ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2006年10月07日(土) あんずという名の犬

秋晴れというのだろう。真っ青な空はより高く。西からの風が心地良い。
お隣りの秋桜は庭いっぱいにあふれそうに咲き。洗濯物を干しながらいて。
ついつい微笑んでしまう。わずかばかりの切なさなど。この時はもうなく。

庭にうずくまるようにして草をひく。雑草とはいえ緑はいとおしいものだが。
その健気さを引きむしる行為は。ふと一瞬の決意に似て無心に手が動き始める。

犬小屋のそばの鉢植えを手入れしていると。例の如くあんずが甘ったれた声で。
閉め切ってある柵を右手だか右足だかで。ちょちょいと簡単に押しのけて来て。
私が後ろ向きならお尻を。前を向けば顔をなめようとして擦り寄って来るのだった。

「まぎらんといて」とは。邪魔しないでということなのだが。聞く耳を持たない。
「無視せんといてよ」と言えない彼女は。ひたすら鳴くことでそれを伝えてくる。
くぅくぅとしつこいくらいに鳴く。それはもはや根比べのようでありながらも。

とうとうヒステリックな荒い声で。箒でひっぱたかれるのは酷いことでもあった。
犬小屋に走り込んだあんずは。それはそれは恨めしそうな顔で私を見つめている。


もうすでに老犬だった。ひとの歳ならば70歳に近い頃だろうと思う。
恋さえもさせず子も産ませず。朝夕の散歩だけが楽しみの柵の中の暮らし。
不服も言えず怒ることもせず。そのうえたまの甘えさえも叱られるばかり。

そして今日は。年甲斐もない落ち着きのなさを詰られてしまったのだった。
まったくもうとそれを告げ口しているのは。紛れもなく母親らしきひとである。

父親らしきひとは。ああまたおまえたちかと。なぜかそこでも微笑んでみせて。

「犬だからさ」と言う。

その一言ほど身に頷ける一言はないくらい。はっと我に返ったわたしだった。


この先もっと老いていく。私の十年が彼女の一年になりどんどんとすすむ。
甘えたくてはしゃぎたくて。たまにはぎゅっと抱いてほしいくらい寂しくて。

閉ざされた柵のなか。そこが彼女の唯一の安住の地なのかもしれなかった。


彼女は。ずっと犬だから・・。

わたしは。ずっとおんなだから・・。






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