無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年12月04日(火) 「ピー」って口で言わんでも/『ワンピース』21巻(尾田栄一郎)/『うまんが』1巻(新井理恵)ほか

 映画『ハリー・ポッターと賢者の石』が、公開二日間で興行収入の16億円を抜く新記録を達成したとか。これまでの1位が『スターウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』の15億円、というから、抜いたと言っても大した差はないが。
 「あれ? 『千と千尋の神隠し』は?」という疑問が出そうだが、子連れが多い『千と千尋』は入場者数で勝っても興行収入はおっつかないのである。……だって、子供二人分でもオトナ料金に届かないんだぜ。
 となると、『ハリー・ポッター』、どの程度『千と千尋』に迫れるか、ということだけれど、結構、抜いちゃう可能性はあるんじゃないか。今んとこ、口コミで入ってくる情報は「まあまあ」。試写会時の提灯記事よりこの「口コミ」ってのの方がよっぽどアテになる。少なくとも退屈するってことはなさそうだな。
 原作を買ってるけど、「映画見るまでは」と未だに読んでないんで、どの程度原作と違うかも分らないし、本当に「画期的なファンタジー」なのかどうかも見ないことにはなんとも言えない。


 今日は定刻に仕事が終わる。
 なのに、しげの携帯や自宅に何度コールを入れても、呼び出し音がなるばかり、ウンともスンとも返事が帰って来ない。
 「ただいま、電話に出ることができません。“ピー”という発信音の後に、メッセージをどうぞ」
 留守電なのは仕方がないとしても、なんかこの「ピー」というコトバを聞くと、ただそれだけで、なんだかむかっ腹が立っちゃうのは私だけかな。
 あんちくしょう、朝、送ってきた時に、「帰るときは連絡入れてね、きっとだよ」とか言っときながら、しっかり寝入ってやがるな(-_-メ)。
 「……迎えに来れないみたいだけど、今から帰るよ」
 どうせメッセージ入れたって、聞いてやしないんだろうなあ、と思いながら、それでもピー音の後にヒトコト入れないといけない気がするのは、留守電のマナーを守れる人間が世の中にムチャクチャ少ないことがわかったからだ。
 以前はウチの電話も外出する時は必ず留守電を仕掛けていたのだが、最近は全く仕掛けなくなった。ともかく、メッセージ入れずにそのまま切っちゃうやつが多いんだね。どうせセールスの類だからだろうな、と思ってたんだけど、ある時父親もなにも言わずに切ってることがわかって、留守電仕掛けるのをやめた。
 なんで肉親から無言電話かけられなきゃならんのか(`m´#)。

 しかたなくタクシーで帰ると、やっぱりしげは巨大な大根足をほっくりだして寝汚なく寝ている。声をかけても「んがっ」とイビキを返すばかり。
 腹立つな−(`m´#)。せっかくコンビニでハンバーグを買ってきてやったというのに。しげを気遣う自分のほうがバカバカしくなって、レトルトカレーを温めて、買ってきたハンバーグを乗せて食う。
 ストレス&暴食って、糖尿に一番悪いんだよなあ(ーー;)。


 ようやく、アニメ『しあわせソウのオコジョさん』をマトモに見られる。
 今日は、第10話「雪とゆうたとカラアゲと」「オコジョ番長!登場編」の2本。
 なんだなんだ、この「オコジョ番長」ってのは、と思ったら、この原作、完全な続きものじゃなくて、オコジョさんがいろんなキャラクターに扮して、たくさんの別々なアナザーストーリーを作ってるわけなんだね。
 『パタリロ』と『猫間天狗』と『パタリロ西遊記』の関係みたいなもんか。ってタトエが古いな(^_^;)。
 スゴイ番長が来ると思ったら、ちびっこいオコジョだったってのはギャグとしてはあまりにミエミエで笑えない。教師がやたらと生徒を見捨てて逃げたがるのも、よくあるパターンだから、もう少しキョーレツな演出を考えないとねえ。
 まあ、無理して早く帰って見なけりゃならんほどのものでもなかったなあ。


 『FF:U ファイナルファンタジー・アンリミテッド』第10話「屋敷〜サギソウのおもいで」。
 「サギ」のキャラクターデザインがなかなか面白い。FFもずいぶんたくさんのシリーズがあるようだから、毎回こういう形でゲストキャラが出てくるんだろうなあ。
 しげに言わせると、世界観がデタラメ、ということだけれど、つまりだからこそタイトルが「アンリミテッド」っていうことなんだろう。もとのFFがどんなものか知らないから、かえってこのシリーズ、CGの使い方の下手さ加減を除けば、結構楽しめてるのである。


 マンガ、尾田栄一郎『ONE PIECE ワンピース』巻二十一「理想郷」(集英社・410円)。
 カバーを外すと、クロコダイルがパンダマン(^o^)。ジャンプコミックス系でこの手の遊びは昔はさせてもらえなかったのに、太っ腹になったなあ。とゆーことは、古本屋にカバーが外れた状態で並ぶ時はパンダマンが背表紙(^u^)。
 初めて読むやつが、「このキャラはどこに出てくるんだ〜!」とか騒いだりしてな。こういうお遊びはメチャクチャ大好きだ♪
 ジャンプ本誌の方は、どうやらやっとこすっとこアラバスタ編が終わってるみたい。
 どうせなら、ビビとここまで旅してきてるんだから、彼女を音楽家ってことにして、フネに乗せてもよさそうだけれど、なにしろ相手は王女だしなあ……。
 パターンとしては、次代の国を支えるために、ってことでルフィたちとはお別れってことにしちゃうんだろうけれど、そうなるってーと、確実に話がつまんなくなるのな。キャラクターがパターンに殺されちゃうってことなんだよね。
 本気で面白いマンガは、キャラクターが作者も予想外の行動を取って、パターンをぶちやぶるくらいのパワーを見せるもんなんだよね。

