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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年11月19日(月) 「“ブラック”ユーモア」って言葉も差別表現だってさ/LD『道場寺・火宅』/『Q.E.D. 証明終了』11巻(加藤元浩)ほか

オタアミ当日まであと日! カウントダウン5!

 なんだかまたアクセス数が増えてるなあ、と思ったら、また勝手にリンクを貼られているのであった(^_^;)。なんかこういうパターン多いね、最近。
 もちろん、私は迷惑になんか全然感じちゃいない。読んで下さる方がいるだけで嬉しいんである。こないだは「貶した批評しかコピペされない」みたいなことを書いたのだが、今回は好きな本について書いたものが紹介されたので、正直言って嬉しい。欲を言えば、そうやって来てくれた人が掲示板に足跡残してくれないことかな。でもまあ、そういうのを強制的にお願いするのは私の好みではないので、それもまあ仕方ないかなと。
 でも、そのリンクしてくれた人のところから更に辿って、アメリカのエドワード・ゴーリーについて調べているサイトにも行けた。こういうのがネットの楽しみってもんだろう。そのサイトの紹介によれば、この人の絵本、今月また新刊が出るみたいである。こりゃ買いのがさないように気をつけとかんと♪
 ゴーリーについては、本国では何十冊も単行本が出ている人気作家だが、それでも一部の絵本は絶版状態、ましてや日本では未だに数冊の単行本しか出ていない(『ミステリマガジン』なんかには紹介されていたようである)。毒のある内容で、子供が読んだらトラウマになりそう、と以前も日記に書いたが、人間、トラウマの一つや二つあった方がいいよな。
 順調に新刊が出てるってことは売れちゃいるんだろうけど、あまり世間的な評判にはなっていないようである。こういうイイ本はメディアもどしどし紹介してほしいんだけどな。ブラックユーモアが受容されない社会ってのは、つまりは偽善が横行する社会なんだからさ。

 でも、その「ブラックユーモア」が日本的な土壌の中ではなかなか受け入れられがたかった理由も解らなくはないのである。常に共同体幻想に基づいて生活することを伝統としてきた日本のムラ社会にあっては、基本的な「シキタリ」は「偽善」をベースにせざるを得なかったからだ。いわゆる「和」の精神ってやつだね。ブラックユーモアがその「和」を解体する方向性を持つものである以上、世間知においては忌み嫌われるのも道理なんだよなあ。
 だからブラックなギャグを一つカマすにしろ、そこには手練手管が必要になる。あえて偽善の側に組するように見せかけて相手をひっくり返すなんてこともやらねばならんこともあるのだ。これってね、口で言うほど簡単なことではないのよ。
 私自身、この日記の記述は公開日記であることを考慮して、ずいぶん押さえて、毒を薄めて書いてるつもりなんだが、もしかしたら世間一般の通念ではまだまだ毒舌叩いてるように受けとられてるのかもしれない。以前、何人かの人から「キツイこと書いてる」って言われたことあるし。でも、だとしたらみなさん、よっぽど傷つかない人生を歩いてこられたのかなあ……って、これがキツいヒトコトになるのかな(^^)。でも私はたいていこういう人物批評をするときには、「かなあ」とか婉曲的な表現に留めているんであって、「傷ついた弱者のフリしてるゲス野郎」とか、そこまでは言ってないのよん(^^*)。
 それにそんな直接的な表現は、ヒネリも何もないただの事実に過ぎないんで、面白くもなんともないしね。


 下痢したときのウ○コはどうしてこんなにコゲ臭いんだと仕事。
 ……いや、AIQのエロの冒険者さんのネタをちょっとパクってしまいました(^^*)。やってみると、なかなかいいフレーズ思いつきませんね。エロさんの才能と根気に脱帽いたしますです。継続は力なり……って、括約筋に一番チカラ入ってる感じだけど。
 ああ、でもホントは仕事がムチャクチャたまっていて、ウ○コしてるヒマもないのだ。っつーか、スケジュールが押して押して。ポカやミスは続出するし、なんとかしてほしいっスよ……ってなんとかするしかないんだが。特に明後日出張せにゃならんのだが、その準備にえらく手間取ってよう。
 ここでヒトコト言いたいこともあるが、ただの事実の指摘に過ぎないんで控えておこう(^^)。

 冷蔵庫の食料も尽きてきたので、スーパーに寄って買い物。
 しげは安売りの肉を親のカタキのように買い漁る。私はトンとろとお茶のみ。。「おカネがないからいろいろ買えない」とか言っときながら、こういうとき、しげはガマンが効かないんだよな。手元不如意ならそれはそれで生活の仕方があるだろうに、そういうときだけゼイタクをしたがるのは、基本的に性格がギャンブラーである。


 『Dr.リンにきいてみて!』第38話「囚われた明鈴!常盤覚醒」。
 ともかく福岡で見られるアニメにはひととおり目を通してやろうと思って見るようにしてるんだけれど、間が合わなかったりで未だに見られてないアニメも多いんだよな。友人からは『はじめの一歩』見てくれって言われてんだけど、深夜の2時や3時までそうそう起きてられんしビデオは常時録画予約状態だし(ーー;)。でもこないだ『哲也』はチラッと見て、その濃さに驚いたよ。しかしなんで今阿佐田哲也がブームになったのかね。
 まあ、それはそれとして、この『Dr.リン』も巡り合わせが悪くて、もう38話だってのに見たのは初めてだ。もう設定なんか全然わかんねーよ(^_^;)。印象はまあ、『セーラームーン』+『ちゅうかなぱいぱい』かいってなもんなんだが、ファンの方にはたとえが悪いんかな。


