ふるさとがたくさんある。 子供の頃には転校ばかりで。どうしてこうもと嘆きたくもあったけれど。 おとなになっておもうのは。 なつかしいふるさとがたくさんあるって素敵なことだなあって嬉しく思う。
今日は。生まれてから9歳まで育った山里を訪ねてみた。 四万十川を上流へと遡る。くねくね道や沈下橋を楽しみながら。 子供の頃を思い出す。ランドセルを背負って友達と歩いた小道や。
そしてなによりもそこには。当時暮らしていた家がまだちゃんとある。 夏草が生い茂り。瓦屋根には蔦が這い登るように絡み付いているけれど。 玄関がある。窓がある。それはすでに廃屋だけれど微かに息をしている。
窓が少し開いているところがあって。もしやと思いそっと手を差し伸べると。 すんなりと開いて。柱時計が見えた。それは7時半で止まっていた。いつか。 いつまでなのかわからないけれど。ここに確かにひとが居てくれたのだと思う。
ほっとする。それは私とおなじように。ここがふるさとのひとがきっといるから。
なにかをさがす。もしかしたらどこかに私と弟が残した何かがあるのかもしれない。 そんな気がしてならなかったけれど。それはあるはずのない魔法みたいなことだ。
とぼとぼと坂道をおりた。そうしながらいちどだけうしろを振り向いた。
誰かがそこにいて手を振っているような気がした。
「また来るね」って言った。私はその誰かと指きりげんまんをした。
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