無責任賛歌
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| 2002年01月03日(木) |
貧乳の夢と鬱と別れのシミュレーションと/『ドラマ愛の詩スペシャル キテレツ』/『本気のしるし』4巻(星里もちる) |
今年の初夢、私は『スレイヤーズ』のリナ・インバースになっている。 なんかいろいろ冒険をやってたみたいだが、起きて10分もしたら忘れた。 でも、「女になりたい」って願望が私ん中にあるのか。 それとも「ドラグスレイブ」でも誰かにぶちかましたいのか。 どうしてナーガじゃないのか(^^)。……いや、巨乳は好きだが、自分が巨乳になりたくはないな。リナもイラストで見る限り、本人が気にするほどムネに不自由してるというわけでもないのに、やはり周りにいるが巨乳過ぎるというのが自意識過剰に陥らせているのだろう。 ……で、これで一年の何が占えるんだよ(-_-;)。
NHK教育、早朝から『ドラマ愛の詩スペシャル キテレツ』を見る。 元旦にやったやつの再放送。 こういうスペシャル版だと、どうしても原作の換骨奪胎がひどくなるが、それほどでもない。コアな藤子ファンはCGのコロ助なんかに違和感を覚えるだろうが、私なんぞは声を小山茉美さんがアテてくれてただけで、まあいっか、という気持ちになる。 ただ、CGの口の動きがたるいせいで、小山さん、それに真っ正直に声をアテていて、アニメ版よりえらく間延びした口調になってたが。 スペシャルだけあって、ゲストの俳優が実に豪華。 キテレツのパパが山寺宏一。原作のキャラとは似ても似つかないが、もと発明家を目指してたって雰囲気はよく出てる。 ママは山下容莉枝。ずいぶん老けちゃったけど(私は『マルサの女』のチョイ役出演のころからこの人のポケっとした雰囲気が好きだ)、コロ助を見て動じない「のんきな母さん」の雰囲気をリアルに演じていたのは見事。たいていの役者さんがこういうぽやっとした役柄を当てられると、どうしても浮世離れした演技しちゃうんだけど、それは藤子キャラじゃない。SFの世界の住人でありながら、みんな地に足がついてるんだよね、実は。 頑固爺さんの役で加藤武、その奥さんに藤村志保。けれどタイムトラベルして過去に戻ったのに、周囲が加藤武がいきなり老けたのに気がつかないってのはちょっとムリがあるぞ。歴史も安易に変わっちゃうし。 子役や若手の俳優さんたちもよく頑張ってて、悪い出来じゃないんだけど、オチを『ドラえもん』の「ウソ8OO」から取って来たのはちょっとズルイよなあ。「キテレツ」は「キテレツ」でちゃんと完結させなきゃ。
夕べのの鬱がぶり返す。 何をする気もなくなり、気がついたら『いただきストリート』を延々とやってるが、アタマの中はなにも働いていない。
マンガ、星里もちる『本気のしるし』4巻(小学館・530円)。 やっぱりと言うか、そうしないと連載が続かないことはわかってるけど、いったん縁を切ったはずの浮世に、辻はまた惹かれて行く。 次から次へと、男を変え、ウソをつきつづける浮世を信じようとする辻。 冷静に考えれば、男がなぜこうも女のウソにだまされるかと訝るところだろうが、やはり「破滅型」の人間というのはいるのだ。 浮世だけでなく、浮世を愛し始めた辻もそうなのだ。惹かれあう男と女は、どんなに違っているように見えてもどこかで接点を持っている。 「浮世さんは悪くない」、そう語る辻だが、もちろん、そんなことはないと、心の奥底では知っている。浮世から裏切られるためには、まずは信用しなければならない。そのための自己演出だ。 浮世を責め苛みたい辻のサディズムが、あえて彼女を無防備なところにおいていることに、辻は気づいて入るのか。 「地獄に落ちたがっている」 刺激のない人生に飽きたらないと、そうなる。男はそうして女を罠にかけ、自分もまたその穴の中に落ちるのだ。
……鬱の時に、こんなマンガ読むなよなあ。 また鬱がひどくなるじゃないか。
「……おれが浮気してさ、お前に『別れてくれ』って言ったらどうする?」 「……あんたはそんなこと言わないよ、『別れてくれ』なんて」 「どういうこと?」 「自分に責任があるような言い方をあんたはしないってこと」 「……そうだなあ、ホントにそういうことになったら、『こんなオレなんか、お前はもうイヤだろう』とか言いそうだな」 「ホラ、見てん。だけん、あんたが喜ぶようなことはしちゃらんよ」 「別れてやらないってこと?」 「別れてやってもいいよ。けど、あと、つきまとうから。そういうの、オレ得意だし」 妻にストーカー宣言されてしまった。 けれど、そこでしげを鬱陶しいと思わないのは、私もやはり破滅型の人間だからなんだろうな。
