無責任賛歌
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| 2001年09月17日(月) |
祝日には旗を。私は出さんが/『クラダルマ』1・2巻(柴田昌弘)ほか |
米国のテロ事件、いろいろなところで余波を及ぼしているが、ウチの職場でも、渡米予定だった同僚が、いきなり「出待ち」状態になってしまった。 上司はそのことを「いるはずのない人がまだここにいる」なんて言って、笑って報告しているのだが、これもまあ、聞くヒトが聞けば不謹慎極まりないということになるのであろう。 ったって、この程度の冗談なら、誰だって言うよな。世界の動きに対してノホホンとしている日本人の平和ボケぶり、これがかえって周囲に振りまわされない、動じない態度に見えてしまうのだから皮肉なことである。 外務省、15日が「敬老の日」だということで国旗を掲げたら「なぜ半旗にしないのか」とクレームを付けられたそうだ。って、誰が付けた、アメリカの手先か? 「国民の祝日」だってえのに、アメリカを気にせにゃならんってことはなかろうがね。 そのクレーマー、迷惑を被ってるのはこちらだということを忘れちゃいないか。
アメリカは、ビンラーディンの身柄引き渡しを正式にアフガニスタンのタリバーン政権に要求したとのこと。 これからがキレイなコトバで言えば、「外交上の駆け引き」ということになるのだろうが、その実体は、「おう、オマエんとこの舎弟がワシラんところにえらいハジかかせてくれよったやないか、そいつのそっ首差し出してワビ入れんのやったら、どないなことになるかわかっとるやろうな」というヤクザの恫喝だ。 全く、「高度な政治的判断」ってのはどこに行ったんだ? 世界各国に対してやってることも「ウチに着くのかアチラに着くのかはっきりせんかい」って、二者択一を迫ってるだけ。 で、日本はヤクザの下っ端。独自の判断なんかできるはずもない。 またぞろ、湾岸戦争の時に続いてアメリカは、日本に「人的貢献を」とか言ってるらしいが、日本国憲法を押しつけて戦争放棄させといて、そしてテメエがケンカする段になるってえと、「ワリャ、金出しゃ赦してもらえると思うとんのか?」と凄んで言うこと聞かせようだなんて、虫がよすぎやしないか? いい加減、日本人も、アメちゃんの他人を見下すことしかしない下劣な根性というか、所詮、アイツらは既知外の群れだってことに気がついてもいいんじゃないかね。 だって、アメリカ国民、「たとえアラブの民間人を虐殺しようと、復讐を果たせ」と叫んでるやつらが、今や8割以上なのだぞ。 日本も、ホンの56年前まではそうだったわけだから(今も生き残りが結構いるのが困ったもんだが)、批判はしにくいが(したって既知外に聞く耳なんかありゃしないんだが)、誰かブッシュに「オマエもビンラーディンと同じや」と言うてやれんものか。 せめて、「いやあ、兄貴のくれたケンポーのおかげで動くに動けねえんでさあ」と言い張って、自衛隊も派遣しないでいられたらいいんだけどなあ。 トバッチリ食って迷惑するのは国民なんだから。
更にアメリカでは今、今回の黒幕にイラクのフセインがいる、という説が浮上してるとか。 情報撹乱と言いきれない信憑性があるのがなんとも(^_^;)。 実際、私もテロ直後は「フセインか?」と思ったものな。 多分、これは「カワキリ」の一つにすぎない。 たとえ犯人が断定されても「いや実は黒幕に誰それが」という説が出てくるのがこういう事件の常だからだ。 恐らくこれからどんどんと、意外や意外、荒唐無稽で奇想天外な「真犯人」の数々が、ネットや活字メディアを席捲してくれることであろう。 犯人に擬せられたヒトには迷惑な話であり、世のマジメ人間、ギャグが嫌いなヒト、狂信者のミナサマにはキリキリとコメカミが脈打つほどに腹立たしいことであろうが、これは「どんな悲惨な悲劇も、それは客観的には喜劇である」ことの一つの証左なのである。 実際、アメリカだけでなく、パキスタンの慌てぶりやタリバーンの能天気な「聖戦」の連呼も、日本も含めてとんだトバッチリに巻きこまれた世界各国の右往左往ぶりも、見ていて笑いがこみ上げてくるのをどうにも止められない。 これが「コメディー」でなくてなんだというのだ。
