| 2006年11月11日(土) |
わたしはぎゅっと抱きしめられた |
ひさかたに雨が。心もとないふうにはらはらっとか細く降った。 おのおのの畑では。ほうれん草や白菜や。ブロッコリーなどが。 からからに乾ききった土に根をして。空を仰ぎ雨の恵みを待っている。
思いどうりにはいかないものだ。願うならばほんのいちにちでよい。 絶え間なく降り止まぬ雨というのを。さずけてあげて欲しいものだ。
夕暮れてまた西風が強くなる。かたかたと窓を震わしている夜が来て。 熱燗とおでんとお風呂と。私にはもうこれでじゅうぶんとさえ思える。 足りないことばかりを思っていた頃など。なんだかとても遠い昔のようだ。
私は。もっともっとのひとだったらしい。ひとつでは足りないからもうひとつ。 そのもうひとつでも足りなくてもっとたくさん。今思えばなんとも愚かなこと。
結婚というのをしてみて25年が過ぎ。やっと安住の地にいることに気づいた。 幾度も逃れたがっていて。幾度も死にたがり。どれほどひとを傷つけたことか。 懺悔なくしてこの先を生きるべきではないくらい。今はこの身で償うしかない。
今日ふと。あの日のことを思い出した。
あの日も死んでしまいそうだったから。電話ボックスの中で崩れ落ちるように。 彼を呼んだのだ。いますぐ来て。どうしても来て。あいたいよいまあいたいよ。
だけど彼はとても厳しい口ぶりで。いまは駄目だ。どうしても行けないと言った。 もうそれいじょうの絶望はなかった。もうこれですべてが終ったんだと思った・・。
目の前が真っ暗になった。ただただ涙だけは生きていて溢れてくるばかりで。 独りの部屋へと帰ったけれど。玄関からもう歩けずそこから身動き出来なくなった。
天井が落ちてくる。壁が今にも崩れ落ちると思った。私はこの部屋に押し潰される。 その恐ろしさが。それは寂しさだったのかもしれないけれど。ほとんど恐怖だったのだ。
いったいどれくらいそうしていただろう。路地の向こうから足音が聞こえて来た。 そのひとはとても急いでいてとても駆け足だった。たったったっと近づいて来る。 そしてコンクリートの階段を上がってくる。もうすぐそこまで。ああ誰なんだろう。
その時ドアが。鍵をかけ忘れたドアがとても乱暴な音で突然に開いたのだった。
わたしはぎゅっと抱きしめられた。その時たしかにそこで。私は救われたのだ。
おでんの玉子がちょっとしくじってしまって。殻が上手に剥けなかったのを。 やけにちっこいなと彼が笑って。玉子好きだから何個入っているんだ?とか。 気にしながら。8個だよと言うと。じゃあ3個俺だなとか言って嬉しそうにして。
わたしは玉子ほどではないけれど。明日こそ美味しい蒟蒻みたいにありたく思い。 お鍋のなかでひたひたっといろんな思いに浸っているのが。もっかの幸せであった。
あの日救われたことを。今日。思い出せてほんとうによかった。
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