 『犬夜叉』第51話「心を喰われた犬夜叉」。
 久しぶりにじっくり見る『犬夜叉』、ずいぶん話が進んでいるなあ。ついに2年目に突入だし映画も公開されるし、『うる星やつら』ほどのブレイクは望めないにしても、『らんま1/2』に近いセンまではいけるんじゃなかろうか。私は原作の方にはもう大ぶん覚めているんだけれども。高橋留美子さんの才能と努力を否定するつもりはないが、連載が長期に及ぶと息切れすることはどうしても回避できないし。
 犬夜叉とかごめの痴話ゲンカとか弥勒の珊瑚へのセクハラとか、場つなぎのギャグが余り効いてない気がするんだけどね。『人魚』シリーズに『らんま』ぶちこまれてもなって思うんだが、サンデーの読者にはこれくらい毒抜きしとかないと着いてけないのかもなあ。
 こういう妖怪ものって、たいてい虫の化身が出てくるんだけど、妖怪・蛾天丸、手塚治虫の『どろろ』に出てきた「まいまいおんば」に似せまい似せまいとしてどうしても似ちゃったところがご愛嬌か。でも、繭吐く妖怪出そうと思ったら、誰でもその繭に捉えられるネタを考えついちゃうのは仕方ないよな。更に遡った元ネタは当然『モスラ』だろうけどね。
 蜘蛛の化身出したり蛾の化身出したりとか、そういう表面的な工夫じゃなくて、内面的なキャラクターのバリエーションが少ないから、どうしても退屈な展開になるんだよなあ。敵がいくら出て来ても、殺生丸と奈落以外はどうせザコキャラじゃんって感じにしか見られないのは物語展開としては不利だと思うけどなあ。


 『名探偵コナン』第258話「シカゴから来た男」(前編)。
 さて、今後の展開のキー・パーソンの一人となるか、ジェイムズ・ブラック氏が登場。原作読んだときから、英語のトリック(いや、そんなたいそうなもんじゃない……っつーか、受験生英語しか学んだことないやつが作ったってことがバレバレのクズトリックなんだけどさ)があるもんで、声優は誰になるんかと思ってたんだが、家弓家正さんとはねえ。
 いや、いくら家弓さんが名優といえども、こりゃ無理だよ。「よくできました」のレベルにも達してない。聞きやすさを考えて日本人のキャストを考えたんだろうけど、これはやっぱりイギリス人をキャスティグしなきゃなあ。確か以前、外人が出るエピソードではそうしてたと思うんだけど、一回こっきりのゲストじゃなくて再登場することを考えたら、それは無理と判断されたのかな。
 あと、NEXT CONAN’S HINT、簡単過ぎ。P&AをまんまPANDAって表記するなよ。こういうご都合主義にも程があるトリックまで使わなきゃならないところに、原作者の生みの苦しみがあるんだろうなと同情はするが。
 

 しげに「いい加減で、人が読んでわかる日記書かんか」と言ったら、「オレの日記見てるのはアンタだけだ」と言い返される。
 そうでもないんじゃないかとは思うが、反応はしにくいというのはわかる。私はいちいち「この謎の文句はなんなんだよ」と突っ込み入れられるが、ただ読んでるだけの人が毎回質問するってのも難しかろうからなあ。
 じゃあ、私が解説してこちらの日記にアップしていくことも考えてはみたのだが、その場合ちょっとマズイ点があってできないのだ。……いや、私の本名(&愛称)が実は巧みに(?)織り込まれてるんで、それがバレちゃ困るってことなんだけどね。


 8時過ぎにはもう、疲れ果てていて眠くて仕方がなかったのだが、しげが「私が帰ってくるまで起きててね」なんてトチ狂ったことを言ってくる。
 「帰ってくるまで」って、午前3時じゅねーかよ。そこまで起きてられるか、と思っていたが、寝て起きたらピッタリ3時なのであった。いやもう、しげの喜ぶまいこと。でも、別に私の相手をするでもなく、そそくさとパソコンに向かってるのな。起きてる意味ないじゃん。
 ……しかし、最近3時に目が覚めることって多いんだよなあ。私のカラダはしげのライフサイクルに合うようにいつの間にか改造されちゃってるのであろうか(-_-;)。


 LD『道場寺・火宅』、ちょっと用があって久しぶりに見返す。
 川本喜八郎さんもホントに数年に一本くらいしか新作発表してないけど、食べていけてるんだろうかと心配。
 人形アニメーションはセルアニメ以上に残像表現が作れないので、風などの表現がどうしても不自然になる。川本さんが『今昔物語』などの古典に取材したのは、多分意図してのことではなかろうが、この違和感が逆に一つのムードとなっていて、ずいぶん緩和されている。『鬼』が傑作たりえたの理由は、更に歌舞伎・能の所作を人形の演技に取り入れた点にもあるだろう。
 でも実は川本さんの作品で私が一番好きなのは、安部公房原作の切り紙アニメ『詩人の生涯』だったりする。寓話化されてはいるけれども、露骨過ぎるくらい労働者革命を賛美している作品なので、本来私の好みの作品にはなり得ないはずなんだが、一枚のジャケツに変化した老母が息子の命を救い、みながジャケツを纏っていくエンディングはやはり感動的だ。『ホルス』みたいに「みんなで剣を打つ」ってのが青臭く偽善的で押しつけがましいのに対して、本作のように「それはやはり感動的な光景ではなかったか」と疑問形で提示してくれた方が、ずっとこちらのココロにスッと入りこんでくるものだ。


