このところ少し肌寒さを感じていたのだが。今日はまた初夏の陽気となる。 家中の窓を開け広げて。ふと北側の窓の外を眺めると。お隣りの柿の木が。 こんなに大きかったかしらと思うほど。若き葉がきらめいていてウツクシイ。 実のなる頃を知らなかった。そこは夏が終わるとずっと閉ざしてある窓なのだ。
それから。縁側でツバメ達を観察。ちちちちちっと子ツバメ達が鳴き始めた。 確かに三羽が元気そうなのを見てほっとする。あの末っ子もしっかりとして。 母さんから餌を貰っていた。玄関の扉のあたりは糞でいっぱいだけど。それが。 何よりも順調な証拠のように思え、いくらでも汚していいよと思えるのだった。
それから。自室の掃除をする。今日ついに灰皿を捨ててみる。 5度目の禁煙を。今度こそきっとと決意し、『禁煙セラピー』を読む。 その本には「さあ、最後の一本を吸いましょう」と書いてあるので。 そのようにして。なんだか疑心暗鬼ながら。ついにやったぞと思ったりした。
それからは。とても清々しい気持ちが続く。葛藤もなく。不安もなく。 愚かな自分とおさらば出来たんだと。とても嬉しく思えたのだった。
いつものように茶の間で『義経』を見て。ビール片手に自室に帰って来た。 するとどうしたことだろう。なんだか頭の中が真っ白で。すごく虚しくなる。 第一波の禁断症状かと冷静に受け止めて。頑張れよ、これを乗り切れよと。 必死で自分にエールを送るのだった。お父ちゃん助けて・・と遺影を見れば。 その遺影の前には。買って殆ど吸っていない煙草の箱がちょこんと在るのだ。 灰皿と一緒に捨てるべきだった。もったいないなと思ったばかりに在り続ける。
ため息をいっぱいつく。自己嫌悪と。開き直る気持ちとが喧嘩を始めて。 私はすっかり開いてしまうのだった。在るものは始末しようと思い始める。 最後の一本まで。今はそんな気持ちでいっぱいになり。どうしても駄目だった。
何も喜びを感じていないのに。どうして火を点けようとするのか。 吸えば吸うほど虚しくなるのに違いない。これは麻薬だ。麻薬なのだと。
悲しいほどに知っているというのに。
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