 まあ、それはそれとして、21巻の内容。
 バロックワークスなんてものを出しちゃったおかげで、今まで積極的には戦闘に参加してなかったナミまで「対決モノ」のパターンにハマっちゃったんだけど、面白いことは面白いのな。
 果たして作者がそういう方向の作品を書きたかったのかどうかは別として、『リングにかけろ!』あたりから始まったジャンプお得意のグループ対決形式、これは誰が書いても確実にウケる。『幽遊白書』なんて、作者が手を抜いててもウケてたんだから悲惨なものだ。
 ビビとミス・ダブルフィンガーの戦い、話としてはよく工夫されている。ウソップからもらった「天候棒」が最初は役立たずか、と思わせる展開も楽しい。「まあっきれいなお花(はあと)」には笑ったし。
 でも、「せめてみんなに迷惑かけないくらいの強さは欲しいし……」とかいうキャラだったか? ナミは。いや、ナミも成長してるんだって言い訳はできるだろうけれど、結局、ナミを対決ものに巻き込むための後付けのリクツなんだよね。
 ナミだけじゃない、主要キャラクターの性格がここんとこパターンの中に取りこまれて、どんどん「薄く」なってることに気付いてる読者がどれだけいるのだろう?
 このパターン、一回やると後の話も全部それでいかなきゃならなくなるって大きなリスクがあるのよ。下手をしたら次の連載まで……。
 つい最近も、『るろうに剣心』の和月伸宏が、『ガンブレイズウェスト』でツブれてるだろ? このままいけば尾田さんも確実にツブれるぞ。どんなに面白くっても、編集部に強要されようが、「グループ対決パターン」は絶対やっちゃいかんのだ。
 ……ホントに尾田さんのファンなら、これから先、似たような話の拡大再生産が続いて、どんなにツマラナクなっても、決してファンをやめないくらいの気概が欲しいんだけど。それが「作家を育てる」ってことでもあるんよ。


 マンガ、新井理恵『うまんが』1巻(小学館・590円)。
 カバーを外すと続きマンガ……って、『× −ペケ−』でもやってたな、この人。きょうは「表紙めくりマンガ」ばかりだ(笑)。
 まあ、私も唐沢なをきと椎名高志のマンガを買う時には必ずカバーを外すようにしているのだけれど、買った全てのマンガ、いちいちそんなことしないものな。これもふと思いついてめくったらあったし。
 気がつかずに見逃してる表紙ウラ漫画、まだまだあるかもしれない。

 それはそれとして、相変わらず性格の悪いキャラばかり出すマンガを描き続けている新井さんだけれど、4コマよりこっちの続きものマンガのほうが合ってるとは思う。
 しかし一歩間違えればエロになりそうなギリギリの線で成り立ってるよなこのマンガ。まあ、謎の幻獣(って馬のぬいぐるみじゃん)「まくまく」がどこから来たかなんてのは実はギャグマンガなんだからど−でもよかったりする。ともかく主役の皐月がどれくらいまくまくに振り回されるかを見るのが眼目なんだから、もっと舞台を町内だけに留めずに広げていったら面白くなるんじゃないかな。
 

 CSファミリー劇場『火曜日の女・ある恋人たち』第1回。
 なんつ−か、こーゆー昼メロっぽいの、そうそう見ないんだけどね。
 ふとタイトル字幕見たら、原作がノエル・カレフじゃないの。『名も知れぬ牛の血』なんて、読んだこともない。
 どうやらこの『火曜日の女』シリーズ、知る人ぞ知るミステリーシリーズだったらしい。アンドリュー・ガーブ、ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)、ビル・S・バリンジャー、シャーロット・アームストロングという海外作家(しかしアイリッシュを除けばマイナーどころばかりだ。原作権料が安いからかな)、松本清張、夏樹静子、笹沢左保、小峰元、横溝正史などの日本作家の原作を脚色したものと、オリジナル作品とで構成、ほぼ5年に渡って、今で言う「ミニシリーズ」を製作している。
 しかも、オリジナルの脚本家たちも、現在の目で見ると驚くようなラインナップである。
 生田直親、松木ひろし、石松愛弘、佐藤純弥、松田寛夫、小山内美江子、菊島隆三、池田一朗(隆慶一郎)、鎌田敏夫、市川森一、山田正弘、佐々木守、津田幸夫、降旗康男、澤井信一郎、倉本 聰、中島丈博、松田寛夫、池田一朗、桂 千穂。
 なんちゅーゼイタクなシリーズ。当時もう少しトシ行ってたら絶対ハマってたよなあ。

 しかし放映されてたのが昭和46年じゃ、さすがに私もまだ子供で、大人向けのミステリー番組を見るにはムリがある。このころはせいぜい乱歩の少年探偵団シリーズくらいしか知らなかったし、横溝正史に出会うのは翌年だ。多分、クリスティーだって読んじゃいない。NHKの『明智小五郎事務所』も、何回かは見ていたが、ちょっとオトナのムードについていけなかった。
 それがいきなリノエル・カレフに惹かれるわきゃない。
 主演の大空真弓の息子役が竹尾智晴なんだが、これってバイキンマンの中尾隆聖だよな。この手の番組って、結構、昔の声優出演度が高いんで、なんかそっち方面で見てしまう自分がちと情けない。
 なんか大空真弓の息子が事故にあって、それから家庭に不協和音が……って感じの出だしだけど、第1回だけじゃまだ先が見えないので、筋の感想は全話見てから書こう。


 『ファミリー探検隊』 金子修介。
 ああ、しまった、もうパート3だ。前2回、金子さんが何を話してたか、聞き損なっちゃったなあ。
 もうあちこちのメディアで語ってるとおり、「今回は悪役としてのゴジラをキチッと書こうと」とか「前々から新山千春を狙っていた(主演女優としてね)」とか、なかなか挑戦的な喋りを披露してくれてるが、肝心の特撮映像の紹介が少ない。
 特に今回、「あまり見どころを見せすぎても」って判断なのか、それとももう「ゴジラの取材なんて」という反応なのか、メディアへの露出が少ない気がするんだがどうだろうか。イメージが固定化してる作品をヒットさせるには、「以前とどれだけ違うか」ってことをガンガン宣伝していかないといけないと思うんだけど、その辺、東宝はよくわかってないんじゃないか。


