朝はかすみがかった空が。午後ゆっくりと潤いはじめる。 雨の兆し。夏のようだったここ数日の渇きが癒されるようだ。
何曜日なのか忘れてしまいそうに。ぼちぼちと仕事。 電話が鳴らない。ああ土曜日なんだと少しだけ気が緩む。
時々は深呼吸。職場の庭にもうぐいすが来てくれるのだ。 いつもは気忙しさで気がつかなかったのだろう。 ここにいるよと声がする。やまももの木だろうか。ねむの木だろうか。
私は。この山里がとても好きだった。かれこれ17年にもなるのか。 故郷のように思うときがある。たしかに懐かしく思うときがある。
子供の頃。三年間ほどここで暮したことがあった。 ちょうど魚屋さんの向かい側で。あの都忘れが咲いている庭に。 我が家があった。父も母も弟も。『ゆう』という名の犬もいた。
その頃。初めてギターを弾いた。近所のお兄ちゃんがいつも遊びに来て。 ギターを教えてくれたのだ。おさがりのギターを貰ってとても嬉しかった。
その大好きだったお兄ちゃんが。今は母と暮している。 とても傷つきやすかったあの頃。私はこの山里が大嫌いだと思っていた。
運命とか。縁とか。ずっと考えないでいたけれど。 この年になり。ふと閃くように思うのは。やはりこの山里のことだった。 二度と訪れまいと決めていたのに。私は自ずから帰って来たのかもしれない。 ほかに行き場所がなかったと言ってしまうこともできるが。 よほど縁のある土地なのだろう。母もきっとそうなのだろうと思う。
母が幾夜も続けて夢を見ると言って。気になってしょうがないと言う。 お地蔵さんがたくさん並んでいるのだそうだ。一本道でずっとはるかに。 村の墓地の近くに祠があるのを。お彼岸の頃に見つけたのだそうだ。 ずいぶん古いもので。いったい誰をお祀りしているのかわからないそうだ。
気にしすぎだよと言いながら。母の前世を思う私も尋常ではないかもしれず。 私もともに生まれていたのかもしれない。そのいにしえの頃を思った。
ちりんちりんと鈴の音が聞える。それはうぐいすの声よりも真っ直ぐに。 はっとして窓の外を眺めれば。ひたむきに歩き続けるお遍路さんがいた。
なつかしさを言葉にできない。ただ受け止めているすべてがなつかしい。
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