 マンガ、加藤元浩『Q.E.D. 証明終了』11巻(講談社・410円)。
 11巻まで続いたってことはちゃんとこの作品を読んで評価してる人がいるんだ。よかったよかった。相変わらず絵はヘタだけれど、プロットはしっかりしてる。……そうなんだよなあ、この人の作品、マンガじゃなくて小説にした方が生きるトリックが圧倒的に多いのだ。
 特に『冬の動物園』はマンガ向きじゃないよ。絵にしたらどうしてもウソっぽくなっちゃうもの。でも小説で書いてたら、短編ミステリの秀作として評価されただろうな、きっと。
 『寄る辺の海』も、もう少しページ数に余裕があって、個々のキャラクターを書き込めていたらもっともっとよくなったのになあと思うと惜しくて惜しくて。いや「惜しい」ってことはやっぱりスゴイことなんですよ。だって、『コナン』も『金田一』『探偵学園Q』も、この『Q.E.D.』のレベルには遠く及んでないんだから。

2000年11月19日(日) 約束は果たしたよ、こうたろうくん/『キッド・ピストルズの慢心』(山口雅也)ほか


2001年11月18日(日) 休日満喫テレビ三昧/『パワーパフガールズ』第46回/『サイボーグ009』第6話ほか

オタアミ当日まであと日! カウントダウン6!

 夕べはしげが帰ってきた3時ごろに目が覚めちゃったので二度寝。
 でも、やっぱり寝つけず、いつもよりちょっと早く6時頃に目が覚めた。寝つけなかったのは夕べ見た夢のせいかもしれない(^_^;)。
 一日の平均睡眠時間が6時間だなあ、たまには8時間くらいゆっくりと寝たいなあ、とか思っていても、早寝するとやっぱり6時間で起きてしまうのである。……ジジイになってきたってことかな、これ。
 いやね、『エンピツ』の日記をあちこち覗いてて思うのはさ、書いてる人ってたいていが20代の女性みたいな気がするのね。私みたいにもうすぐ四十郎の中年男(あるいはそれ以上のトシの人間)がどれだけいるかって考えたら、殆どいない気がするのね。なんだか一人だけ浮いてるなあと思いつつ、その「浮き具合」を楽しんで読んでくれてる読者の人もいるんじゃないかなと勝手に思ってるわけですよ。
 でも、日記書くのって楽しいと思うんだけれど、どうしてこんなにオトナの男が少ないかね。もともと日記は、日本においては10世紀末まで、男のみに許された特権であった。ところが平仮名の発明が一気に女性に日記文学発展の道を開かせた。そこには紀貫之というネカマの元祖(ご承知の通り『土佐日記』は女性に仮託して書かれた)が仕掛人となったという背景はあるものの、「日記」という自己表出の方法を最大限に活用したのが女性であったという事実は否めない。それ以前に男性によって書かれていたであろう漢語による日記は、現代、ほとんど価値を見出されていないのである。
 結局、男は事故を表出する手段としては「小説」などの純然たるフィクションに流れるしかなかった。現実をも虚構化する女性のパワーを、男性はついに持ち得なかったのである。それは「日記」を客観的な事実の表記としてしか認識できなかった男の限界でもある。しかし、高度に複雑化して現実を客観視すること自体不可能になった現代、もう一度過去の女性に倣って、男が目の前の現実を自分のものとするための手段として、日記を書き始めてもいいのではないか。
 それは男の、男による、男のための日記である。
 ……いや、さ○系じゃなくて(^_^;)。

 今日はともかく一日ぐでっとテレビを見てようと決心。来週はいよいよオタアミ当日で、休みとは言えゆっくりは出来ないと踏んでるからだ。


 『パワーパフガールズ』第46回「ともだちになりたい!/SUPERFRIENDS」。
 ここしばらく30分一本の長尺版が続いて放送されてるみたいだけど、今回はそのボリュームに足るだけの名編。
 PPGの隣家に引っ越してきたのは同じ幼稚園に通うことになるかわいい女の子、ロビン。この出会いの描写の演出がきめ細やかで実にイイ。
 垣根越しにこっそり覗き見しながら引越し荷物を確認しているPPG。
 「ドレスがあるわ。女の人よ。ハカセの恋人になってくれるかも」
 「ドレスがあるからって女の人とは限らないわ(おいおい)」
 「ダンベルがあるわ。男の人よ!」
 「マッチョな女の人かも。それでハカセと恋仲になって……」
 「ベッドがあるわ!」
 「……なーんだ、夫婦ものか」
 「見て! おもちゃ! 子供がいるんだわ!」
 おもちゃの箱の陰からこちらを覗いていたロビンの前に飛び出して行って思わず声をかけるバターカップ。
 「あなただれ? 年はいくつ? なにが好き?」
 「私はロビン……幼稚園で……好きなのは象」
 「象を食べるの?」
 おとなしげなロビンにブロッサムとバターカップはすぐうちとけるが、バブルスは何となく気に入らない。けれどロビンが「新しいおともだちとドッジボールとかしたい!」と言った途端に目の色が変わる。
 「ウチに遊びにおいでよ! おもちゃとかたくさんあるよ!」
 PPGに案内されて、ハカセと会うロビン。
 「紹介するわ。これが私たちのパパ」
 「そうなんだよ、うっかり間違ってこの子たちを作っちゃったんだ」と言いわけするハカセ。ロビン、にっこり笑って、「大丈夫です。私も間違ってできちゃった子供ですから」
 思わず目が点になるハカセ。