 『劇画ゴルゴ13』第7話「キャサワリー」。
 これは、実写の高倉健版でも千葉真一版でもなく、ましてやただ角ばっただけのヘリコプターが飛んでた自称CGアニメとやらのヘタレ作品でもない。
 劇画の原画にコンピューター処理を施して、セリフや効果音などの文字部分を消して背景を書き足し、さらにコマを彩色した上で、テレビ用に撮影したっていう珍品なのだ。
 まあ、大島渚の『忍者武芸帳』に近い作りだね。アニメにするより安上がりって発想で作ったのがミエミエだ。
 でもゴルゴの声が小川真司ってのは外れすぎてないか。
 平田博士だぞ幻夜だぞプロフェッサーギルだぞ(実写のチョイ役、数知れず)。あまり骨太な役は似合わないよ。
 「キャサワリー」とは、ヒクイドリのことで、ゴルゴの命を狙う女殺し屋の仇名。ああ、そう言えばこんな話も原作にあったなあ、と思い出す。死んだお袋が『ゴルゴ』好きだったんで、多分百巻くらいまでは原作読んでたのよ。
 原作でも比較的、早い時期の作品なんで、もう絵が荒い荒い。脚本も今見るとチャチで「ゴルゴでなくてもキャサワリーがレズだってこと、誰でも見ぬけるぞ」って気になってしまう。
 どうせこういう形で映像化するなら、もっと絵が安定したころの作品を選んだほうがよくはなかったかなあ。


 CS見続けるうちに気がついたら深夜。『秘密戦隊ゴレンジャー』で、一つ目仮面が「交通ルールを守らない虫は?」とか「目で見ないで舌で見るものは?」とかしょーもないクイズばかり出してるのを見ながら寝る。
 ギャグがつまらないほど、脱力感がドッと得られて睡眠には役立つのだな(^o^)。

2000年12月04日(月) 仕事休んでマンガ三昧(^_^;)/映画『戦場のメリークリスマス』ほか


2001年12月03日(月) 平和だねえ。/『蒼い時』『華々しき鼻血』(エドワード・ゴーリー)ほか

 昔、立川談志が高座でマクラに振ってた話。
 暗い事件が多いって言ってるけどよ、世の中明るいから暗い事件がニュースになるんで、明るい出来事がニュースになってたら世の中暗いってことなんだよ」
 ……ここ数日、明るいニュースばかり報道してますねえ。

 小泉純一郎首相まで、「女性天皇を否定する人は少ないと思う」と発言するに至ったが、だから「少ない」のに、これまで皇室典範が全く改訂されなかったのはなぜなのか、みんな触れようとしないのはどうしてなのかねえ。
 だからいるわけでしょ、例え少なくっても強硬に「男性天皇」に拘る人たちがさ。しかもそいつらは一切、メディアに姿を現そうとしてないんだぜ。
 報道がそこを突っ込もうとしないのはどうしてなんだよ、靖国の時にはああまで騒いだのに。

 その小泉内閣の支持が、一時期70%台まで落ちていたのが、再び80%まで回復したそうな。
 理由は「道路交通公団や特殊法人改革が進んでいるから」ということだそうだけれど、進んでるかあ? これもメディアで散々「イメージ先行」と批判されてるのに、支持率はなんだかんだ言って安定している。ネットなんか見てても、「小泉首相を支持しない」という意見、結構多いのに(っつーか、批判意見しか見ないぞ)、どうして支持率が下がらないか。
 結局さあ、「小泉さんもアテにならねえよな」とか日ごろ言ってるやつだって、「支持しますかしませんか?」と聞かれたら、「いや、しないってわけじゃないよ」と腰が引けて、イエスの側に回ってんだろう。私も「支持するか?」と言う聞き方だされたら、「どっちでもない」とは答えにくいし。「実績」はなくても、「期待」を込めて「支持する」と言っちゃいそうなんだよねえ。
 結果として、「支持する」人が圧倒的に多い、という実態のない数字だけが先走ることになる。なってんじゃないかな。
 アンケートとか出口調査とか、こういうのが基本的に「情報操作」の手段なんだってことはニュースを見る時の常識として知ってなきゃいけないのだ。ホントはね。

 実際、マスコミはどこの国でも情報操作をするものなんだが、ちょっと疑問なのは日本の場合この「常識」が当てはまるのかどうかってことだ。
 つまりね、この質問のし方、あえて小泉支持の高さを数値化してみせて、国民の政治意識の低さを反作用的に批判する手段かなあなんて考えることもできるんだけどね、さて、どうでしょう、そこまでのアタマが今の日本のマスコミにあると思いますか(^^)。
 つまり、「情報操作の手段」だけが横行しているけれど、その「目的」が全く意識されてないんじゃないか、その「手段」にマスコミ自体が振りまわされてないかって言いたいわけ。小泉支持はどこまでホンモノか、それを突っ込んで取材したニュースを私はほとんど知らない。

 イメージ先行というもの、バカにしていいものではない。
 小泉さんを一所懸命ヒトラーになぞらえようとした党があったが、「悪」であれなんであれ、印象付けることが出来れば、それを「善」のイメージに転換することだって可能なのである。
 もちろんそのためには情報捜査のエキスパートが背後にいることが必要なのだが、小泉首相の離婚歴もまるでマイナスに響いていないことを考えると、なかなかのヤリ手が首相の後ろにいるんじゃないかな。
 今年の「流行語大賞」の授賞式に小泉さん、わざわざ出席したが、これなんか綱渡りのパフォーマンスである。
 「この問題が山積の時期に何やってんだ」という批判だって受けかねないのだが、見事に「決意表明の場」にしちゃうんだもんなあ。「聖域なき改革」って、実際上、日本が「聖域だらけ」だってことを証明して見せただけなんだがね、今のところは。

 その流行語大賞、「生物兵器」なんて私にとっては別に流行語でもなんでもない耳慣れた言葉まで受賞している。もっとも、そう感じるのはアニメファン、特撮ファン、軍事オタク、そういう連中かな(^_^;)。
 つまり一般的には全然知らない言葉だったってことなのか。
 ……世間って、そんなに無知? 
 「同時多発テロ」というコトバ自体がノミネートされなかったのも理解に苦しむなあ。こっちのほうがよっぽど人口に膾炙したんじゃないかと思うんだけど、流行語大賞には、やっぱり希望あふるるものを選ばなきゃってことなのかねえ。……だから、暗いニュースが流行ってるほうが世間は平和だってことで(冒頭に続く)。