鬱。
2001年01月03日(水) 初夢。……初夢だってば/『雲竜奔馬』5巻(みなもとたろう)ほか
| 2002年01月02日(水) |
オタアミビデオと平成生まれと夜のドライブと/『ナジカ電撃作戦』FINAL MISSION/『名探偵ポワロ 白昼の悪魔』ほか |
正月二日目。 なんとか三が日くらいは仕事を休めることになったが、同僚は元日も今日も明日も働いているのである。 こういうとき、自分だけ遊んでいるのは悪いなあとは毛ほども思わないので、まだ見ていなかったオタアミビデオなどを見返す。 公演中は受付に座っていた時間、見られなかった部分を改めて見る。 門外不出がタテマエなので(毎回概要のレポートだけは眠田直さんがホームページにアップしているのだが、今回はまだのようである)、内容を詳しくは書けない。 ただ、当日は気がつかなかったが、ビデオで見ると、みなさんの息継ぎの具合などがよくわかる。例年よりもお三方が過密スケジュールの合間を縫っての強行軍のためにお疲れだったのだということが冷静に観察できるのだ。それでもあれだけのテンションを保てたのがみなさんのプロ根性であろう。 むう、やはり次回は余裕を持ったスケジュールを取って頂いて、二泊三日くらいの日程を立てた方がよさそうだ。となればその分予算も余計に計上せねばならず、必然的にチケットを今年以上に捌かねばならない。 一つアイデアとして持ってるのは、毎回二部構成でやっているのだから、前半、後半それぞれでも二千円でチケットを捌けないかな、ということである(通しだと三千五百円だから、値段的には妥当だろう)。これなら、時間の都合でこれない、チケットが高くてどうも、という人も来やすくなるのではないか。もしかしたら「半分だけ見ればいいや」という客が増えて、かえって減収、という危険性もあるのだ。このあたりの「読み」が私にはどうにも苦手である。 有能なスタッフの募集もしたほうがいいよなあ。
NHK教育、『ドラマ愛の詩』の『料理少年Kタロー』の再放送を見ていたら、次回のシリーズの予告編が流れる。 なんと、藤子・F・不二雄の『エスパー魔美』。当然、実写版である。 うーむ、確かに「少年ドラマシリーズ」に相応しい題材かもしれないが、原作やアニメのイメージが定着している身としてはどうも違和感がありまくりである……。と考えてハタと気付いたのは、そうだよ、今時の中高生って、『エスパー魔美』のアニメ見たことないやつばっかりだって気づいてしまった。 調べてみると、アニメの放送期間が、1987(昭和62)年4月7日から1989(平成1)年10月26日まで、全120話。 主演の魔美を演じる笹岡莉紗が1988(昭和63)年生まれの13歳。 ……見てるわけねーじゃん。つーかなにかよ、来年度っつーか、今年はついに平成生まれが中学生かよ! ……昭和天皇、あと十年は再生糟に入れてでも存命させといてほしかったとしみじみ思う(T_T)。 てことは、これが若い子にとっては初体験の魔美か(ちょっとイヤらしい言いかたになったが他意はナイ)。じゃあ、過去のイメージを引きずる必要はないしんだよなあ。魔美の髪型が両端トンガリじゃなくて、テールになってたり、ホントにフランス人とのクォーターなのか、赤毛でタレ目だったり、これもアリなのか……と思いつつ、あの「てれぽぉぉぉぉぉぉぉ、てぇぇぇぇぇぇしょん」って気の抜けた掛け声だけはなんとかしてほしいと切に思うのであった。
録画しておいた『ナジカ電撃作戦』FINAL MISSION「華麗なるエージェントは邂逅の薔薇を心に」を見る。 ストーリーはとことんハードになってるのに、やっぱりナジカもほかのヒューマリットたちもパンティー見せまくりなのがなんだかなあ、という感じではあるが。 しかし最終回にもかかわらず、まだ伏線張るか西島克彦監督。 ついに登場したと思ったヒューマリットの生みの親、レン博士はヒューマリットが変装(変身?)したニセモノだったし、結局「何故ヒューマリットは生み出されたのか」って謎は未解決なままだ。7話に登場した天才少女数学者スワンニーとヒューマリットとの関係はどうなったんだよう。 自我を持ち始めたリラも、ついにナジカとの決別のときを迎える。 自分が守らなければならないヒューマリットの子供、アルファと出会ったためだ。 ああ、絵はとことん美しい。作画陣、最後のひと踏ん張りだ。 花吹雪の中、お互いに銃を向け合うナジカとリラ。 ナジカはどうあってもアルファを回収しなければならない。それが任務だ。 しかしリラはアルファと一緒に行きたいと願う。 