 ながながと記憶を頼りに書いてみたが、なんだかもう、ガサツで単調なアメコミとは一線を画していることがご理解いただけようか。キャラクター描写が堂に入っているだけでなく、最後のギャグなんか、ギャグでありながらロビンの孤独感をさりげなく表している。
 なにしろ、隣家のご夫妻、最後まで一度も姿を現さないのだ。

 「どうしたの?! みんな宙に浮かんでる!」
 「実は私たち……スーパーパワーの持ち主なの」ロビンに嫌われるかも、と不安な顔になるPPG。
 「そうなの? 私もスーパーパワー持ってるのよ」
 「……ホント?!」
 ロビン、片頬を顰めて痙攣させて見せる。思わず笑うPPG。
 先週の『FF:U』の、小手先のセリフだけの言い訳に比べて、なんと説得力のある表現であることか。

 大の仲よしになった四人だけれど、なにしろPPGはスーパーパワーの持ち主。タウンズヴィルの町を救いに毎日出かけなければならない。楽しく遊んでいてもそれは一瞬。
 ひとりぽっちで残されるロビンと、PPGの活躍を交互に見せながら、ロビンの孤独を歌うBGMがかかる。ロビンの寝室の扉がゆっくりと閉じ、真っ暗になって音楽も終わる。
 ああ、ダメだよ、日曜の朝っぱらからこんな悲しい演出しちゃ。トシ食ってただでさえ涙もろくなってんだからさあ。
 ここまででずいぶん時間を使っちゃったおかげで、後半、淋しいロビンの心に取り入ったプリンセスが、ロビンに万引きを唆す展開がやや駆け足になっちゃったけど、間違いなく本作はこれまでのエピソードの中でも出色の出来である。やはり『パワパフ』は簡単に見逃せないなあ。
 いや、ギャグがずっと続く間に、たまにこういうの差し挟まれるとついホロリときちゃうってパターンじゃあるんだけどさ。
 ……昔、とり・みきの『クルクルくりん』でも死んだ少女の人格がくりんに蘇えって、その子の父親と出会うって話に泣かされたことあったなあ。


 『仮面ライダーアギト』第41話。
 わあ、やっと翔一が記憶を取り戻しそうだ。
 ……よく引いたよ、ここまで。52話構成ならこのあたりで、という計算を立てたんだってことは理解出来るけれど、ちと長過ぎた気はするな。引くだけでドラマが進まない時期もあったし。
 けれどシリアスな展開を出来るだけギャグでつなごうとするのはいいけれど、翔一と氷川の関係をムリヤリギャグにするのはちょっとねえ。緊張感なくすだけじゃないのかな? しかも前回は「栗」で今回は「アイスクリーム」だよ。毎回「食いものギャグ」で行く気かい(^_^;)。
 随分謎が解かれて来たとは言え、まだまだ思わせぶりは残っているのである。
 謎の手紙の送り主「雪菜」(『幽遊白書』かな、ネーミングソースは)とは誰なのか。
 翔一の過去を知るらしいアナザーアギト・木野の「記憶喪失になる前は、お前も過去にこだわっていたんだ!」のセリフ。
 謎の青年の「人類は私の子だ」のセリフ。
 そして復活した最強のアンノウン、エルロード。
 ……プロデューサーが「『サイボーグ009/神々との闘い編』を参考にしてます」とか気になることを発言しちゃってるので、まさか「未完」で終わるつもりじゃねーだろーなと心配になってるんだけど、ホントに広げた風呂敷はきちんとたたんでほしいものである。


 『も〜っと! おジャ魔女どれみ』第40回「ハナちゃん、イモを掘る!」。
 女の子にとって、イモはどれほど必須アイテムかという話(^^)。
 あいこが買ってきたサツマイモを、大喜びで焼きイモにして食べるどれみとももこ。けれど、はづきとおんぷは「おならがでるから」「太るから」と言って、食べるのをいやがる。途端に激怒するあいこ。
 「イモはなー、食物繊維たっぷりで栄養満点でお百姓さんが一生懸命作ってくれた最高の食べ物なんやー! おならがなんやー!」……あいちゃんテンション激高。女の子の食べ物っつ〜より、関西人必携の食べものってことなのかね(^_^;)
 結局、はづきとおんぷもみんなで食べて、その美味しさに頬が落ちるくらい感激。
 ハナちゃんにも食べさせようと思ったのに、野菜ギライの呪いのかかったハナちゃん、どうしても食べてくれない。
 あいこは叫ぶ。「こんなおいしいもの食べられへんなんて、ハナちゃんかわいそうや……。よっしゃ! うちがぜったい食べさせたる!」。
 そこで新鮮なおイモをハナちゃんにあげようと、電車に乗ってイモ畑を目指すが……。やってきたあいこの姿を見て、みんな呆然。……あ、あれは、もんぺ?!
 ……いやあ、どれみちゃんたちの(特にはづきの)もんぺ姿は実に似合っててよかったなあ。今回の見所はそれだけです。少なくとも私にとっては(^^)。


 『コメットさん☆』第34回「星の絆」。
 ……え? コメットさんに敵がいたの?
 「あの方」って誰よ? 予告されてて登場してないキャラって言ったら、タンバリン星国の王子様だけれど、それってケースケのことじゃなかったのか?(←勝手な予測)
 ともかく「ハモニカ星国臨時裁判所」とか「監獄星」なんて仰々しい設定、『コメットさん』の世界観にはちょっと合わないと思うんだが、もしかしてこれ、テコ入れか? それとも打ちきり?
 「姫さまほったらかし罪」で捕まったラバボーの代わりに一時的にやってきた
「月人」が、“タンバリン星国”の住人ってことは、裏にいるのはやっぱり……ってことになるんだけど、あまり予測できる展開にはなってほしくないなあ。