昨年5月に自殺した、井上大輔(58歳)さんの妻、洋子さんが死亡していたとか。享年51歳。 確か井上さん自身の自殺が、奥さんの看病疲れが原因じゃなかったっけ。新聞にはその辺の事情が一切書かれていないのだけれど、病気の奥さん残して先に逝ってどうするんだろうと思っていたが、こうして、一年と少し経って奥さんが亡くなってみると、もしかして井上さんは、奥さんが来るのをアチラで待ってるつもりででもあったのだろうか、という気がしてくる。 こういうさりげない死の方が、何千人と死んでいく人々よりも心にジンとくるものがあったりするから、人間の心なんていい加減なモノである。
今週の少年ジャンプ、『ヒカルの碁』、完全に「伊角編」になっていて、ヒカルの復活は先送りになっている感じ。 しげが「これから『ヒカ碁』、つまんなくなるかなあ」と心配していたが、その危険性は確かにある。 これまで「ジャンプシステム」に飲み込まれずに来たこと自体、奇跡のようなものなのだ。というか、あまりにも「人気次第」の編集方針が批判されたために、何となく誌面自体が以前より遥かに「緩やかな」雰囲気になっていたのがよい方向に作用していたのかもしれないが。 でもあまり露骨な「引き伸ばし」はしてほしくないのだけれど。
コンビニで、サバのミソ漬け・ハンバーグ・揚げだし豆腐を買って帰るが、しげと分けて食べようと思ったのに、「要らない」と言われる。 おかげで全部食わねばならなかったが、多分これで一日の摂取カロリーをオーバーしたことは間違いない。 じゃあ、食わないで残しておけばいいじゃん、と言われちゃうとグゥの音も出ないのだが、この「残しておく」ってのが性格的にできないのよ。
マンガ、秋月りす『OL進化論』18巻(講談社・540円)。 今でこそ、4コマ誌が乱立して、OLモノで可愛い絵柄なのに不倫も描けばセクハラも描く、なんてのはごくフツーになったのだけれど、そのハシリの一つがこの作品だったのではないか。 モーニングに連載、というところが、いわゆる「4コマ誌」のマンガと一線を画している面があったのかもしれない。 18巻経っても変わらないように見えるこのマンガも、少しずつ様変わりしている。以前は毎回のように書かれていた「社長秘書令子」シリーズは殆どなくなった。 代わりにやたらと書かれているのが「35歳で独身で」シリーズ。似たようなネタの使いまわしなのだが、よっぽど作者が気に入ってるのか、多い時には1回に2、3話書かれることもある。 もうちょっとだけ穿った見方をしてみると、これって、連載開始の10年前に比べて、「結婚しない女性」が圧倒的に増えたという時代の変化を写した結果であるのかも。 ……でも、現実に私の周りに限って見渡してみた場合、どっちかっつーと、ポコポコ結婚してヤンママってケースのほうが多いんだが。 こういう4コマ、
マンガ、柴田昌弘『斎女(ときめ)伝説 クラダルマ』1・2巻(少年画報社文庫・620円) 『ブルー・ソネット』のころは結構ハマって読んでいたのだけれど(何しろ企画モノLPまで買ってた)、主要キャラをあまり必然性もなく軽く殺していく作風が何となくイヤになって、柴田さんの作品、しばらく読んでいなかった。 和田慎二と同じで「解説的セリフが不自然」という欠点もあったし。 けれど、文庫になったのを機会に初めて読んでみたのだが、設定やストーリーに破綻は多いけれど、マンガの持つエネルギーというかパワーはやはりたいしたものだと言える。 性のパワーを使い、日本の歴史を影から支えていた「斎女」の一族、それに敵対し、世界を征服しようとするシャクティ教団。 作者自身、「あの宗教団体とは一切関係ございません」と断っているが、偶然とは言え、結構あの事件と似ちゃったのがこの作品の不幸だったのかも。 