 夜、友人のこうたろうくんから電話。
 しばらく日記の更新も遅れてるし、たまに書きこんだ内容が「病気だ発作だ」と縁起でもないことなんで、心配してくれたものらしい。
 のわりに「イヤ、たまには声聞きたくてさ」とかこちらに気遣わせまいとするココロ遣いをしてくれるのがなんとも嬉しい。
 しばらくメールも送ってなかったので、近況や、劇団のことなんかを延々と喋る。
 「やっぱりパソコン者の仲間を増やしたいよなあ」とか話すんだけど、劇団の連中、ほんとにビンボー人ばかりなのだ。
 もっと働けよ……(+_+)。
 気がついたら結構な時間を話していた。遠方からなのに、相当電話代使わしちゃったようだ。オタクは話し出すとトマラネエからなあ(^_^;)。いや、申し訳ない。


 マンガ、和田慎二『ピグマリオ』6巻(メディアファクトリー・819円)。
 いいなあ、天才彫刻師バッコス。
 「精霊の像を彫るなら精霊を見に行かなくちゃ」と、人間の身でありながら天界に行こうと考える。
 虹の端っこをつくり雲を積み上げて天界に登る。
 オリエの姿を見て、ガラティアの像を彫り上げる。
 「天才バッコスに不可能はなーい!」
 実は『ピグマリオ』の世界観から行くと、ただの人間にこういう能力があるのは設定的に矛盾なんだけど、なんかこういう飄々とした浮世離れしたキャラ、好きなんだよね。
 オリエもクルトと一緒に旅するようになって、これでようやく折り返しの6巻、けれど和田さんの構想は現行の十倍はあったそうなのである。するってえと、メディアファクトリー版でも120巻、元の白泉社版27巻は構想通りなら270巻。……マジでライフワークになるじゃん(^_^;)。
 ファンタジー系の作品書こうとするとどうしてみんなそんな大言壮語吐くようになるかね、栗○薫みたいに。


 エドワード・ゴーリー/柴田元幸訳『蒼い時/L'Heure bleue』(河出書房新社・1050円)。
 山口百惠引退作……ってこのネタも若い人にはもう分らん(^_^;)。
 ああ、でも毎回、巻末の柴田元幸さんの詳細な解説は非常にありがたい。
 アメリカ人であるゴーリーの絵本のタイトルがどうしてフランス語なのかっていうのは、英語圏の慣用句で、「黄昏どき」を表すそうである。
 日本人だって、カッコつけてトワイライトなんて言ったりするから、そんな感じなんだろうな。して見ると山口百恵、結婚前に既に人生の黄昏を感じていたか?(いや、アレはまだ若い時って意味だろうけど)
 確かにこの絵本、全編“青”で統一されている。
 カバーを取ると、装丁も真っ青だ。
 “T”というセーターを着た2匹の犬(獏?)の黄昏どきの会話をただただ綴ったもの。解説によれば旅嫌いのゴーリーが唯一遠出したというスコットランド旅行での思い出を綴ったもの、ということだが、ゴーリー氏、黄昏どき以外はずっと寝てたんだろうか。
 ゴーリーの絵本は本文を全編紹介することにしてるので(そうしても実物の絵を見ないとその魅力は解らない)、ちょっとお付き合い願いたい。番号を付したのは私だが、それは本作がストーリーに連続性のない惹句集形式だからである。

 1、あいしあお 。(←「あ」の字は半分欠けています。「お」の後には多分「う」が入るるはずなのでしょう)
 2、生きることじゃなくて、生きてもらうことが大事なんだ。
   そのひとこと、ほかのいくつかと一緒に 書き留めておかなくちゃ。
 3、週に一日僕は___しない。でもそれが何曜かは誰にも言わない。
   先週は木曜だったろ?
 4、ワインはすごく早くあったまる気がするね。
   君の考えてることが重要なのか 僕にはわかったためしがない。
 5、___たちにはかなわないねえ。
   こっちがあそこに住めばの話さ。
 6、僕は絶対 他人の前で君を侮辱しない。
   君の言うことはすべてつながってるってこと 僕はつい忘れてしまう。
 7、パセリのサンドイッチが食べたいな。
   僕の知るかぎり 今はその季節じゃないね。
 8、人生のすべてが メタファーとして解釈できるわけじゃないぜ。
   それはいろんな物が 途中で脱落するからさ。
 9、僕がいつも言っているとおりね。
   わかってるさ、ただ君がそう言うのを本当に聞いたことは一度もないと思うけど。
 10、カンパンヨー−イス ノ リョーキン ワ トクベツ ニ イクラ デス カ?
   キブン ガ ワルイ。(←これ、原文も日本語です。でもこれが一番意味不明。どうやら「船酔いしたので甲板で一休みしたい」ってことらしいけど、ニューハンプシャーで船に乗ることあるのかいな)
 11、それって沈没よりひどい運命じゃないかな。
   でもこれ以外のなんてないぜ。
 12、______って作家なんだね。
   紹介してあげられるかどうか ちょっとわからないなあ。
 13、あっちの方で 僕らには思いもよらないことが起きている。
   ひょっとして 何か未知の 恐ろしい状況のせいかも
 14、違うふうになると思ってたのに。
   <まったく同じに/とにかく違うふうに>なったじゃないか。
 15、Foodとは?
   ニューハンプシャーにある小さな町。