 CSファミリー劇場『加藤夏季のファミナビ12月号』、新作紹介が『太陽にほえろ!<スコッチ編>』や『陽暉楼』。紹介が今月はえらくあっさりしてるな、と思ったら、加藤夏季主演の新作映画、『羊のうた』のレポートのためだった。
 先日の東京国際映画祭に正式コンペティション作品として出品され、あえなく沈没(^_^;)しちゃった本作だが、予告編映像を見るかぎりではそう悪そうな出来ではなさそう。原作の頽廃的な雰囲気は出てるような気がする。
 監督の花堂純次って、テレビドラマ『永遠の仔』の監督の人だったんだな。あれは最初の1、2回を見ただけだったけど、多少思わせぶりな演出が鼻につきはするが、作品作りについては、原作とがっぷり四つに組んで、きちんとドラマ性を浮きあがらせようとする姿勢があったなという感じがしていた。
 けれど加藤夏季は喋らないとやっぱりいいよなあ。最大のネックはすぐに上ずるあの声質なんだが、今回はそう喋るシーンもないし、案外いい雰囲気が出せてるんじゃないか。
 いやもう、映画祭でのティーチインでも「あの家って、昔は病院だったんですか?」とか、設定よく解らずに演じてたことバレバレの質問監督にしてるし、実像と演技の格差を感じさせてくれてもうGOODっスよ(^^*)。
 なのにインタビューじゃ「今までは役と自分とが別だったんだけど、今度初めて『私は千砂なんだな』って思えました」とか言ってるし。……うーん、実の弟と血を吸いあいたいのか、君は。
 チラリと『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』のフィルムも流してくれてたけど、ゴジラの吐く白熱光(原作第一作表記に準じてます)がガメラのプラズマそっくりだったのには笑った。これもあちこちで評判がいいみたいだけれど、期待しすぎて裏切られた経験はいくらでもあるので、なるべく情報入れないで見に行こう。


 しげ、練習から帰ってくる。
 いつもならここで二人でお出かけでもして食事をするのだが、給料日前なので質素にテレビを見るだけ。

 ANAのCM、『アルプスの少女ハイジ』のパロディ。
 「クララ、クララが立ったわ!」
 「クララが一万円!」
 ……なんだかよく意味がわからなかったが面白いんだろうか。CMに往年のアニメキャラが出るのって実はあまり好きじゃない。ソルマックの『ど根性ガエル』もそうだけれど、あんな中途半端な復活のさせ方するんなら、スペシャルでもいいからちゃんとリメイクしろって言いたいね。
 ハイジとクララはオリジナル版の通りだけれど、アルムおんじは宮内幸平さんが亡くなっているので別の人。でもいやに声が若い。……誰なんだ?


 『回復!スパスパ人間学』。森本毅郎司会のバラエティーらしいんだが見たのは初めて。コンセプトはなんだかよく分らないけど、これが結構面白い。
 今回は、「女に嫌われる女」の特集。その条件として、「人の話を聞かない女」「自慢する女」「男の前では態度が変わる女」などを挙げるのは定番だが、笑えたのは、「なぜ女が女に嫌われるのか」それを脳のメカニズムから説明してるんだけど、これを役者にコスプレさせて演じさせてるのね。視床下部が暴れようとしてるのを普段は前頭葉が押さえてるんだけど、押さえきれなくなると暴走する……って、これ、『エヴァ』じゃん!
 そうかそうか、あれもA10神経がどうのこうのと、脳のメカニズムをちょっとかじった庵野さんがそれをまんま作品化したってことは聞いてたけど、庵野さんの女性コンプレックスから生まれた話だったわけだ。
 考えてみりゃ、エヴァって最初の「女」なんだから、その行動原理が女であることは当たり前だったんだよなあ。……しげがしょっちゅうヒステリー起こすのも、前頭葉が未発達なせいなんだな。納得納得。


 『だあ!だあ!だあ!』
 チラチラ見てたけどじっくり見るのは始めて。これ、再放送だよな?
 男の子と女の子の同居物に化け猫が絡んでるって感じなのか?
 エンディングがtrfの『BOY MEETS GIRL』だったのでちょい懐かしかった。
 

 『サイボーグ009』第6話「消えた博士を追え!」
 サブタイトルがちょっちダサイなあ。せっかくの0012登場話だってのに、もう少し気を引くタイトル思いつかなかったのか。
 開巻早々、ドルフィン号(?)をペインティングするサイボーグたちの姿が描かれるけれど、002がいかにもアメリカ軍風のペイントする上を005が“無言で”消してくのがなかなか深い。うーん、原作に描かれたことは殆どなかったけれど、005、やっぱり侵略者であるアメリカ人の002に対して含むところがあったんだろうか。
 ベースは原作にあるけれど、今回は0012の正体も含めてずいぶん脚色が加えられている。コンピュータの姿のみだった0012にちゃんとマダムの姿が与えられてるのが最たる変更だけど、これもちゃんと石森キャラしてくれてるのが嬉しい。でも怪しい洋館ものにするなら、もう少しアイデアおりこんでほしかったかなあ。
 一応、作画は安定していて、部分的にはひとコマ作画もある。けれどいくつかバンクがあるのは、やっぱり作画スケジュール、相当追われてるのかなあ。
 さて、来週はいよいよ前半の山場の一つ、0013登場の巻。エンディングにもしっかり登場してくれてるし、『ボンボン』なんかに代表される石森さんお気に入りの山下清系列のキャラだ。どうか作画が荒れてませんように(^_^;)。