けれどちゃんとマンガとしての節度は守っていると思う。なんたって、ヒロインの由麻はそういう性のパワーが横溢する中にあって、汚れなき乙女でありえているのだから。 ……でもやっぱり、意味なくキャラが死んでいくんだよなあ。 好きな女を助けに来て、逆にシャクティ教団に獣人に改造され、無駄死にどころか足手まといになって殺される太刀掛なんてキャラを見てると、この作者、もともと自分の作ったキャラに愛着持てないタイプなんじゃないかって気さえしてくるぞ。 そういう展開は和田慎二だけにまかしとけばいいのに。
CSファミリー劇場、『チャンピオン太』第1話『死神酋長』。 昨年、『オタクアミーゴス』でアントニオ猪木の登場シーンを中心に見ていたのだが、改めて全編を見ると、脚本のいい加減さがよく解る。 なにしろ、出だしからして物語のセオリーってものを全く踏んでいない。 来日する死神酋長(猪木)、プロモーターは「あの憎い力動をやっつけちゃってくださいよ」なんて言ってるが、何が理由でそんなに力道山を憎んでるのか一切の説明がない。 肝心の主役、太と力道山の出会いのシーンも全くない。いきなり、力道山のジムに太はいるのである。 酋長を呼んだプロモーター、なぜか孤児院の権利も狙っていて、イヤガラセをするのだが、そこへ偶然通りかかった太にコテンパンにやられる。 その孤児院にはルリ子さんという可愛い少女(タイガーマスクと同じやん)がいるのだが、せっかく助けてもらったのに、「乱暴する人嫌いよ!」と太は嫌われてしまう。 ……コラ、女、助けてもらえなかったらオマエが危なかったんだろうが。 プロモーター、復讐のために、いきなり「暴れ牛」をけしかける(ツクリじゃないぞ、本当だ)。 この牛が私には可愛い雌牛にしか見えないのだが、太はこの牛を投げ飛ばし殺してしまう。ああ、哀れ(このワザがノックアウトQであることが説明される)。 ……これ、やっぱりマス・オーヤマの話を元にしてるんだろうけど、江戸時代じゃあるまいし、現代日本で「暴れ牛」はないだろう、「牛」はよ。 あまりに無理がありすぎるが、設定を変えられなかったのは原作の梶原一騎の意向なのか? 更に腹が立つのが、ルリ子さんの態度。先ほどとは一転して、「ありがとう太さん!」。……オイ、コラ、このアマ、牛なら殺してもいいんかい。 この後、試合があって酋長は力道山に敗れるが(おいおい、酋長のモヒカンのカツラが脱げてるがな)、ジムに復讐のために殴りこみにきた酋長、太のノックアウトQに破れる。この時、酋長、というか猪木の顔に「牛」がオーバーラップするのが大笑い。 ……なんだか書いてるだけでバカな話、としか思えないが、これ、CSで全部ちゃんと放映する気だろうか。 ちなみに、力道山の声は、塩見竜介氏がアテレコしておりました。
『水戸黄門』最終回、市川崑のオープニングを見て、しげ、ウケている。見事なくらい、音楽に合ってないのだもの。 最終回ということで、藤井紋太夫が死ぬのだが、史実と違って、なんと黄門に切られずに、切腹してしまう。黄門を殺人者にはしたくない、という配慮かもしれないが、こういうのを姑息な手というのだ。 改めて史実を知った者には、「黄門って、本当はただの人殺しだったんだ」と逆に悪い印象を与えてしまうだけじゃん。
WOWOW、急遽、相米慎二監督の追悼特集で『ションベンライダー』をオンエアー。 なんだか二十年振りくらいに見たが、やっぱり全然つまらない。 いじめっ子が誘拐されたからって、そいつを助ける主人公たちの気持ちが画面から伝わってこないのだ。 ……アップの使い方も知らないドシロウトなのか? なぜ押井守はこんなクズ映画にコンプレックス抱いちゃったかなあ。謎だなあ。
『ドリフ大爆笑』などを漫然と見ながら寝る。 もう意識が混濁していたので、内容はあまり覚えていないが、長山洋子、伊藤智恵理、松本伊代、といったアイドルの歌、全然知ってるものがない、ということはかろうじて覚えている。 ……「オチメアイドルの墓場」と言われてたのも納得するような。