 ううん、正直な話、柴田さんの解説は面白いんだけど、肝心の訳が原文のニュアンスを伝えきれてないな。
 2なんか、「生きてることより、生きてくことのほうが大切さ」とした方がずっといいし、そのことへの返事も「覚えとくよ。もっとも覚えとかなきゃならないことはほかにもゴマンとあるけどな」としないと、マジメ腐った意見をからかって揶揄してる様子が伝わらない。
 4も、ごく普通の感覚の持ち主なら、「ワインって、すぐぬるくなるよな」「何をどーでもいーこと考えてんだよ」って訳すぞ。冷えたワインの温度が、常温中に放置しといたら高くなることを「あったまる」とは言わん。
 最悪なのは6。これは「僕は絶対、君を人前でバカにしたりなんかしないさ」「君が何を言おうがいちいち覚えちゃいないよ」としないと、ホントにワケ判らんじゃないか。原文は“I keep forgetting that everything you say is connected”。直訳すれば、「君の言うことの一つ一つがどうつながっているのか、僕には記憶しきれない」ってとこか。実際、哲学っぽいこと言ってる人って、やたら喋くりまくるけれど、頭が混乱してるだけってことも多いしねえ。
 訳者の柴田さん、米文学者の研究者ということだけれど、研究しすぎて肝心の言語感覚がなくなってきてないか。訳を読んでみて意味不明に見えるのは、原文のせいじゃなくて訳の下手さのせいじゃないのかな。

 もちろん、原文そのものにしかけられてる韜晦もある。
 15では「Food」ってのはニューハンプシャーにある町のことだと言ってるけれど、そんな名前の町はないそうだ。けれどこれも、やたらコムズカシイことを言いたがる相棒に対する「もうあんたには付いてけまへんわ」っていうナゲヤリ発言だと思えば、全然難しくない。
 文学者とかいうアカデミズムに毒された人たちが勘違いしてることは、「哲学」ってのがやたら御大層なもんだと思いこんでる点にある。西欧じゃよう、「テツガク」なんてよう、別にお偉いさんの机上の空論じゃなくて、そのへんのオッチャンオバチャンだって日常フツーに感じたり考えたりしてることなんだよ。
 フォレスト・ガンプ曰く、「人生はチョコレートの箱みたいなもんだ。何が出て来るか分らない」。誰もが思いつく比喩こそが普遍的なんだよ。
 と言うわけで、訳者が一番「むずかしい」という8の訳の「正解」をご紹介。
 「人生を何かに例えるのってムズカシイね」
 「考えてるうちにワケわかんなくなるからだろ」
 だからこの本、「ものごとを難しく考えるなよ」って本なんだよ。訳者にこそ、このコトバの意味をちゃんと考えてほしいもんだね。

 今度からゴーリーの本紹介する時には、自分で訳した分を紹介した方がいいかなあ。でもそうすると今度は誤訳がボロボロ出るに決まってるのだ(^_^;)。
 

 もう一冊、ゴーリー本。
 同時発売の『華々しき鼻血/The glorious Nosebleed』(河出書房新社・1050円)。
 「鼻血」本だけに、今度は装丁も全部赤。青本と赤本の同時発売なんて、凝ってるなあ(^。^)。
 表紙に、岩場で鼻血出して卒倒してる男と、そいつを無視して彼方を見つめる二人の男の絵が描かれている。
 で、裏表紙には、その鼻血の跡を匂う犬の絵。
 実は表題の「鼻血」、この二ページにしか出て来ない。どんなに個人的に大層なデキゴトでも、所詮は犬が舐める程度のことでしかないってことを言いたいのかな(^^)。
 本文はゴーリーお得意のアルファベットもの。残念ながらこればっかりは日本語で「あいうえお」に置きかえることは不可能。というわけで、本文紹介はもとのABCの単語も併記します。

 A Aimlessly    あてどなく こだちを さまよう。
B Balefully    まがまがしく こ(子)らにらむ いきもの。
C Clumsily    ぞんざいに きょう(供)された プディング。
D Distractedly  きもそぞろに ホイスト。
E Endlessly    とめどなく あみたる マフラー。
F Fruitlessly   いたずらに ちかしつ さがす。
G Giddily     くらくらと すなちで おどる。
H Hopelessly   やるせなく みつめる まどのそと。
I Inadvertently  うかつにも さんばしから おちる。 
J Jadedly     ものうげに もてあそぶ ビーズ。
K Killingly    ばっちりと きめた さんにんむすめ。
L Lewdly     わいせつに わがみ をさらす。
M Maniacally   らんしん ひろまを かけぬける。
N Numbly     ぼうぜんじしつ きしゃのなか。
O Ominously    ふきつに よびりん なりひびく。
P Presumably   さっするに トランクの なか。
Q Quickly     てばやく てばなす。
R Repressively  ねちねちと よくあつてきに こごと。
S Slyly      ひみつり(秘密裏)に かけら ほうむる。
T Tearfully なきぬれて へやを とびだす。
U Unconvincingly しらじらしく しゃくめい こころみる。
V Vapourously   おぼろげに おくじょうに うかぶ。
W Wilfully    こい(故意)に くるま ぶつける。
X eXcruciatingly たえがたく うたわれた うた。
Y Yearningly   せつなげに みおくる さりゆくひとを。
Z Zealously    むがむちゅう なにもかも かきとめる。

 わはは。知らない副詞がいっぱいだ。
 多分、英語圏でもそうそう使わないような副詞も集めてるんだろうな。
 絵がないとなんのことを説明してるのかわからんと言われる方もあろうが、一つ一つの短文自体、相互にまったく脈絡がないので、例えばAさんがどうして木立ちをさ迷ってるのかは全然分らないのである。
 町中で、道端で、私たちは誰かとすれ違い、ほんの一瞬だけ見知らぬ人と時間と空間を共有することがある。
 それは例えばほんの断片的な会話を聞いたりすることであったり、ちょっとした喜劇的、あるいは悲劇的情景に出くわしたりすることでもある。
 喫茶店で、恋人同士の別れ話の現場に、偶然、立ち会った時の至福感を味わった方はおられようか。ここに紹介されている情景は、ちょっと普段出会うことのない、そういう人生の断片集なのだ。
 そしてそれを描きとめているのが、“Z”のエドワード・ゴーリー自身というわけ。

 訳文については『蒼い時』同様、「もちっとこなれた訳はできんのか」と言いたくなるが、全部はとても触れきれない。
 「ぞんざいにきょうされたプディング」なんて日本語じゃねーって(^_^;)。プリンをプディングって発音するやつも私は嫌いだが(^^)、絵はウェイトレスが客に出したプリンがひっくり返ってるところなんだから、「乱暴に出されたプリン」とかでいいんじゃないか。何を気取って「供された」なんてコトバ使わなきゃならんのか(原語は“served”だから間違いじゃないが、こういうところにこそ訳者のセンスが表れるのだ)。