『ナジカ』もまた、これまで数限りなく普遍的に描かれてきた「創造者と被創造者」「神と人」「親と子」の葛藤を主軸にした物語であったのだ。誰にも答えられない問いかけを内包し続けるそれの。 銃声が鳴る。 倒れたのはどちらか。『柳生連也斎』のようにそれは描かれない。 ナジカは再び一人の任務に戻る。雑踏の中、ナジカが見かけたのはリラとアルファの二人。あれは現実か幻影か。 微笑むナジカ。 ……オチの付け方として、まあヘンではないけれど、なんか残尿感……いや、物足りなさを覚えるなあ。公式ホームページを覗くと、「続編を睨んでるんじゃないか?」と憶測してる人がいるが、そりゃ作ってほしくはあるが(なんたってたった12話だ)、そういう取らぬ狸の皮算用は余りしてほしくないもんである。
途中からほとんどヒューマリットの回収話になっちゃったけど、純粋なスパイアマションも見てみたかったし。全話通して見て一番の傑作はやっぱり5話の「深紅に染まる水平線ははかなき夢と共に」だったかな。作画レベルも最高だったし、なにより尼僧姿のヒューマリット、コハルの冷徹さが光る。9話の「勇壮なる砂漠の獅子は女神と共に」のエリスも印象深い。転向したマスターを、マスターとして認識できなくなったヒューマリットが自らマスターに成り代わる……。融通が利かないヒューマリットだからって設定だけど、洗脳されてこんな状態になってる人間も現実には腐るほどいるしねえ。 多分、我々人間は、たいして立派なココロは持っちゃいないんだろうな。…… ううむ、パンチラアニメでこんなに深刻に考えさせられることになろうとは。やっぱりミヤザキハヤオばかり見てちゃいけないね。
NHK総合『名探偵ポワロ 白昼の悪魔』見る。 今も続くデビッド・スーシェ主演版『ポワロ』の最新作。 ピーター・ユスティノフ主演版『地中海殺人事件』と原作は同じなので見比べてみるといろいろ面白い。 原作はアドリア海が舞台なんだけど、映画では地中海に変更。今度のテレビ版ではどこだったんだろう。NHKのホームページの解説には「小島」としか書いてないけど、ここが実にいいムードなんだわ。 普通、島に渡るんなら船で、と思うでしょう。ところがポワロたちが使うのは高足の水中(上?)車。つまり浅瀬をずっと、車に乗って行く格好なんですね。まさに「浅瀬でランデブー」(←「オタアミ」見てる人にしかわかんないネタ)。 原作に登場しないヘイスティングス、ミス・レモン、ジャップ警部を登場させるために、突然体を壊して倒れたポワロを、リゾート地に行かせて運動と食事療法の付き添いをさせるとか、ちょっとした変更はある。……なんだか糖尿病である私と境遇は似てるが、私にはリゾートで休む余裕はないのだ。ちょっと羨ましいぞ。 結局、ポワロが体調を崩したのは、ヘイスティングスが紹介した食堂が食中毒を出していた店だとわかり、ヘイスティングスが恐縮するオチがつくのだが、そういうエピソードを紹介するなら、もう10分は尺がほしいところだ。後半展開にやや慌しさを覚える。 けれど、概ねストーリーやトリックは原作通り。 ラストで真犯人にポワロが首締められて殺されかけるところまで再現(映画じゃグーで殴られてた)。 けれど、この原作、リゾート地を舞台にしてるからいかにも映像化に向いてるように見えるけど、メイントリックは活字ならではのものなんで、映像で見るとバレバレなんだよね。 昔の映画版も、当時つきあってた彼女と一緒に見て、途中でトリックがわかったもんだから、ついそれを口にしちゃって、顰蹙をかってしまった(当時は原作は未読だったのである)。 「クリスティーがそんな単純なトリック使うわけないでしょ?!」と彼女は怒っていたが、最後まで見るとその通りだったので、凄くプライドを傷つけられたような顔をしていたのだ。もしかしたらフラれた原因はそれだったのかもしれない(^_^;)。 ミステリーの女王などと呼ばれてはいるが、クリスティー作品はトリック的には同じパターンの繰り返しで、要領さえ掴めば犯人やトリックはすぐわかるのである。特に映像にしちゃうと、名作の誉れ高い『アクロイド殺し』だってただの凡作になってしまって、つまらない。純粋にミステリーとして楽しみたい人は、クリスティーは小説に限定した方がいいと思う。