2000年09月17日(日) クウガと絶叫としゃぶしゃぶと/『少年探偵虹北恭助の冒険』(はやみねかおる)ほか
| 2001年09月16日(日) |
オタクの輪ッ!……古い(^_^;)/『(週)少年アカツカ/おまわりさんを追いかけろ!号』(赤塚不二夫)ほか |
夕べはマジでぶっくたびれていたのだが、これ以上、日記の更新は遅らせられぬと気張って日記を書く。 だもんで、ほぼ半徹夜。 朝方にはもう睡魔に襲われていたのだが、今日は『パワーパフガールズ』があるのだ、『コメットさん』を見るまでは寝れぬ、寝れぬぞと気張っていたが、意識は朦朧、どの番組も断片的にしか記憶がない。 なんか記憶違いがあったらごめんなさい。 『パワパフ』、前半は『おさらい ステキな博士』、つまりは総集編。 これまでにもガールズの活躍に焦点を当てたもの、悪役たちをフィーチャーしたものなど、総集編は何度か放送されてるが、これ、全部日本語版だけのものらしい。 ああ、となるとDVDが発売されたとしても収録されない可能性は高いなあ(もともと小堺一機のナレーションつきになるかどうかも判らないのだが)。やっぱり全話がんばって録画しておくべきだったかなあ。 予想通り、ダイナモが再登場。これだけのキャラがわずか1話で使い捨てってのは贅沢なアニメだよなあ。 後半、『ワルイことはイイこと!?』、タイトル通り、プリンセスが父親の金の力で全タウンズビルシティーを買い上げて、市長におさまり、犯罪者が罪に問われない法律を作る、という話。 うわあ、この話も何かに元ネタがあったことは確実なんだけれど全く思い出せない。魔女っ子ものとかによくありそうなんだけどなあ。 ガールズはこの法律を逆手にとってプリンセスを懲らしめるのだけれど、このオチの着け方まで、何かにあったよなあと喉元まで出かかっていて、思い出せないのである。ああ、モドカシイ。 どっちかと言うと「トンチもの」に近いネタだからなあ。……もしかして『一休さん』か?
『仮面ライダーアギト』33話、もうあと20話を切ったせいか、ようやく話が転がり出す。 アンノウンの目的は、氷川が唱えていた「超能力者たちの殺害」にないのではないかと推理する北條。見ている視聴者は、難船した「あかつき号」の乗客たちに超能力が発動したことを知っているから、北條の疑問に納得する仕掛け。 この辺、北條をただの無能でイヤミなだけのライバルに終わらせまいとする脚本家、井上敏樹の配慮が心憎い。まあ、こいつがダメなままで終わってもそれはそれでいい役割だが。 『あかつき号』の乗員たちを次々に殺していたのが、アンノウン・エルロードに憑依されていた真澄だということも今回判明。と同時に、エルロードが実体化して真澄は死ぬ。このあたりの畳み掛けるような展開がなかなかにドラマチックである。 真澄役の平岩紙(スゴイ名前だ)さん、松尾スズキさんの劇団『大人計画』の女優さんなんだなあ。 これまでヒステリックな演技ばかりだったのが、自分自身が仲間たちの殺害犯と知って苦悩するあたりの表情がなかなか好みで、ヘタ揃いの主役陣の中にあっては結構いいかも、と思っていたのだが、今回で退場。 う〜ん、ちょっとモッタイナイ。 ともかく展開が早まったのはありがたい。できればそろそろ再生怪人軍団を……ってのはさすがにムリか。
『コメットさん』第25回『忘れちゃった輝き』。 何でそこまでハマってるんだ『コメットさん』という声がどこかから聞こえてきそうだが、気にしない気にしない♪ 前回、地球へやってきたはいいけれど、いきなり二人揃って不登校になっちゃったタンバリン星国の姉弟ミラとカロン。 ミラはコメットさんの、そしてカロンはメテオさんの(^_^;)ところにホームステイすることになったのだけれど、どうしたら二人を学校に行かせることができるか、コメットさんとメテオさんとでは、やり方が全く逆。 メテオさんは、ともかくスパルタ、カロンを星力でさんざん痛めつける。 「どうしたの!? だらしないわね!」 ……って、そりゃずるいよメテオさん。 まあ、そこがメテオさんらしくていいんだけど(^^*) 。 実際、メテオさん目当てで見てるファンの方が絶対多いよな。 ……最近になって気がついたんだが、このコメットさんとメテオさん、二人のライバル関係、まんま『バトルロワイヤル』の前田亜季と柴咲コウのキャラにダブってんだな……っていうか、『バトロワ』のキャラ設定自体、実は古典的なキャラ構成で出来上がっていたのだ。 あの映画、残酷描写ばかりでなく、物語としてよくできている点をもっと評価してもいいと思う。
