いちだんと冷たさを感じる朝のこと。昨夜降った時雨の道がきらきらと眩しい。 まるで空から光の粒が零れたのかと。それが道標のようにどこまでも続いていた。
そうしてながいながいトンネルをくぐり抜けて。道は山肌を縫うように峠道となる。
山里は濃い朝霧のなかひっそりと静かで。なんだか手探りで進むような道のり。 その薄ぼんやりとした景色のなかに。私がとても愛する冬けやきの木が見えた。
ふたつならんで。なんてしなやかな指先で霧を爪弾くように凛とそびえている。 ちょうど朝陽を背に受けて。その微かな紅い光に映し出された尊い命のように。
やはりふたりは愛しくてならなかった。
そうして仕事をしながら。今日はどうしても会いたくてならず。 郵便局へ行くからと言って。急いで育子先生のお宅へと走った。
すっかり霧の晴れた庭先で。朝陽をいっぱいに浴びて洗濯物を干していた。 ご主人の男先生はこれも朝の一仕事なのか。切干大根を干しているところ。 教職を退かれて幾年やら。育子先生は俳句をたしなみ、男先生は家庭菜園を。 のどかな山里で。それはそれはのんびりとふたり健やかな日々を送っている。
このいちねんの。私の軌跡のように自負しつつ。春からずっとの詩誌を届ける。 「詩を、詩を」とそれは待ち兼ねてくれていた様子で。感極まるのはむしろ私。
このいちねん詩をかけなかったことを詫び。私なりに精一杯志しているものとは。 未だとても心細くはあるけれど。ただただ一途に書き綴ってきたものがあった。
うるうると目頭が熱くなる。それを手渡す時に真っ直ぐに見詰め合った瞳には。 これも同じく私を映してくれるのか。なんともあたたかな優しい眼差しであった。
待ってくれるひとのあること。これほどありがたいことなどないと思う。 とてもとても励みに思い。また一途さに拍車をかけるように歩みだせるものだ。
そしてつかのま。ふたりで冬けやきの木を仰ぎ見た。 朝霧のなかでそれはそれは凛としていたことなど語れば。
育子先生が「ありがとう」って言ってくれて。 いつも見守ってくれるひとがいてくれるからだよって言ってくれた。
悲しくて辛かったあの日の。すっかり枝を切り落とされたあの日のことを思い出す。
それなのに生きた。こんなにも空に向かって生きているふたつの木は。
よりそって支えあうように。冬の空へと手を伸ばしていた。
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