夜風が。15センチの窓の隙間から。 わたしになにか告げたいことでもあるのか。 わたしのそばでただ揺れていたいだけなのか。 とどまることもせずにひたひたと流れてくる。
こんな秋の夜長には。N君がいい。 N君は。いまどこにいるのだろう。 待って。いまここに連れて来てあげる。
高校一年の秋だった。あの日は文化祭。 文芸部は色紙にそれぞれの詩を書いて展示していた。 私は『安沢裕美』という名前だった。 安沢は小学校の時のいちばん仲良しだった子の苗字。 裕美は。郷ひろみの本名からいただいてしまった名前。
N君は知らないひとだった。中学も違うクラスも違う。 でも。朝のバスのなかで見かけたことはあったと思う。
「この詩、もしかして君?」って突然訊かれてびっくりしたっけ。 照れくささと。見つけられた喜びで。私の胸はどきどきしていた。
それから何かを話した。何かいっぱい話したけど。思い出せない。 最後に約束をした。お互いの詩を交換しようとN君が言ったのだ。
その夜から私は。どこかに火がついたようになってひたすら書いた。 『あなた』と書き始めたら。それまですごく好きだったひとが。 忽然と『あなた』でなくなり。たった二日目でそれがN君になった。
チャイムが鳴っている。今はだめ。もう少ししてみんなが帰ったら。 4ホームへ行こう。4ホームは近いのに。なんて遠いんだろうと思う。
あっ・・っていう顔をいつもした。 一人じゃない時は。すごく困ったような顔をして。N君は。 私の詩を受け取り。私は彼の詩を。隠すようにして受け取る。
そこには『きみ』がいた。 わたしはとてもきになった。そのきみが誰なのか知りたくてたまらない。
それがある日『きみの詩って不思議』って詩をもらったのだ。 私はどんどん熱くなる。ついに私が『きみ』になれたのだと思い込んだ。
バス停で肩を並べてバスを待つ。 おっきなひとだなあって思う。まともに見上げることも出来ず。 心臓がばくばくしてたまらない。何も話せない。沈黙と動悸と。空と風。
N君は。私より五つ手前の停留所でバスを降りた。 窓から彼を見つめていたら。彼が目だけで何かを言ったのだ。 その時の。なんともいえないせつなさは。波の音と海の蒼さ。
それから。どれくらい経ったのだろう。 季節はいつで。何月何日だったのか。とても思い出すことは出来ない。
N君には。ずっと付き合っている彼女がいることを知った。 由紀子さんっていう3ホームのひとだった。
私は。もう4ホームへ行けなくなった。 もうN君に渡す詩が書けなくなったから。
わたしは。涙を少しだけ流し。
またすぐにあたらしい『あなた』を見つけた。
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