『ポワロ』シリーズが名作たり得ているのは、そういった映像化に向かない原作の不備を補ってあまりあるキャストの演技力に負っていると思う。 以前は私の思う最高のポワロ役者は『オリエント急行殺人事件』のアルバート・フィニーだったが、今は確実にデビッド・スーシェだということが出来る。歩き方から仕草まで、むちゃくちゃ作りこんでるものなあ。もっとも、舞台版のチャールズ・ロートンのポアロなんかは見たことないので、ユスティノフと比較したらってことなんだけどね。名優で知られ、『情婦』でウィルフリッド卿も演じているロートンなだけに、もしかしたら出来がよかったのかもしれないけれど(でも作者は嫌ってたそうである)。 更に言えば、最高のヘイスティングス役者もヒュー・フレイザーである(声が富山敬さんから、安原義人さんに変わった。しかたないことだけどイメージがピッタリだっただけに残念)。 と言っても、これも他には、映画『ブラックコーヒー』『エッジウェア卿の死』のリチャード・クーパー、『ABC殺人事件』のロバート・モーレイ、テレビ『エッジウェア卿の死』『死者のあやまち』ジョナサン・セシルの三人くらいしかいないんだが。しかも前の二人のは未だに日本未公開。わしゃいい加減、30年も待っとんじゃ。たいがいでビデオ化せんかい。
デビッド・スーシェは、クリスティーのポワロを全作演じたいと意欲を見せているらしいが、それはぜひとも願いたいところだ。特に『オリエント急行殺人事件』と『カーテン』は是非に。
マンガ、高屋奈月『フルーツバスケット』1、2巻(白泉社・410円)。 もう何年も「大貧民」やってないなあ。 地方によってはこのトランプゲーム、「大富豪」と呼んでるが、どの程度の地方差があるものなんだろうか。 いや、マンガの中でみんなで「大貧民」するシーンがあるってだけのことなんだけど。 それはそれとして、じっくり読んでみて、これがようやくファンタジーものだってことを知った。テレビでアニメ見たときは、草摩の一族が十二支の動物の物の怪に憑かれてて、異性に抱きつかれるとその動物に変身してしまうなんて気がつかなかったのだ。ちょうどそこのところだけ、見逃してたんだねえ。 ううむ、伏線の張り方が「思わせぶり」の域を出ていない、つまりは語り口がまだまだ固いってことは言えるんだけど、キャラクターの作り方はなかなか面白い。 主役の透、しげは「気に入らん」と評価が厳しいが、まあ、天然パーな女の子ってのは定番だし。しげも似たようなもんだ。 脇キャラがなかなか楽しいしね。神楽や花ちゃんみたいにダークなやつは好きだ。……そりゃ、電波やってりゃ成績もどん底みたいに悪かろうよ(^o^)。こういう、一見エキセントリックだけど、妙なリアリティが魅力で読んでるやつもいるんじゃないか。これは続けて買ってみることにしよう。
マンガ、文月晃『藍より青し』1〜3巻(白泉社・530円)。 これもアニメになるってんで、とりあえず三冊ほど買ってみたが、中身は『ラブひな』だった。 大学生の男の子のアパートに、18年間ずっと彼のことを思い続けてきた許婚の和風美人が押しかけて来るって、ベタベタな展開なんだけど、家同士のしがらみなんかも語られてて、これは結構ハードに面白くなるのかなあ、と思ったら、2巻でもう失速した。 博多弁を喋る外人とか、ドジで巨乳なメガネっ子とか、いくらなんでもちょっとありがち過ぎんか。 しかも博多弁デタラメだし。 博多弁では「どぎゃん」とは言わんぞ。「どげん」だ(「どぎゃん」は「佐賀」!)。しかももう若いヤツは普通に「どう」って言ってて、そんな古い言葉、もう使ってないよ。 博多弁らしさを出そうとして、昔の言葉を復活させてるんだろうってことはわかるけど、だったら「ばり(=とても)」なんて、ギリギリ今の20代しか使ってないような流行語を混ぜるな。中途半端であっちこっち無理が生じている。 ……作者、博多の人間なのかなあ。 1巻で中味は完結してるんで、後は女の子増殖させて行くだけなんだろうね。これは多分、続きは買わない。途中からSFものになりでもしたら別だが(^o^)。
正月も二日からしげは仕事であるが、12時には上がって帰宅。 まだ開いてる店もあろうから、深夜の食事に出かけることにする。 車に乗りこんだ途端、しげがポツリと呟く。 「このままどこまででも行こうか」 「……なんだ、そりゃ」 「アンタは、どこまででも行きたい?」 「……どこまでもは行けねーよ、海にぶつかるじゃん」 「……面白味のない男」 しかし、しげはホントにどこまででも行き始める。 「どこかで食事をするんじゃなかったのかよ」 「するよ」 そう言いながら、しげはどことも知れない夜道を、ただひたすら車を走らせる。……なんかあったのだろうか。 冗談でなく、道に迷いそうになったので、「こっちに行かないと帰れなくなるぞ」と指示して道を修正するが、たまにこいつはこういうことやるんである。 もともと対人恐怖の激しいしげである。フラストレーションが溜まることも多かろう。気晴らしに、いろいろつきあってやりたい思いに駆られることもあるが、現実にはそうもいかない。 やはり私は私で「仕事」は大切なのだ。明日のことを考えずに、どこかにたまには出奔、というわけにはいかないのだ。 「めしや丼」で食事。 期間限定の「鶏鍋」が安いわりに美味い。
