| 2006年09月17日(日) |
どうか。見つけてあげてください。 |
幸いなことに台風直撃は免れたようだが。暴風雨圏内に入るらしく風が。 夕刻よりずいぶんと強くなった。雨戸を閉めきっていてもはらはらと気が。 落ち着かず。8時になったら『功名が辻』をみようとか。9時になったら。 『僕たちの戦争』をみようとか。いまは心ここにあらずだけども。少しだけ。
書き残しておきたいことがあり。ペンならず指を動かしているところである。
このところ読む本といったら。ことごとくネットのブックオフで買うばかりで。 街の本屋さんに足を向けることなどなかったが。今日は久しぶりに行ってみた。
雰囲気は嫌いではない。本屋さんというところはなんか気分がすくっとするので。 あてもなくというのもいいけど。まっしぐらにさがしていますっていう気分とか。 そういうのが好きだなと思う。だけどお目当ての本が見つからないとがっくりと。 肩を落として帰らねばならないので。まあそれも行き当たりばったりでいいのだが。
今日もそうだったけれど。文庫本のところの通路を出口に向かっているとき。 平積みにされている本のなかに。はっと心が惹きつけられるような一冊があった。
帯に「とにかく、見開き2ページ目の『詩』を読んで下さい!!」とある。 思わず立ち止まり手にする。そしてそこを開いてみたら。
『ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんさい』
ああなんてことでしょう。いったいどうしたの?なにがあったの? 放っておくことなんて出来ない。とにかく連れて帰らねばと思う。
そうして抱くようにして帰宅し。その事実とその真実とに向き合うことになった。 浪がとまらない。目が霞んでしまい。何度も涙を拭いながら。とうとう彼の死を。
知った・・・。
ちゃんと言葉にして。ほんとうはそうしてみんなに彼の生きていたことを。 知らせたいのだけれど。どうしても言葉に出来ないことがはがゆくてならない。
『詩』はこころだ。そのこころがこんなにも伝えたがっているというのに。 声にも出来ず。書くことも出来ない。だけど命ふり絞っても伝えたいことが。
どのような境遇に生まれようとも。それがひとというものの命そのものでは。 あるまいか。残された者はもっともっと耳をすまして生きなければいけない。
どうか。どうか。見つけてあげてください。
『お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい』 著者・向野幾世(扶桑社文庫)
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