 でも、本作がゴーリーの代表作の一つだってことは間違いないところだろう。
 ゴーリーの絵本は決して子供向けのものではない。
 子供に自らの陰部を晒して見せるヘンタイ男を描いた“L”など、うっかり子供に見せてしまって、「ねえ、このおじちゃん何してるの?」なんて聞かれちゃったら、親は返答に窮してしまうだろう。
 ……それを狙ってたりしてな、エドワード・ゴーリー(^o^)。
 ABCの名前を持つ子供たちが次々に死んでいく『ギャシュリークラムのちびっ子たち』同様、ABC物にはゴーリー氏、思いっきり乗っちゃうようである。

2000年12月03日(日) この日記も歴史の証言/映画『エクソシスト2』ほか


2001年12月02日(日) ナンビョーY子さんのHP/『新世紀エヴァンゲリオン』7巻(貞本義行)ほか

 ナンビョーY子のリカバリ室
 http://homepage2.nifty.com/nambyo-yko/

 なんだかいきなりのURLで驚かれたでしょうが、これは本日付けでめでたく開設いたしました、ナンビョーY子さんのHPであります。

 え? ナンビョーさんを知らない? 嗚呼。それは大変残念。
 では、ソルボンヌK子さんの『男前。』はご存知でしょう。
 なに? それも知らない? 嗟乎。それは大変無念。
 ならば、唐沢俊一氏の一行知識ホームページもご存知ないか。
 ご存知ない。噫呼。それはもう、なんというかとてつもなく怒り心頭というか怒髪天を突くというか、おいコラその素っ首前に出しやがれこのダンビラでぶった切って犬の首とすげ替えてやらあと言うか。

 まあなんだか坂口安吾と筒井康隆を混ぜたような下手な趣向でご挨拶いたしましたが、掲示板でも紹介ずみですが、先日から私が懇意にさせていただいているナンビョーY子さんのHPが立ち上がりました。

 ナンビョーY子さんは、「悪性褐色細胞腫」という悪性疾患と闘病中です。全国でも数例しかないという珍しい病気ですが、5年以内の生存率が0%といわれるほどの難病なのですが、持ち前の元気で、発症してからも5年以上、頑張っていらっしゃいます。
 ふとしたことがきっかけで、Y子さんからメールを頂き、お話をうかがう機会に巡りあいました。唐沢俊一さんの一行知識ホームページ内にある、ソルボンヌK子さんの日記、『男前。』で楽しいメールのやりとりをされていたのがY子さんです。
 私はシメっぽい話が好きではありません。
 病気やケガを自慢すると、「不謹慎だ」とか、「同情を買おうと思ってるんじゃ内か」とか言われることもありますが、そうではありません。
 「病気」はその人のアイデンティティなのです。
 なにをムチャ言いよるんや、とお怒りの方もいらっしゃるかもしれませんが、例えばこう考えてみてください。
 先天的にある種の病気を抱えて生まれて来た人がいたとします。ならばその人は、そういうカラダに生んだ両親を恨みながら育つものでしょうか。必ずしもそんな人ばかりではないと思います。他人を「健常者」と呼び、自らを「障害者」と認識する。予めオノレとタニンとを差別化してみるから、ウラミや憎しみ、嫉妬の心が起きる。
 そんなふうに考えなくても、人は自らの病気を友としてつきあっていくことが出来ます。横溝正史などは、70を過ぎて持病の結核が治ってしまった時、親友と別れるほどの寂しさを味わったと言います。
 私たち病人がなにかをしようとして突然襲ってくる発作、怪我や病気の苦しみ、痛み、それはまるで病気を見捨てて行こうとするのを引きとめるビョーキちゃんのジェラシーのようです。
 だから私たちは病気自慢をするのです。

 私の妻のしげは、私が抱えている病気や、過去にあったケガの話をすると、「いいなあ」と言います。「カッコイイ」とも言います。「そんな経験、したことないもの」と。
 実際、その病気と戦ってきた、乗り越えようとしてきた、それが私たちの心を形成し、成長させていったことは間違いないことなのです。病気なくして今の自分はありえない。そう認識した時、果たして人は「病気自慢」しないでいられるものでしょうか。

 Y子さんのからだは、手術5回を経てもなお、肺に4個の腫瘍がのこっています。けれど、Y子さんはHPを立ち上げたのです。
 「インターネットを通して、難病と闘っておられる方と共に 励ましあったり、あるいはバリバリの健康体の方達の元気を たくさんいただけたらという想いを込めて立ち上げたHPです」
 Y子さんの巻頭言です。
 Y子さんのエッセイや、ソルボンヌK子さんとのやり取りの記録、Y子さん以外にもここに集まった人たちの楽しい「闘病記」、コンテンツは盛り沢山です。ぜひともみなさん、お立ちより下さい。

 ホントは相互リンクしていただける手筈になってたんですが、リンクの張り方が分らない……(^_^;)。
 パソコン操作は全てしげの指示を仰いでいる(っつーか、私はマジでデクノボー)ので、しげと一緒にいるまとまった時間がないと、どうにもなんないの。……ううう(T∇T) 。


 夕べアソビ過ぎたのだろう、今朝も寝過ごして、『パワーパフガールズ』には間にあわず。来週こそは7時から『パワパフ』見るぞ。
 芝居の練習に出かけようとするしげに、「帰りはいつになる?」と聞いたら、公演が近づいてきているので、今日から練習は6時半までになるとか。
 それじゃ、日曜に映画に行くのはほぼ不可能じゃないの。ホントになかなか一緒になれないなあ。行き帰りの送り迎えがなかったら、一日に会う時間がマジでなくなっちゃうよなあ。
 いや、別にいつもいつも一緒にいたいわけじゃないんだが、一緒にいないとしげの機嫌がどんどん悪くなるのだ。ストレスを自分でうまく発散できるやつならいいんだけどねえ。セルフコントロールのできないやつだから、結局、私がお守りせねばならない。
 ……こんなこと書くと決まって、しげは「一緒にいるのイヤなんだ」と拗ねるんだよな。ちゃんと「いつもいつも」って注つけてるのに。どうもこういう無意味なジェラシーごっこをして楽しむ悪いクセがしげにはあるのである。……それって、人前でイチャツクのと同じくらい恥ずかしいことなんだって自覚を持てよ、頼むからさあ(ーー;)。
 

 『ガオレンジャー』はなんかクリスマスネタ。ちょっと気が早いな。雰囲気がアダルトになったとか聞いてたんで久しぶりに見てみたけど、別にいつもの戦隊もの。私が見る回ばかりハズレにあたってるのか?