帰宅して布団に潜りこみ、妻の思いに答えてやれない自分の不自由さを感じて落ちこむ。かと言って、「自由」な職業なんてないのだ。 全く、正月そうそう、何で鬱になるか分らんな。
2001年01月02日(火) 眠い一日/ドラマ『不思議の国のアリス』ほか
| 2002年01月01日(火) |
ぬかるみとミッフィと腐れた餃子と/映画『スパイキッズ』/『降魔法輪』(さとうふみや)ほか |
え〜、数少ない読者のみなさま、新年明けましておめでとうございます。
と言いつつ、これ書いてるの、もう十三日ですがな(^o^)。 ほぼ2週間遅れにもかかわらず、灰色の脳細胞をフル回転させての記憶力再現日記(既に備忘録ではないな)、本年もよろしくお願いいたします。
無差別テロで始まった21世紀も2年目に突入。 こう、いかにも時代の節目を象徴するような事件が起きると、キリストさんが2000年前に生まれたってのもなんか信憑性があるような気がしてくるよねえ(ホントは数年ズレてるらしいけど)。 しかし、1年って、経つのがはやいよ。ついこないだ、パソコンを扱い始めたばかりって感覚なのに。でも、去年の今もこうして日記をパチパチ打ってたのは間違いない事実なんである。 劇団の宣伝日記のつもりで書き始めたのに、既にそんなフォーマットはどっかに消え失せている。じゃあ、今はどういう理由でこの日記書いてるのか、そのモチベーションはいったい何なのかってことなんだけれど、あまりその辺深く考えてもしかたない気がする。まあ、「男の意地」ってことにしとこう、とりあえずは。
ふと気づいたが、去年の公演から数えてもほぼ1年が過ぎている。 当初予定していた1年1本の上演ペースも、もうすっかり崩れた。 十人ちょっとのメンバーがいながら、なかなか公演を連続して行えないのにはいろいろと原因はあるんだが、一つは私の脚本執筆の遅れもあろう。 てことで、今年の抱負。 シメキリまでに脚本は上げます。 できなかったらしげにダイアモンドの指輪を買ってあげよう。 とりあえずアイデアだけは10本でも20本でもあるからね。思いきりエロいのやってみたい気もするが、女性陣の反発食らっちゃうかなあ。
元日の朝、まずは家中のカレンダーを張り替える。 玄関の『クレヨンしんちゃん』は毎年の定位置、新顔の『あずまんが大王』は寝室。 トイレには『エヴァ』に変わって『ヒカルの碁』だ。ファンが聞いたら「トイレに佐為様を!」とか怒るかもしれないが、別に佐為で○○○○するわけじゃなし。 正月そうそう下品でスミマセン。(^^)ゞ コンビニで買ったミニ鏡餅をパソコンデスクの上に置く。パックなので、長持ちするのがいい。これだけでちょっとは正月気分になれる。
しげを起こして、雑煮の代わりにカップ汁粉を食う。 しげの偏食は雑煮嫌いにまで及んでいるので(何がイヤなのか分らない)、仕方なく「モチさえ食えりゃ」ということで妥協してるんである。
年賀状の返事を書いて、それを出すついでに日吉神社まで初詣。 毎年、初詣はたいてい深夜なのだが、今年はしげが爆睡していたので、昼かららになった。まあ、二度、三度、寝たり起きたりしながらウロチョロするよりはまとめて出かけた方がラクはラクだ。 地元の小さな神社なので、そんなに混んでいない。 車をどこに停めたらいいのやらと、案内表示に従って行ったが、駐車場らしいところはない。はてオカシイとよく見ると、やや傾斜になった木々の間の土手みたいなところに、何台かの車が停まっている。 「ここに停めろって?」 しげ、思わず素っ頓狂な声をあげるが、そこ以外に場所はない。 恐る恐る車を進めて行くと、助手席に座っていてもなんだか車がズブズブと沈んで行くような感触が伝わってくる。地面が結構なぬかるみになっているのだ。……街外れの神社だし、日頃、車で人が来るようなところじゃないからなあ。もともと駐車場なんてないんだなあ。去年までは自転車で来ていたので、駐車場がないなんてことには気付かなかったのである。 前に入ってた車が、ぬかるみにタイヤを取られて、往生しながら土手を上がって来て、出口から出て行く。反対にウチの車はぬかるみにハマるように下降して行く。こんなところに停めて、帰りは出られるのかと心配になるが、後ろからも車が来ているので、もうあと戻りはできない。
