ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2007年01月13日(土) この猫。冬が嫌いにあらず。(2)

猫の冬はそうして。てんてこしながらまいまいしながら泣いたり笑ったりで。
頑張ろうと思える日もあれば。やらなくちゃって思う日も。仕方ないことと。
思えば一気に憂鬱になるものだから。気をとりなおしていつもはっけよいする。

はっけよいのこった。いまはもう幾度目の冬だろうか。私は今も残っているようだ。


四度目の冬を待たずに。夫の父親が不治の病の末この世を去ってしまった。
虫の知らせというものだろうか。まだ病の兆しもない元気だった春のこと。
夫は13年勤めた会社を急に辞めてしまう。そして俺も川漁師するからと言う。
その時の父親の言葉が今も忘れられない。「ワシ・・死ぬのかもしれんな」って。
それはほんとに冗談のつもりで。ただただ跡取が出来た事が嬉しかったのだと思う。

家業にはまるで興味が無く。私が手伝うのさえ他人事のように言ってばかり。
そんな彼の決心はとても腑に落ちず。かと言ってどうしてそれを止められようか。


そうして弟子入りしたのもつかの間。その夏には川海老が大漁の日もあっては。
その時の嬉しそうな笑顔をまぶたに焼き付けられたままに。秋深き頃となって。
なんともあっけなく。頑健で逞しく浅黒く日焼けしたその顔のまま父親は死んだ。



家族みな悲しみのどん底でありながら。三歳の息子はもう腕白盛りとなっては。
ひょうきんな仕草をしてはみんなを笑わせてくれる。サチコはお誕生日を過ぎて。
よちよち歩きをしては転んで。また起き上がっては前へ前へと歩き始めていた。



また冬がくる。南風が西風に変って。川の流れもひんやりと白波をたてては凛とし。
そこに立つと。身も心も研ぎ澄まされるように。ふんばってふんばってそこに在りたい。

やらなければいけないのではない。やるんだとやっと思えるようになった。

姑さんの手ほどきほどありがたいものはなく。ほんとうに手取り足取りであり。
見よう見真似も日々の重ねで。とにかくやってみようと思えることばかりだった。


船着場で待っていると。船外機の音がして夫達の船がゆっくりと岸に辿り着く。
そこにはひと山ふた山よりもっとと思えるほどの青海苔がどさっと積んである。
待ってましたとばかりに私も船に跳び乗って。姑さんと青海苔を洗いはじめる。

ゆっさゆっさと。それは緑の筋を水の中で。なんだか人の長い髪の毛のようで。
たぽんたぽんと。水をたっぷり含ませるようにしながら。落ちこぼさないように。
右手でしっかりと中央を握り締めて。左手で髪の毛をすくような仕草をしつつ。
撫でて撫でてなめらかに。その筋がひと際青く緑になびくようにしながら洗うのだ。

そうして中央からきゅうっと握り締めながら水気を落としてゆくと。きりりっと。
なんだかポニーテールみたいな可愛いらしい姿の『青海苔洗いました』が出来る。
姑さんのは長い髪の少女風で。私のは無理矢理ひっつめたポニーテールなんだけど。
そこは笑ってごまかしたりしては。やはりちょっとは得意顔で。やれば出来るんです。

そうしてその頃が朝のうちだと。えっさえっさと大急ぎで天日干しの作業にかかる。
ほいっほいっと。そのポニーテールなのを張り巡らしたロープに引っ掛けておいて。
かたっぱしから。その髪の毛をほぐすように手で丁寧にほぐしていかねばならない。

朝陽がまぶしい。なんてきらきらと眩しいのだろうって。乙女チックしている暇もなく。
急がないとお陽様においてきぼりにされちゃうぞって。えんやこらさっさ。ほいさっさ。

そうしてすっかり緑の幕が出来上がると。すごいすごい嬉しくてとてもほっとする。
風よ吹け吹けって思う。お陽さまって神様みたいにありがたいなって思う。




猫はおもう。たしかに猫だったのだけど。

猫なりに猫は。この在りかがもしかしたら。

猫を猫として受け入れてくれた唯一の場所なのかもしれない。


愛したかった。ものすごく愛したいと思った猫であった。


          この猫。冬が嫌いにあらず。


                          次回につづく。


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