| 2007年05月24日(木) |
それがかれのやさしさ |
先日ななつの子たちが無事巣立ったばかりのツバメの巣に。 また仲良く二羽が戻って来て。今朝から卵を抱いている様子。
ほのぼのとこころ和む朝だった。私よりも彼の方が嬉しそうで。 微笑みあっていると。このひとはほんとうにお釈迦様のようなひとだと思う。
歳のせいかもしれないけれど。このひとはいつのまにかすごく穏やかになった。 苛立っている顔をこのところずっと見たことがない。いつもにこにことしていて。 誰かを憎むわけでもなく。何かに憤慨するでもなく。すべてを赦しているかのようだ。
でもちょっとだけ『朝青龍』に怒っている。今日は負けたので手を叩いて喜んだ。 私も同じキモチで「つけ〜やれ〜もっと押せ〜!!」と千代大海の応援をした。 そして夕食が盛り上がる。晩酌もグイグイやる。彼が嬉しそうだと私も嬉しい。
不思議だなっていつも思う。それはこうして今みたいに独り部屋にこもっている時。 いつから彼はそれを認めてくれるようになったのだろう。嫌味のひとつも言わずに。 詮索もせず。そしてここを私のお城であるかのようにそっと守ってくれている。
一歩たりとも踏み込む事もしない。ひたすら無関心を装ってくれているようだ。 どんな本を読んでいるのか。誰にメールをしているのか。なにを書いているのか。 興味がないと言ってしまえばそれまでだけど。私にはそれが本当にありがたい事だ。
むかし。これはもうとっくに忘れてしまえばいいことのひとつだけれど。 まだ私に部屋というものがなかった頃。家事を終えたつかの間の時間に。 ノートに詩のような日記のようなものをずっと書き綴っていたことがあった。
それは書き終えると押入れの中に隠しておいたのだけど。ある日偶然彼が。 それを見つけたらしかった。だけどすぐにはそのことを言わずにいて夜になり。 「ちょっとここへ座れ」と日本間のその座敷に。私は正座をさせられたのだった。
彼は私のノートを手に持っていた。そして私の目の前でそれを無惨に引き裂いた。 「こんなもの!こんなもの!」と叫びながらものすごい剣幕でそれは憎そうな顔で。
そうして「書くなら金になるものを書いてみろ!」と言った。 「そしたらゆるしてやる・・・」と最後はか細くてとても辛そうに言った。
それはほんとうにむかしのことだ。 私は・・書けないのなら死んでしまいたいとさえ思った。
でも死ねない。それはかつて死ねなかったのとおなじ理由かもしれない。 『逃げる』とはそういうことではないだろうか。逃げたらそこでお終いだもの。
その後の私はどうしていたのだろう。なんだかそこだけ記憶が欠落している。 気がついた時には。就職した息子がパソコンを買ってくれると言ってくれて。 ちょうどその頃。賞金50万円の文学賞の応募が迫っていたことを憶えている。
わたしはひたすら書いた。今思えば頭のなかには「お金・・お金・・」だった。 これで彼に認めてもらえる。これさえ上手くいけばもうこわいものなんかない。
コレナラヤブレナイ。私は思っていた。PCの操作も知らない彼に何が出来よう。 これで思い知らせてやるとさえ思った。彼の事をひどく憎んでいたのかもしれない。
なんて浅はかなことだろう。それなのに家族はみなそっと見守ってくれたというのに。
感謝の気持ちなどこれっぽっちもなかった。それが私の『驕り』というものだろう。
そして当然のことのように50万円は5百円の図書カードになった。 だけど誰もそれを咎めはしないのだ。母さんおつかれっと言ってえらかったねって。
そしてゆるしてくれたのだ。わたしが私の部屋をもつこと。私が書くということ。
わたしはそれっきり小説を書かない。 そうして詩らしきものからも少しずつ遠ざかっていった。
家族からいただいた部屋と。こうしてさずけてもらった時間を。 ただひたすらありがたく思う。このうえなにを望むというのだろう。
彼は何もいわない。それが彼の優しさであることを。いまはもう知っている。
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