ようやっとのことで車を停めて、境内に向かう。 土手から本殿は目と鼻の先なので、鳥居も潜らず賽銭箱の前まで行けてしまう。さすがにそれはマズかろうと逆戻りして手洗い。しげはちょっと水をつけただけであとは手を拭こうともしない。冷たいのがどうもイヤらしいが、一応こういうのは礼儀なんだがなあ。 参拝しようとサイフの中からお賽銭を探すが、小銭が3円と、あとは5百円玉しかない。いつもはけち臭く、百円玉くらいしか入れないのだが、今年はうっかりして十円玉すら切らしていた。 しげに「小銭ない?」と聞いたら、これまた偶然しげも持ってない。 「しょうがないなあ。500円2枚、入れようか?」と言ったら、しげが血相を変えて無言で首を横に振る。 「……じゃあ、3円?」 しげ、ニッコリ笑って首をたてに振る。 ……ちょっと神様に悪い気もしたが、結局、今年のウチのお賽銭は、しげが1円、私が2円。さあ、ご利益はあるのか、これで。
二人で御神籤を引いたら、しげは末吉、私は吉。……え〜っと、どっちがいいんだったか忘れた。まあ、吉が出たからって、それなりにトラブルのなかった年はないんで、所詮は気分の問題。日頃、宗教嫌いを標榜してる私が、初詣だけは曲がりなりにも毎年ちゃんとやってるのは、そうやって自己暗示をかけるためなんだよね。 今年の札と破魔矢を買って帰る。 実は去年のも一昨年のも買って、焼かずに取っている。年が改まったんだからそういうのはよくない、とおっしゃる方もおられようが、だから私ゃ、信心で初詣してるんじゃないんだってば。一昨年から思い立って、十二支の絵馬を記念にそろえようと思ったのよ。 帰りのぬかるみは、ちょっとてこずったけれど、タイヤを新しく替えてたおかげか、なんとか土手をかけあがることができた。
そのまま映画を見にキャナルシティに向かう。 正月で、道は車の姿もほとんどない。日頃はやっぱり仕事の車ばかり通ってるってことなんだよなあ。それでもキャナルシティに着いてみると、駐車場は満杯に近い。車が道を通ってないのに駐車場にだけは続々車が入ってくるってのはどういう現象なんだ。辻褄が合わんぞ。
キャナルシティは元日から初売り。 毎年買ってるミッフィの福袋、今年もしげが目をキラキラ輝かせて「いちまんえんのを買う」と張りきっている。 もう昼をだいぶ回っていたので、売りきれていないか心配していたが、長引く不況のせいか、昨年は今の時間帯では残り5個くらいしかなかったのに、今日は20個以上余っている。 中の品は表書きされているので(最近の福袋は親切だ)、しげ、どれを選ぶか迷う。いくら待っても決められないので、待ちきれなくて、向かいのゲームコーナーに行って時間をつぶす。QOOのサラダボールを2個ゲット。これが今年のゲーム初めか。
ようやく毛布入りの福袋を買って、いったん荷物を駐車場の車に入れる。ああ、去年まで荷物を持ってヨタヨタひいこらうろついてたのに比べるとなんとラクなことか。みんなマイカーを欲しがるわけだよ。 時間を調べてみると、映画までまだ間がある。 ラ・ブーンにはオープンキッチンがあって、マクドナルドや弁当屋、お好み焼き屋、洋食屋、丼もの屋など、10店ほどの店が並んでいて、どこの店からでも注文できるようになっている。 まだ食べたことのないある店で、カツ丼と餃子を頼むが、ここの餃子がえらくまずい。皮は固いだけだわ、肉は生煮えだわ、あとはただただ油っこいだけ。かと言って捨てるわけにも行かず、つい口直しに別の店でタコ焼きを頼む。 美味いけれど、またこれでちとばかし太ったかも。
映画は『スパイキッズ』。 元旦で千円だから、多少、出来が悪くても余り損した気分にならずにすむぞ(^^)。 まあ、スパイ同士で結婚したおとっつぁんとおっかさんの危機を子供たちが救うっちゅう、それだけの映画で、仕掛けはたいてい読めるから、あまり興味もなかったんだけれど(『シュレック』もそうだったんだけどね)、しげが見たがったんで見ることにしたのだ。 企画自体がバカ映画なんだし、筋立てについてどうこう文句言う作品じゃないってことは重々承知しちゃいるんだけれど、それでもやっぱり、設定が安易だし、詰めが甘いってことは言いたくなっちゃうんだよねえ。 かつてはスパイであったことを両親が隠している、ってのはもちろん定石なんで文句はない。 ママが寝物語としてパパとの馴れ初めなんかを話すんだけれど、娘も息子もそんなのママの作り話だろう、と信じようとしない。問題はそこからで、だったらその「昔語」はとことん荒唐無稽でないとギャグとして機能しないんだよ。それこそOO7を凌駕するくらいでないとねえ。 