それはさておき『コメットさん』。 地球の学校に行ったことがないコメットさんは、どんなに辛いところか興味津々。ミラに変身して学校に行くけれど、やる気のない、受験偏重主義の先生の授業なんて、全然つまらない。つい、ホンネで「つまんない!」と叫んじゃったけど……。 先週、解決できなかった問題を今週まで引いたけれど、魔法少女アニメとしては、この解決方法は正解。 「現実の問題を魔法で解決するなんてズルイじゃないか」と文句をつけることは簡単だけれど、アニメは別に視聴者のカウンセラーではないのだ。 不登校の問題が、現実の学校が抱えている問題の本質がどこにあるのか、それを象徴的に指摘するだけで充分である。 この「星国姉弟編」、中盤のメインシリーズとして、スタッフも力を入れているようだ。次回がおそらく完結編、こいつは「キラッとお楽しみ」なのだな♪
ついに我慢の限界、あとはずっと昼寝して、目覚めた時はもう夕方6時。 都合、5、6時間は寝た計算になる。 夜更かしは周囲が静かでありがたいんだが(私のウチは福岡空港の近くなので、昼間は騒音がウルサイのである)、昼間寝ちまうんじゃ、結局は時間のムダ遣いだ。本が数冊は読めたろうに、もったいなかったなあ。 AIQのみなさんとの飲み会は7時半の待ち合わせ。 時間に間に合うか、実はちょっと危なかったのであった(^_^;)。
いつもなら天神までは自転車で出かけるのだが、どうせしげが浴びるほど飲むであろうし、ヨッパライを自転車で連れて帰る愚は、前回でつくづく懲りた。 ……夜の町を、うひゃひゃ、がはは、いひいひひ、えしぇしぇしぇしぇしぇ、と笑う女を連れて歩いていたら、マジで警察に職質されてしまいますがな。
というわけで、今日はおとなしくバスと地下鉄で天神へ。 ついつい、地下鉄に乗客のファッションに目が行ってしまうが、これにはワケがある。 昨日の山口きらら博での「オタク講座」で、岡田斗司夫さんが、前三列くらいのいかにもオタクな客を見渡して、「みんなシャツをズボンの中に入れてるね! ウン、いいんだよ、それが正しいオタクの姿だ!」とイジったのだ。 ……確かに、見渡すと、イマドキの若者たち、みんなシャツを外に出している。私の若いころには全く見られなかった光景だ。 と言うか、感覚が私の若いころと全く逆転しているのだ。シャツ出しなんて、「だらしない」「みっともない」って感覚しかないしなあ。 いったい、この時代の激変はいつ起こったんだ? 私ゃ、気がついてもいなかったぞ。観察力がなかったのかなあ。 学生さんも、うら若き乙女も、みんなシャツ出ししている。 斉木しげるさんじゃないが、「近頃何か、革命でもあったかね?」(by『ゴム脳市場』)と言いたくなるぞ。 ……私も昨日はしっかりシャツを入れていたのだが、なんだか今日はシャツを出してなきゃいけないような気になってしまった。ううむ、『クレヨンしんちゃん』は平気で映画館まで見に行けるのに、この程度のことで心がグラツクとは、まだまだ修業が足りないなあ。