 『こちら葛飾区亀有公演前派出所』、いつの間にかOP歌ってるのが天童よしみで『いなかっぺ大将』のパロディ。こんなんどれだけの人間に解るってんだ(^_^;)。
 しかも、本編が両さんの顔がつるんつるんにハゲてどんな顔だったか解らなくなるっていう話なもんだから、OPも両さんの顔に全部モザイクがかかってるっていう凝りよう。たまにこうやって遊んでるのかな。スタジオぎゃろっぷ、なかなか濃いスタッフがいると見える。
 『ワンピース』、とりあえずワポルの下っ端はチョッパーが倒す。小さくなったり大きくなったりの変化、マンガじゃよくわからなかったけれど、アニメだといい効果出してるなあ。来週で一応ひと区切りなんだろうけれど、このままアラバスタ編に入るんだろうか。もう少し場つなぎしないとまた間延びした展開になりゃしないかな。

 『笑う犬の発見』。
 トーマスのネタがハム太郎に代わってる。わざわざOPアニメまで作っててしかも意外にその作画かイイところがスタッフが結構リキいれてて笑える。
 イナカの学生に扮したウッちゃんが、女の子と毎回イイセンまで行って振られるコントが結構気に入ってるんだが、今回のお相手は桜井幸子で、教育実習の先生役。……かつてテレビ版『高校教師』で、彼女が教師との禁断の愛を演じていたことを思い出せば、このコントの面白さは倍増するであろう。
 「あなたが私のことかばってくれたおかげで先生になる自信がついたわ!」
 「じゃあ、オラと一緒に写真撮ってくれっぺか?!」
 「……イヤ。それだけはイヤ。だってあんた、それナニに使うか分らないでしょ?」
 ……桜井幸子、本気でイヤそうに言うんだもんなあ。多分実際にナニに使われたことを想定して言ってんだろうな、このセリフ(^_^;)。誰だ、こんな身を切るようなギャグ考えついたのは。あくまでフィクションでも、これ面と向かってやられるとオトコはツラいぞぉ(-_-;)。
 ゲストの西川きよしが一番面白くないのはこういう番組の常だね。


 CSチャンネルNECOで『うる星やつら4 ラム・ザ・フォーエバー』『うる星やつら完結編』の2本再見。
 ああ、『うる星4』も脚本が井上敏樹だったよなあ。するってえと、この「街が夢を現実化する」ってネタ、『アギト』のプロトタイプか。……んなわけないな。公開当時「なんだかよく分らない」と悪評紛々だった本作だけど、廃棄された街のゴミがネットワークを作り意志を持ったと考えれば、SFとしてちゃんと見れるし、「街」を「映画」そのものの寓意と考えれば、「思い出だけでも生きていける」のセリフも、実感をもって受けいれられようと言うものだ。少なくとも、それまでのネタの寄せ集めの完結編よりはよっぽど完結編らしかったと思う。

 マンガ、ももせたまみ『せんせいのお時間』3巻(竹書房・590円)。
 しげがいつの間にか買ってた学園4コマ。4コマも昔はホントにいい加減な線のものばかりだったのに、キッチリ少女マンガしてるというかアニメ絵してるというか、ともかく絵は可愛い。ただよくもわるくも「典型的」なんで、同じ可愛い系でも、あずまきよひこのような線にキョーアクさがにじみ出ているものと比べると、どうしてもインパクトが弱い。主人公の「27歳だけど童顔」って設定も、似たようなアイデアは竹本泉や加藤四季も使ってるし、ギャグのパワーはそっちの方があるのである。それに3巻もそのネタで引っ張るのはもう無理がある。
 第一私は「28歳のクセに下手すりゃ中学生か高校生に見える」女房を持っているので、この手のギャグには笑えないのよ。
 ……どこぞの店に夫婦連れで入るたびに「お父さんに買ってもらってよかったね」なんて言われるんだよなあ、マンガじゃあるまいし(-_-;)。こんな苦労、童顔の女を妻に持った者にしかわかるまい(当たり前だ)。

2000年11月18日(土) 今年はコンサートで眠らなかったぞ/福岡シンフォニック合唱団コンサート


2001年11月17日(土) 多分愛してるんだろう/『料理少年Kタロー』第7話/『カスミン』第7話

オタアミ当日まであと日! カウントダウン7!

