ひと雨ごとに春爛漫。一昨日は嵐に見舞われて。今日もまた雨の朝だった。 濁流を見下ろす土手には野の菫。土筆の坊やは新緑色のスギナに育っている。
雨あがりの午後はとても清々しい。光の子供達がまるで今生まれたかのようだ。 ひとのこころのくよくよさんも。めそめそさんも。生まれ変れたらいいなあと思う。
このところすこうし。情けなくもあったわたくしというひとは。 あれからすっかり職場が嫌になり。行ったり行かなかったりしている。 自己分析をどれほどしてみたことだろう。いったい何が嫌なのだろうと。 ひとつひとつをようく考えてみると。どうやら仕事自体が嫌なのではなさそう。 経営状態の悪化もしかり。それは今に始まった事ではないのだから。
だとすると。やはり彼女しかなかった。 彼女が赤の他人なら。どんなにか救われるだろうと思うのだった。 もう顔も見たくないと。思ってはいないか?と自分に問うてみる。 するともうひとりの自分が慌てて首を横に振ろうと慌て出すのだ。 優しくしてあげなくちゃいけない。思い遣ってやらないといけない。
だってお母さんだもん。私を生んでくれたお母さんだもん。
でも・・でもと。まるでちいさな子供が泣きながら弁解するように。 それが襲って来るのだ。ユルセナイドウシテモユルセナイ。
ああまたこれだ。いったい何十年経てば。心から許せる日が来るのだろう。 遠い日のひとつの過ちを。罪だと決め付けて。一生責め続けるつもりなのか。 そんな権利が私にあるはずがない。そんな私の心が罪そのものではないか。
亡骸に縋りついて「ごめんなさい」っていくら泣いて謝っても遅いのだ。
母が植えた鈴蘭が咲き始めた頃。
母が植えた合歓の木に蝶々のような花が咲く頃。
母が植えた雪の下に天使のような花が咲く頃。
山ももの木には今年も沢山実が成ることだろう。
明日は笑顔で会いに行くよ。お母さん。
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