 『仮面ライダーアギト』第43話。
 津上翔一の本名は沢木哲也だった、……と分ったものの、美杉家では相変わらず「翔一」扱いされるムリヤリギャグ。何度も書いてるが、コメディリリーフとしてはこの美杉家の人々と翔一のやりとりなんかも、氷川と翔一のかけあい漫才同様、ストーリーの邪魔にしかなってないんだよなあ。
 そろそろ真魚をちゃんとヒロインとして立たせて、どうやら秘密の一端を握ってるらしい美杉教授を悪役に仕立ててほしいんだけどなあ。もう後10話ないぞ。
 既に次の『ライダー』の情報もいろいろ飛びかってるし、ファンの気持ちは次作に移りかけてるのだ。ここでキチンと盛り上げないと、せっかく新世紀を迎えて石森ブームがおきかけてる(と私は勝手に思ってるが)流れが途絶えちゃわないか。

 『コメットさん☆』第36回「みんなの王子さま」。
 ああ、切ない顔のメテオさんがいっぱいだあ。
 今回は世界で活躍中の有名デザイナー、アイコ・キミハラはイマシュンこと今川瞬の母親だった! というスキャンダルネタ。
 イマシュンこそがタンバリン星国の王子様か? と思っていたメテオさんの落ちこみぶりが激しく、あえてコメットさんとイマシュンをくっつけちゃおうというヤケな行動まで取らせてしまう。
 こういう魔法ものの常として、ライバル魔女は絶対に幸せにならないから(^_^;)、メテオさんのヤケっぷりも分らなくはないんだが、「スピカおばさまが地球人と結婚した」という設定が、案外「メテオさんとイマシュンがいずれくっつく」という結末の伏線になってると思う。もしそうなら、このアニメ、ライバル魔女が幸せになる初のアニメになるかも。
 ……はい、相変わらずメテオさんに入れこんでおります(^^*)。


 『サンデープロジェクト』で、田原総一朗が新宮様の後継問題について熱弁を振るっている。
 「皇統が直系の男子のみっていうのは軍国主義の名残でしょ?」
 こういうことをハッキリ言えるのは、なんだかんだ言ったって実際に田原さんくらいのもんなんだからね。
 菅直人、田原さんに詰め寄られても「私は女性天皇でいいんですがこれは慎重に決めないと」なんてノラリクラリ。だからだれも女性天皇に反対してるやつがいないのに、どうして「慎重に」なんて言うのだ。結局この日本の中心を担ってるのが右翼だってことを証明してんじゃないか。
 気分が落ち込んできたので夕方まで寝る。
 ああ、日記の更新が進まねえ。


 で、起きたらもう6時過ぎ。
 ああ、なんとか『009』録画出来た。
 アニメ、『サイボーグ009』第8話『トモダチ』。
 うわあ、なまじ完成度がムチャクチャ高いだけに、先週も感じた不満がフツフツと湧き上がってくるぞ。
 今回、ドラマの合間に挿入されるギャグもなかなかいい。
 実は私は、ギャグ担当になっている006や007はちょっとワザトラしすぎていまいち好きではなく、かえって日頃ギャグをやらない002とか008が崩れたりするのが楽しかったりするのである。
 いや、「ドルフィン号」の名付け親が003というのは至極納得。さすがセンスがおばあちゃん(←誉めてんだよ)。
 それを聞いた002が「ドルフィンごう〜!?」と驚愕するシーンがもう大笑い。そりゃ、ウェストサイドのヤンキーが納得するネーミングじゃないよなあ。「だからドルフィン号はヤメロ!」と名前が連呼されるたびに悲鳴を上げるのがいかにも002らしくっていい。キャラクターが生きてるよなあ。
 そしてブラックゴーストの幹部たちも今回一斉の登場。原作のプロローグで登場した死の商人たち、アニメでは009誕生のエピソードを先に持ってきてたので今までカットされてたんだけど、この0013のエピソードに挿入するというのは実にうまい演出だ。
 スカールがマンガチックなのはやっぱりちょっとどうかなとは思うけれど。ドクロのマスクもアレだけどさ、マントは翻すし、透明ロボットが姿が見えちゃった時の「なにぃぃぃぃぃ!」って絶叫はなんなんだよ。だから若本さん、濃すぎなんだってば(^_^;)。だいたい、あんな胡散クサイやつ信用していいのか、一応ウラの世界でのトップなんだろう、死の商人さんたちよう。
 しかしやはり不満は随所にある。
 作画が間に合わなかったらしくて、アテレコがズレてるところが目立つのもそうだけれど、0013との対決、前の0010との対決と比べると、加速装置のシーンのエフェクトのかけ方が甘くなっている。多分、残像一つ一つに「ブレ」をかける時間的余裕がなかったのだ。
 そして何より、やっぱり0013は唖のままにしとかなきゃ。口が利けないからこそ、必死で地面に指で「トモダチ」となぞる。これが泣けるんだからさあ。断言してもいいが、0013を唖にしたからって、どこぞの団体から苦情が来たりはしないよ。もしあったとしたら、そっちのほうがよっぽど差別者だ。
 ムリかもしれないけど、DVDが発売される時には、作画のリテイクだけじゃなくて、設定も原作通りに戻してほしいよなあ。
 さあて、いよいよ来週からは原作の「放浪編」に入るみたいだけれど、単発エピソードで綴るのか、それとも一気にベトナム編に行くのか、それともそれすら飛ばしてミュートス・サイボーグ編に行くのか。1クールだとそこまでが限界なんだよなあ。となると「地下帝国ヨミ編」まで行くためにはどうしたって2クールはいるぞ。
 みんな、海産物一家物語なんか見てないで、どんなに作画がヘタレても、ちゃんと009を見よう!