結婚式の最中に襲われて、二人で崖下にハート型のパラシュートで飛び降りる、程度じゃ「冒険」とは言わないよ。ミサイル基地を一つ大爆発させるくらいのことはしなきゃ。 それに、「パパとママがもとスパイだなんて信じられない」、なんて話にするんなら、パパがアントニオ・バンデラスでママがカーラ・グギノなんて美男美女じゃまずいだろう。もっとブサイクで情けないキャストにしなきゃ。つーか、コメディアンの方が絶対にハマる。それこそダン・エイクロイドやスティーブ・マーティン、ビル・マーレイとかが演じた方が、ずっとカッコイイぞ。 マイク・マイヤーズが『オースティン・パワーズ』でそのセンを狙ったんだから、そういう企画も考えられたと思うんだがなあ。 まあ、それでもその辺はたいした傷じゃないんだけど、ともかく主役の二人の子供が全く冴えないし可愛くないってのが一番の問題かな。ホントに何の個性もないただの子供なんだもの。
主役陣が軒並みダメダメなんだけれど、困ったことにまるで反作用のように脇役陣が最高にいいんだよねー。 敵ボスのフループを演じるアラン・カミング、このキャラクターがもう、思いっきりキテて、モロ私の好みである。 ホントは悪の組織のボスで発明家なんだけど、一応、表の顔はテレビの子供向けファンタジー番組のホストってことになってる。このショー自体がまた、むちゃくちゃサイケでグロなんだよね。なんたって、出てくるキャラが実はみんな悪の組織の改造人間なんだから。まあ、ショッカーがそのまんまテレビショーをやって正体をカモフラージュしてると思ってもらえればいいかな。……って、カモフラージュできるんかい(^_^;)。番組のテーマソングがなんとダニー・エルフマン! 道理で『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』ソックリのスコアだと思った。 このフループ、世界征服が本職なのに、カモフラージュのはずの自分のショーを面白くすることの方に興味が行っちゃってる本末転倒野郎。「何がボクの番組に足りないの?」なんてオカマっぽく嘆いてるものだから、ナンバー2のミニオン(『ギャラクシー・クエスト』でタコ宇宙人と絡んだトニー・シャルーブ!)はいつもヤキモキ。欲を言えばこのへんの二人のやりとりがもっと漫才チックになってくれた方がよかったかな。 更に、敵の女スパイに『新スーパーマン』『トゥモロー・ネバー・ダイ』のテリー・ハッチャー。彼女は後半、アッと驚く「変身」を見せてくれる。……美人は何やってもトクだねえ。 そして黒幕の大富豪、ミスター・リスプにいい加減『T2』のT−2000と言われるのはイヤだろうロバート・パトリック。シワも増えて、苦みばしったイイ中年になったねえ。 残念ながら、この脇役陣、次回作の『スパイキッズ2』には誰も出演しないらしいんである。代わりにリカルド・モンタルバンが出るらしいけれど、もう『カーンの逆襲」の時ですら顔がシワだらけだったし、悪役としてはちょっと弱くないかなあ。もしかしたらまだムネはモアマッチョなのかもしれないが(^o^)。
しげ、見終わって「やっぱりバンデラスはラテンでいい」なんて言ってる。 結構気に入ったみたいだけど、この程度の設定ならあかほりさとるでも書けるぞ。日頃から「中途半端に面白いのは嫌い」とか言ってるくせに、まさしく中途半端な『スパイキッズ』がよくて、どうしてあかほりは許せないのか。 ちょっと偏ってるぞ、しげ。
帰るとしげ、早速、ミッフィ袋を空けようとするが、セロテープが貼ってあって、うまく剥がれない。 しげが愛玩するように私を見る。こういう時のしげの目はマジでエサを求めるウサギのようだ。 「お願い、剥がして?(はあと)」 ミッフィの袋だから、外側も当然ミッフィ印である。 テープをきれいに剥がせばまたバッグとして使えるのである。けど、どうしてそれを私にまかそうとするかな。こういう几帳面な作業は全部私に回されるのだが、実際、それを拒否してしげにさせると必ず失敗するのである。 不器用にもホドがあるんじゃないか。 きれいに剥がしてやると、ニコニコして喜ぶ。 ……いいよなあ、年中アタマん中が盆と正月なヤツは。 夜、友達何人かと電話で元日の挨拶。 地元の友人が少ないので、ウチに年始回りはない。 私はここんとこ気分は浮いたり沈んだりだが、みんなはそれぞれ元気なよう。 今年も世界的に事件はいくら起きてもいいけれど、私と私の関係者には累が及びませんように。