 ここんとこ、しげのロドリゲス(スズキのWAGON‐R)のBGMが『ブルース・ブラザース2000』から『ザ・ラットルズ』に代わっている。

 この日記を読んで下さってるような奇特なオタクの方なら、もう説明するだけ野暮ってもんなんだが、一応簡単に説明しておく。
 イギリスの伝説的コメディ番組である『空飛ぶモンティ・パイソン』の一員であるエリック・アイドルが(この人のコトまで説明してたら、またやたら長くなるので省く)、ニール・イネスと組んで、ビートルズのパロディ・バンドを作り、あたかも『ラットルズ』というグループが実在したかのようにでっち上げたニセドキュメンタリー番組なんである。
 パロディであるから、ビートルズの四人に当たるキャラクターだけでなく、当然オノ・ヨーコもいるわけで、これが女ナチスのキャラで登場してるのを見たときには爆笑した。いやもう、チョイ役でジョン・ベルーシやビル・マーレイ、ミック・ジャガーや本家ジョージ・ハリスンまで登場するというトンデモなく豪華なモノである。こういう番組の常としてクレームは相当つけられたらしいが、放送にあたっては幸いダン・エイクロイドの登場シーンが多少カットされたに留まった(ビデオ版では復活)。
 何よりスゴイのは、番組み中に演奏される30曲余りの音楽が、本家ビートルズの音楽と比べて遜色がない出来だったってことだ。事実、「ラットルズ」のCDが発売されたとき、「あれは本当にビートルズが歌っている」というウワサがマコトシヤカに流れ、それはかなり多くの人に信じられた。「チーズとオニオン」なんて曲にいたっては、ジョン・レノン本人が「オレはそんな曲歌ってない」と明確に否定したにもかかわらず、「いや、あれはレノンの声だ」と言いはる人がいて、アホなことにジョン・レノンのアルバムにうっかり収録されたりもしたくらいなのだ。
 ウソだと思うなら、輸入CD買って聞いてみればいい(日本版は多分廃盤)。歌詞もメロディーも、「本歌取り」の名前がこれほど相応しいものはない。今すぐ聞けない人は、“ALL WE NEED IS LOVE”が“ALL WE NEED IS CASH”ってタイトルになって、あのメロディーラインで演奏されるオカシサを想像していただきたい。

 残念ながら、ソフトな歌声で知られるエリック・アイドル自身は、ラットルズの一員、ダーク・マックィックリー(誰のパロかはよく解るね)を映像の上では演じていても歌そのものはオリー・ハルソールによる吹替えである。これは当時エリックが盲腸で退院した直後だったためだが、エリックの声でポールの……ああ、いやいや、ダークの声を聞きたかったと思ってるファンは私だけではあるまい。
 あと、『ザ・ラットルズ』というのは初めビデオで発売された時の邦題で、現在入手できるDVDは『ラトルズ 4人もアイドル?!』という腑抜けたタイトルになっている。全く、日本人のこのギャグセンスのなさってのはどうにかならんもんかね。


 土曜で半ドンなんだが、ちょっと残業があって、しげとの待ち合わせは1時半。「遅い」としげはぶすくれ顔。いきなり遅くなったわけじゃなくて、「遅くなるよ」と予め言っておいたのにどうして怒るかなあ。
 「すぐにはウチには帰らんけどいい?」
 「どこか寄るとこあるんかい」
 「それはヒミツ♪」
 何がヒミツだ。しげは私がちょっとくちごもったりすると、根掘り葉掘り隠しごとがないか聞いてくるのに、自分は常にヒミツを持っていようとするのだ。要するにそれだけヒミツにしたいアコギなことをやっているということだろう。たいていは金をちょろまかしたり金をちょろまかしたり金をちょろまかしたりしてるのだ。

 着いた先は近所の博多区民センター。なんだ、ホントにヒミツにするほどのこともないじゃんか。
 今年の劇団の公演、キャナルシティ横の「ぽんぷらざ」を予定しているのだが、その抽選にずっと外れまくっていたのである。苦肉の策で、数ヶ月分、一気に予約を入れたら、今度は二つも当たってしまった。おかげで片方、予約を取り消さねばならなくなったのであった。
 土曜の午後のせいだろう、体育館や公園が隣接しているセンターの駐車場、満杯で車を停めるスペースがない。仕方なく路上駐車に近い状態で、車の出入り口の場所に一時駐車して、しげだけが走って予約取り消しに向かう。私は車中で誰か人が来たときの言い訳役(+_+)。
 幸い5分ほどでしげは帰ってきて、怖いあんちゃんにすごまれることはなかったのであった。

 結局、予約が取れたのは5月11日になった模様。こりゃまた半年も先とは伸びたものだが、スタッフも少なく常時集まれるわけでもないウチの劇団にとっては、練習する余裕ができたってことか。まあ、その間に「できちゃった結婚」するやつがポコポコ出なきゃいいんだが(^^)。


 帰宅した後、ロドリゲス洗車。
 しげ、バケツにお湯を汲んで、えっちらおっちら駐車場まで運ぶ。重い荷物を持つとしげはバランスが崩れるせいか、必ず首を傾げて歩くクセがあるが、頭がフラフラして、日頃から知恵の足りないしげがますますおバカに見える。
 30分ほどかけて車体を一通り磨いていくが、中古のわりにはたいした傷がない。この間からパンパー引っ掛けたりいろいろぶつけてるのに、そういう傷もたいして目立ってないのだ。磨いていくうちに、ツヤも出て来て、何となく新車っぽく見えてくるから不思議である。
 しかししげ、部屋の片付けはマトモにしようとしないくせに、自分の車となるとこんなに一生懸命にきれいにしようとするんだなあ。つまり日頃掃除しないのは、私のために家事するのはイヤだってことだよな。
 それなのにこうしてしげの洗車を手伝ってる自分が健気過ぎて泣けてくるったらありゃしない。とほほ(T.T)。
 

 RKB『ウルトラマンコスモス』第19回「星の恋人」。
 軍事衛星「アンジェリカ」の攻撃コンピューターが誤操作し、たまたま通りかかった飛行物体に反応して攻撃を仕掛けた。
 ある日、トレジャーベースの施設見学にやってきた一人の美青年、それは先日アヤノを事故から救った青年だった。だが、彼の正体はミゲロン星人・レダ。アヤノに衝撃波を与え、人形のように操り、EYES司令室から「アンジェリカ」を宇宙ステーションに激突させようとする。飛行物体に乗っていたのは彼と、彼の恋人。そしてその恋人はあの事故で命を落としていた……。
 まあ、つまり宇宙人の復讐話なんだけれど、ありふれてると言うか、陳腐な印象は免れない。第一、ムリヤリ怪獣を出してコスモスと対決させる必然性が全くないのだ。「復讐のエネルギーを怪獣化させる」なんてめんどくさい設定になんかしないで、ミゲロン星人の正体が怪獣だったってことにして巨大化して戦わせた方がずっとスッキリする。いや、宇宙人をナマミの俳優に演じさせたりせずに最初から怪獣でやればよかったんだ。
 比較しちゃ悪いかもしれないけれど、異形のモノの悲しみを打ち出してた初期ウルトラマンには遠く及ばない。


