそうなガラスのうつわは。みずを注がれることをひどく怖れる。 ひとしずくふたしずくほどの粒の雨だって。その落下に身構えていなくてはならない。
けれども涙がふってくる。それは躊躇わずそれは容赦なくそこに降り積もろうとする。
わたしは割れなかった。どうしてだかこんなに怖いのに割れてはくれなかった。 ひび割れたぶぶんを何度も指先でなぞってみたけれど。血さえ出てくれはしない。
そのことがどんどん私を追い詰めていく。絶望的なのだ。もうここにはいられない。 どこにいこう。そこにいけばもしかしたら私を粉々に砕いてくれる何かがあって。 私こそが落下していくのを待っていてくれるのかもしれない。行かなくてはすぐに。
私はとても急いでいた。そこは『みず』だった。そこは蒼くそこは深く『みず』だった。
欠片になったじぶんを思う。もしかしたらきらきらと光る貝のようにそこにいて。 悲しい声も波の歌声だと思って。いくつもいくつもそこで耳を澄ましていられる。
もう誰も私を思い出さないでいてくれて。私も誰も求めなどしない。すべてが蒼く。 そこなら絵の描けない私にだって。なにもかもを蒼く塗りつぶすことが出来るのだ。
わたしは行った。三度も行った。それなのに落下しない。どうしてだろう・・。 どうして落下できないのだろう。かんたんなことだ。落下すればそれでいいのに。
わたしは割れない。このままじゃいつまでたっても私は割れてくれない。
悔しくて辛くて情けなくて。苛立って悶々として。もうほんとうにすべてが嫌で。
そんなある日に。あれは何の授業だったのだろう。視聴覚室でフィルムを観ていた。 ちいさな生物がいてその生物がもうひとつの生物と出会って。新しい命が生まれていく。 そういうのがとても素晴らしくて。これが命なんですよって。そんな映像だった。 ように思う。よく覚えてなどいない。私にはそれがとても鬱陶しくつまらなくて。
もううんざりだった。嫌なのだとにかく。いったい私にどうしろというのだろう。
割れなくて。粉々になれなくて。たまらなく壊れたくてならないわたしにだ。
「おい・・」っとその時。真後ろの席から私の名をちいさく呼ぶ声がした。 咄嗟に反応した私に。そのひとは。そのクラスメイトは平手打ちをしたのだった。
「そんなに死にたければ早く死ね・・」と彼は言った。とても小さな声で呟くように。 たぶんそれは誰にも聴こえなかっただろう。それはほんとうに一瞬の事だったから。
視聴覚室に灯りがもどったとき。そこはあまりにも平然としていた。 誰も私の頬の痛みを知らないように見えた。ざわざわと席を立つひとばかりだった。
やすおか君は何事もなかったように。友達とふざけながら何かをしゃべっていた。
わたしはとても混乱していた。いったい何が起こって何が変ったのかすこしも。 理解できないでいた。
ただひとつだけわかったことは。『わたしは死ねないひと』という事実だけだった。
その事実は。頬の痛みが心地良く感じるほどの。ささやかな希望のように思えた。
わたしは痛かった。わたしは途惑っていた。けれど確かにそこで生きていた。
・・・つづく・・・
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