 『ワンピース』の感想は字数がオーバーするので簡単に。
 チョッパーの旅立ちだけで今週と来週の2週に分けるのはちょっと引き伸ばしすぎじゃないかなあ。
 ヒルルク名言集も三週続けてとなるとちょっとくど過ぎ。感動は押しつけ過ぎると覚めるよ。


 マンガ、立花晶『デジタルまんが生活』(白泉社・890円)。
 並み居る周囲のマック者の勧誘と脅迫に負けず、ウィンドウズマシンを駆ってデジタルコミックとホームページの作成にいそしむ過程を面白おかしく綴るコミックエッセイ。
 『サディスティック19』の作者らしく、ふつーの実録マンガのようでいながら血を吐くわゴルゴるわ、いや〜楽しい楽しい♪
 未だにホームページを立ち上げられない私にとって福音の書となるかと丹念に読みこむ。……結論。ホームページはムチカシイ……(+。+)。

 ホームページの参考書にも使えるやつと使えないやつとがあるんだね。しかしホントに「カウンターを付けるのは人気や技術を人に知らしめたいため」なんて批判的に書いてる本があるのか? 感謝の気持ちってのだってあるだろうになあ。
 オタクアミーゴスのお三方でも、カウンターの付け方が三者三様なのが面白いのだ。唐沢さんがカウンターを付けてないのは恐らくムチャクチャアクセスが多いだろうから数なんて問題にしてないからだろうし、岡田さんの「メール数でのカウント」ってのも「通りすがりの人でなく真摯なファンの人の数を」って気持ちからだろう。眠田さんは普通のカウンターだけれど、「来てくださった方はみんな歓迎」ってのがホームページの管理者としては当たり前の感覚だろう。

 タイピングソフト体験レポートの回、私は特にタッチタイピングに魅力は感じてないんだが、どうして『ゴルゴ13』に「手乗りキリン」とか「海水ブラジャー」とか意味不明な文章が出てくるのか、わけがわからんところが面白くて、つい買いたいなあなんて気分になってしまった(^o^)。
 ターゲットを狙ってる最中に「キッコウしばりのエキスパートの試験てあるのかな」なんて考えてんじゃねーよ、デューク東郷。

 巻末の野間美由紀、山田南平、水樹和佳子、杉崎ゆきる、早坂静、田村由美のパソコンライフを見るにつけ、ここまで技術が上達する日が私にも来ることがあるのかとしばし落胆。ブツブツブツ……。


 マンガ、GAINAX原作・貞本義行漫画『新世紀エヴァンゲリオン』7巻(角川書店・567円)。
 買ったあとで気がついたんだけど、14日に限定版でフィギュア付きコミックスが出るのな。
 しまった。そっちで買っときゃよかった。
 ……誰か、300円でいいから、このコミックス、引き取らない?(^_^;)

 貞本版エヴァをお好みの人もいるんだろうなとは思うのだけれど、どうもアニメが先にあってからのコミカライズってのは、漫画家にとっては分が悪いように思う。せめて同時平行ならばともかく、後追いはそれなりの工夫をせねば、「なんだアニメと同じじゃん」と軽くあしらわれてしまう。
 かと言って下手に設定を弄くると、「アニメと違う!」と叩かれるハメになるのだ。
 博多弁で言えば「やおいかん」(=どうにもならない)のよ。
 今巻、アニメにはなかった加持の過去が語られる。彼はやはりセカンド・インパクトで孤児となっていたのだ。でもねえ、それを語ってるのが、あの最強の使徒が襲撃してくるときなんだよ。アニメでは加持が戦闘を背景にスイカに水を撒いてるあたりだ。
 アレは、シンジが「偶然、加持に出会って」、「目の前に危急存亡のときが迫っているというのに、それでもスイカに水をやっている」というシチュエーションだったからよかったのだ。もう一度エヴァに乗らなければならない。しかも早く。そういうシンジの決意を引き出すのに充分な緊迫感が生まれていた。
 けれど漫画じゃ加持がシンジを地下室に連れていくのな。場所を移動させたことで緊迫感のあったリズムが崩れた。「そんな悠長なことしてるばあいかっ!」てなもんだ。
 加持の過去を語らせるなら、もうちょっと、時と場所を考えるべきじゃなかったかなあ(見開きカラーページの加持の仲間たちのイラストはステキだったんだけどねえ)。
 このアレンジは明らかに失敗だと思うけれど、面白い演出もある。
 初号機がダミープラグを拒絶して、無数のスクリーンにシンジの顔が映し出されるシーン。演出的には劇場版『機動警察パトレイバー』第一作での「babel」の文字が無数に映し出されるシーンとほぼ同趣向なんだけれど、「エヴァにはエヴァの意志がある」と見せつける方法として考えるとこれはなかなかの妙手だ。
 テレビよりもずいぶん早い段階で、カヲルくんこと使徒タブリスも登場。
 カヲルくんも本当に罪な存在だったよなあ(^o^)。
 しかも今回、いきなリヌードでの登場だよ。次ページでシンジくんもヌードになってるから、何を考えての演出かはもうなんつーか、モロにアレだよね(^^*)。
 全国のヤオイ少女たちを狂喜させたのは、まあ、庵野さんのタクラミだからそれはそれでいいとして、結局、南極で見つかった「彼」を「アダム」って名づけたのは、ネルフの勝手なんだよなあ。
 要はただ、先史文明を築いた巨人を蘇生させたってだけのことじゃないのよ。少なくとも、従来のSFにはよくある手で(中身忘れてるけどホーガンの『巨人』シリーズがそんなんじゃなかったっけ)、あのときあんなに大騒ぎするほど目新しい設定でもなんでもなかったのだ。
 それより私が未だに気になってるのは、アダムの魂をサルベージして人間に移したのがカヲルくんだとするなら、あの入れ物としての肉体はいったい誰で、またなんでああいう美少年の肉体にしたのかね。……キールのシュミか?(^o^)

2000年12月02日(土) 『BLOOD』=『プロジェクトA子』?/アニメ『BLOOD THE LAST VAMPIRE』



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藤原敬之(ふじわら・けいし)