コミックス『Bstreet(ビィストリート)』vol.7(幻冬社・998円)。 情報に疎くて気がつかなかったのだが、ソニー・マガジンズはコミック戦略から撤退してたんだな。 スコラ→ソニー→幻冬社と慌しいが、出版元や版型が変わるたびに『退魔針』買い直してるこっちの身にもなってみい。 ってことは、買い損なってた『Bstreet』のvol.5も絶版か。うひゃあ、早いとこ古本屋探さなきゃ。 ミステリマンガ専門のこの雑誌式コミックス、今回からの新連載は桑田乃梨子さんの『888(スリーエイト)』。 ささやかではあるけれど一応「本格ミステリ」にしてるあたり、桑田さんの誠実さを感じる。こういう同テーマのアンソロジー雑誌の場合、他者との差別化を測って搦め手やSFミステリを書いたりするのは結局「逃げ」になっちゃうからねえ。てっきりギャグだと思ってたら、それが伏線だったってのはウマイよなあ。ミステリの礼儀でその中身をここに書けないのは残念だけども。
コミックス『コミックエンゼルズ』(幸福の科学出版・683円)。 正月そうそう何読んでんだって感じだが、“裏”モノ会議室でも話題になった、『金田一少年の事件簿』のさとうふみや描く『降魔法輪』が載ってるのがこの本。 福岡じゃどこの本屋にも置いてなかったんで、やっぱこういうのは通販ででもない限り買えないのかなと思ってたら、しっかりジュンク堂で平積みになってたよ。ううむ、まさしく「質より量」ってか、恐るべしジュンク堂。
で、読んでみたけど、やっぱりやってたよ、「エル・カンターレ・ファイト!」。 ぶわははははははは(^▽^)。 まあ、なんちゅーか、マンガとしてはよくある悪霊退治モノで、別にさとうさんがなんたらを信仰してようがしてなかろうが、気にせずに読めば『マガジン』に載ってたって全然おかしくないマンガなんだよねえ。 実際、この、悪霊を退治する掛け声(?)のところ以外には、大川隆法を暗示させるようなところはほとんどない。これって多分、オウムが作ってたアニメやマンガが、自分とこの教義を説明することよりも、教祖の麻原彰晃のカリスマ性を前面に押し出して胡散臭くなってたんで、それとの差別化を図ろうとした結果じゃなかろうか。 それまで一所懸命、オカルトではあるけれどもインチキっぽくない体裁を整えていたのに、キメんところで「これくらいはいいかな?」と出しちゃったって感じかな。 さとうさんも随分絵がうまくなったし、女の子キャラなんか、今やってる『探偵学園Q』よりずっと可愛いんだけど、これはさすがにシリーズ化されまいなあ。続きが読んでみたい気はするけど。 一応アンソロジー集なんで、ほかにも冒険ものや恋愛もののマンガ(でも悩みは全部オカルトで解決!)が載ってんだけど、もう同人誌以下のレベルでハシにも棒にもかからない。話のタネだけにこんなマンガ買ってんじゃね〜よって、ちょっとだけ思う(^^*)。
マンガ、奥田ひとし『新天地無用! 魎皇鬼』2巻(角川書店・588円)。 表紙の魎呼、えらく巨乳になってるな。まあ、嫌いじゃないが(^^)。 『天地無用!』シリーズも長いよなあ。最初のOVAから数えたらもう十年にならんか。 てっきりこないだの劇場版『天地無用! in LOVE2 〜遙かなる想い〜』で終わったと思ってたら、OVAシリーズとテレビシリーズ&劇場版は設定が違うので、OVAシリーズの方はまだ完結してないってことなようだ。 このコミック版はOVA版に依拠しているので、今度の新シリーズテレビアニメ『天地無用! GXP』(旧キャラは登場しないらしい)と、OVA第3期発売予定に合わせて、またもやのメディアミックスとして、新シリーズが再開してるんだけど、まだファンが付いてるのかなあ。 今更もう、あまり話題になってないような気がするんだけど(だったらこうやってコミックス買ってるのはなぜだよ)。 まあ、私は「マッド・サイエンティストもの」としてこの『天地無用!』を気に入っているので(つまりは鷲羽のファンなのよ)、今回みたいに「ブラック鷲羽」が登場して、もしかしたら、ちょっとうっかり地球ふっ飛ばしちゃうかも(はあと)、みたいな展開は大好きだ(^o^)。久方ぶりの神我人の登場(回想シーンだけど)、となれば、まあ、ネタは『パトレイバー劇場版』だなと知れるけれど、結末にアイデアを凝らしてくれりゃ多少のパクリについては文句はない。 ああ、でもさすがにOVAまではもう買いません。完結ったって、もう、どこで完結したって別に構わないって感じになっちゃってるから。
2001年01月01日(月) 2001年元旦スペシャル
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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