曇り日にくもらないでいられること。
たとえにわかに雨が落ちても。
おちないでいられること。
へいわなこころは。とても愛しいものだ。
午後。少しうとうとしていたら携帯が鳴って。 知らない電話番号だったけど。「もしもし」って言った。
聞き覚えのある声。ぼんやりとした頭ですぐには分からなくて。 いっしゅん他の人と間違えてしまった。なんか話しが通じなくて。 あれあれって混乱していたら。ああM君ねって。やっとわかった。
3月までうちのバドクラブで一緒に練習していたのだった。 専門学校へ行くようになって。少し遠い所へ行ってしまった。
彼は。右手右足が不自由だったけど。向上心が強くて。 すごく負けず嫌いで。とにかく出来なくてもやるって頑張り屋さんだった。 でも。どうしてもみんなと一緒にはなれない。すごく悔しそうな顔をして。 くちびるを噛み締めていることがよくあった。でも泣き顔だけは見せない。
私はクラブを任されていることもあって。特に彼と関わることになったのだが。 ある日。限界が来た。ものすごく重荷を感じるようになってしまった。 にこにこと笑顔で。いつも真っ先に彼は来ていて。私の名を呼んでくれたけど。 私の心の中は。どうしよう。どうしてあげたらいいのだろうと。 このままではいけないという思いが。すごく込みあげてくるばかりだった。
私は。それから。急に彼に厳しく当たるようになった。 もう。ちやほやしないと決めたのだ。決して甘やかさないと。 駄目な事はダメと言った。そしたら彼は。「わかってる・・」って呟く。
こころが鬼になっている。そんな自分を痛いほど感じていた。 可哀相でならない。だけど。こうするしかないと。自分を宥めた。
彼はよく転んだ。左手にラケットを持っているから。 体をくねらせるようにして。彼は起き上がるのだった。 そして。きっとした顔で対戦相手を睨む。 私は。私のこころはいつも感動していた。えらいよ、がんばれって。 だけど。声は。「また転んだ、駄目やねえ」って言ったのだ。
最後の日を終えて。私の痛みは最高に達し。 彼が転居してしまう前に。彼に会いに行くことにした。 スポーツ店で。バド用のTシャツを買って持って行った。
にこにこ。彼はどうしてこんなに微笑んでいるのだろう。 ご両親まで。深々と頭を下げてくれて。ほんとうに申し訳なく思う。
「いじめてごめんね」って言った。どうしても言わなければいけなかった。
出来ることを精一杯がんばって。いちばん伝えたかったことを。 やっと告げることが出来た。涙が出そうなくらい。心が楽になった。
私があげたTシャツを左手でぎゅっと抱くようにして。 彼が見送ってくれた時は。もう私の涙はとまらなくなっていたのだ。
「なんか、久しぶりに声ききたいなあって思って」
携帯を新しくして番号が変ったのを。私に知らせたかったのだそうだ。
ありがとう。ほんとにほんとにありがとう。
にこにこ。きみはにこにこ。
わたしもね。にこにこしてるの。ちゃんと見えたかな。
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