| 2005年12月21日(水) |
わたしは。すくっと立っている。 |
黄昏ていく景色のその真っ只中に。並ぶ川面の木々たち。 それは誰かの手によって植えられた木であったり。もしくは。 度重なる洪水のせいで。上流から流されては根をおろした木もあった。
海ならば。きっと途方に暮れたことだろう。砂浜に根を下ろすことは。 命を絶つことに等しい。ここでよかったと。どんなに安堵していることか。
水辺に立っている。冷たい川風にびくともせずに。その木は今日も黄昏に染まる。
いつしかその地は。私のふるさとに似てくる。 その大河の上流で育った私も。流れ流れて。ここに根付いているらしい。
黄昏の風景がとても懐かしく思う。子供だった頃。父さんも母さんもいて。 ランドセルをかたかた鳴らしては。橋を渡り家路を急いだことだった。
見渡す限りの緑のなかで。水のにおいを心地良く感じながら育った。 母さんが泣いていた日。父さんが怖かった日。弟が愛しくてならかった日。
そこから私は。ながいながい旅をし続けて来たように思う。
ひととして。こんなにもひとを傷つけて。ただ痛みだけを残して去っては。 なにひとつ。償うこともせずに。ただ自分の居場所だけを求めてさすらう。
傷ついたと思うことは何ひとつなかった。そこまで私は落ちぶれていたらしい。
あれは嵐だったのか・・と。どうして今日なのか。わけもなく思った今日という日。
わたしは。そんな嵐のおかげで。ここに辿り着けたのだと思った。
黄昏ていくすべての想いを。感謝に変えて。明日の風を受け止めるためにだけ。
わたしは。すくっと。立っている。
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