 NHK教育『ドラマ愛の詩・料理少年Kタロー』第7回「美人陰陽師のユウウツ」。
 タイトルだけ見ると、マジメな料理ドラマなのかと思いきや、こないだは江戸時代からKタローのご先祖様の料理人(池乃めだか!)がタイムスリップしてくるし、今回は安倍晴明の子孫で実はキツネの化身に元気の出る料理を作ってやるという、そんじょそこらの料理マンガなんかとは毛色が二色も三色も違っている。
 つまり「どんな世界でも料理で人を救える」って料理万能ドラマだったわけだね。来週はついに宇宙に飛び出し熱唱する水木一郎と対決するらしい。なんじゃそりゃ(^_^;)。
 でも、こんなヘンテコな「SF」まで制作するなんて、完全にこの『愛の詩』シリーズは平成の「少年ドラマシリーズ」になりおおせたな。今のところDVD化されてるのは『六番目の小夜子』だけみたいだけど、『まぼろしのペンフレンド2001』も『お嬢様は名探偵』も『浪花少年探偵団』も、とっとこDVD化してほしいもんである。


 NHK教育『カスミン』第7話「ポトポット、悩む」。
 『バンパイヤンキッズ』を見るのも飽きてきたので、ウラの『カスミン』、第一話以来久しぶりに見る。
 カスミンとヘナモン(素直にオバケとかもののけって言ってほしいなあ。設定を作りこみすぎるとかえってクサくなるんである)たちとの同居もまあうまくいっているらしい。
 合唱コンクールの発表が近いカスミだが、クラスのみんなはてんで部活だ塾だとまるで協力しようとしない。同じようにポトポットも屋敷のみんなのお茶の好みがてんでんバラバラなのでてんてこ舞い。ついにはノイローゼになってお湯すら沸かせなくなってしまう。
 結末は無理せず落ちついて、何もかも自分一人でしょいこもうとしないで、という、いかにも本郷みつるさん的な終わり方をするのだけれど、子供向けとは言え、もうひと捻りほしかったかな、と思う。どうも全体的に、脚本や監督が気負って作ってるとこあるんじゃないか。
 ギャグが今一つ効いてなくて、話の中に説教くさいところがチラホラ見えてきちゃってるのである。……「教育」だからしかたないのかなあ。


 夜、こんな夢を見た。
 ある日、劇団のみんなとどこぞの居酒屋で飲み会をしている。
 しげが突然「私もようやく独立できるようになったよ」と言い出す。
 私はドキリとして、それでも心の動揺を隠しながら「なんだ、仕事でも見つかったのか」と聞く。
 しげは私を睨みつけ、「結婚するんだよ!」と怒鳴る。
 実は、夢の中でしげは私の妻ではなく愛人なのであった。
 劇団を維持するために夫婦のフリをしているだけなのだった。
 みんなは口々に「おめでとー」「おめでとー」と拍手をするが私だけは機嫌が悪い。思わず「だ、だ、誰とだよ」と聞き返す。
 「なんでそんなことまでアンタに話さないといかん。他人やん」とニベもないしげ。
 あくまで高圧的に「言えよ、誰とだよ」と詰め寄る私。
 「私にだってプロポーズしてくれる人はいるよ。Aさんとか、Bさん。Bさんはハイヤーでいつも私を山越えで送ってくれるし」
 知らない名前を告げるしげ。二人もいるのか、それにしても「ハイヤー」なんて今時あるのか、第一どこを山越えしてるんだと首を捻る私。
 しげが急にニコニコする。見ると、居酒屋の入口から入って来た若くて背が高くて保坂尚輝の顔をもっと精悍にしたようなヒゲを生やした男が入ってくる。
 しげ、その男の腕に飛びついてうっとりとしなだれかかる。
 しょ、しょ、しょうがないもんな、べ、べ、別に、お、お、おれの女ってわけじゃないんだししし、と震える手で酒を飲む私。
 「そいつが新しい男か?」と聞くとしげは「ううん、別の人」と答えて、なのにそいつと手に手を取って居酒屋を出ていってしまう。
 追いかけるわけにも行かず、酒を煽る私。ふと見ると、目の前のテーブルには小ナベになみなみと水が注いである。
 「これ飲めるのかな」と隣の父に聞く(どうして劇団の席だってのにオヤジがいるのかね)。
 兄が、「飲まん方がいい」と忠告する。
 でも私は鍋の水を一気に飲み干してしまう。で、やっぱり飲まないほうがよかったと気がつく。その水は涙の味がしたからだ。

 わ〜、照れくさい夢(^_^;)。
 夢の中で私、自分にとってしげはベストハーフだと思いこんでるんだもんなあ。ついこうして日記に書いちゃったけど、しげが読んで喜んだりしたらヤだな(+_+)。
 いや、読まないはずはないって解ってんだけどさ。たまには女房サービスしておかないと、しげのやつ、周囲に私が冷酷無慈悲なド外道のように吹聴するので、誤解を解くのにひと苦労するのである。

2000年11月17日(金) 一日一ドジ女房/東野英心死す。



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