7時前に着いたので、福家書店を冷やかして行く。 しげ、『フルーツバスケット』の1巻を立ち読みして、「つまり、バカな女がなぜかいい男にモテるって話か」と、ヒトコトで切り捨てる。 昨日の「オタク講座」で、岡田斗司夫さんが「小学生に受けてる」と紹介してたので、読む気になったものか。 「……このトシになると、こういう女って腹立つだけだけど」 しげはそう言うが、小中学校のころの女の子ってものは、ちょうど「女のくせに」なんて言われ始める頃で、現実以上に自分を卑下して見てしまうものである。「キミはバカじゃないんだよ、素直なだけなんだよ」と庇ってもらえるマンガがあればすぐに飛びついちゃうものだろう。 確かに、しげぐらいになると、もうちょっと捻って、“バカな女が全くもてない”『ハッピーマニア』みたいな作品じゃないと感情移入しにくいのだろうな。 けどアレだって、捻っちゃいるが、「女はバカでいい」と言ってる点では『フルバ』とたいして変わらんぞ。
7時15分、天神大丸前で待ってみるが、どなたの姿も見えない。 念のためにと、携帯でエロの冒険者さんに連絡を入れてみると、真正面のバス停に既に集まっていらっしゃったのだった。 地下鉄工事が間であっていたので、気がつかなかったのである。 タクシーに分乗して、清水四つ角の「赤鳥」という居酒屋へ。エロさん、ぴんでんさん、しおやさんの行き付けの店らしく、お酒が「脂身三兄弟」の名でキープしてある。\(^▽^@)ノ でもぴんでんさん、退院してすっかり痩せられているのだが。 毎度毎度、酒が飲めない私にとっては新鮮なところばかりで楽しい。
今日のメンツは、エロさん、いちろうさん、ZUBATさん、遅れて、ぴんでんさん、しおやさん。 いきなり、エロさんから「今度のオタアミ、スタッフとして参加してほしいんですけど」と頼まれ、しげともども、思わず二つ返事で引き受ける。 けれど、正式スタッフになるということは、しげと私の二人分のチケット代がAIQに入らなくなるということでもあるのだ。「チケット代も払いますよ」と言ったのだが、固辞されてしまった。 やれやれ、こうなると出来るだけこちらのほうでも販促しないとなあ。でも翌日がコミケってのがネックなんだよなあ。ウチの劇団の連中、殆どコミケの準備で、前日にオタアミ見てる余裕なんて、まずないのである。 修羅場じゃ修羅場じゃ。
とりあえず乾杯。突出しのつくねが美味い。 初めはエロさんが『オトナ帝国の興亡』の同人誌を回覧したり、11月の「オタアミ」のチケットの説明などして、穏やかに駄弁っていたのだが、例によって例のごとく、気がついたら話は縦横無尽、ネバーエンディングなオタク・バトルロイヤルへ。
しげとZUBATさんは、予想通り『パールハーバー』話で盛りあがる。 私が「やっぱりアレは見たほうがいいんですかねえ」と言うと、「ZUBATさん、「始まって1時間20分経って入るといいですよ」とアドバイスを戴く。 ホントにいいのかなあ、それで(^_^;)。 しげが反発して、「ええ〜っ? ダンが出ない3時間があるから、ダンの5分がステキなのに」とムチャクチャなことを言う。途端にZUBATさんが「却下!」 私としげの会話も、よく「漫才みたい」と言われるが、それは単にしげが全ての人間に対して「ボケ」たりうるからであって、誰でもしげに「ツッコミ」入れることは可能なのである。
ぴんでんさんとZUBATさんのバトルの楽しさも相変わらず。 『仮面ライダーZO』だの『J』だの『タオの月』だの『人造人間ハカイダー』だの、クズ映画ばかり取り上げて誉めたり貶したり。 というか、ぴんでんさんがただひたすら、誰が見てもクズなこれらの映画群を誉めまくるものだから、聞いてる我々は感心するばかり。 昨日、唐沢俊一さんが「『千と千尋の神隠し』を誉めることなんて誰にでも出来る。オタクがそんなことをしていては、スキルが低いとしか言えない。真のオタクならば、『ガンダム』や『エヴァンゲリオン』の上に『ガオガイガー』を置くくらいでなければならない」と煽ってたからなあ。 ぴんでんさん、唐沢さんのアジテーションに乗せられて、すっかり気をよくしていらっしゃったようだ。 もちろん、好きなものを好きだというのに誰憚る必要はないのだ。 「『ハカイダー』には宝生舞が出ている、これで全てを赦す!」と言い切るぴんでんさんの態度には「勇士」という言葉が相応しい。 反作用的に、ZUBATさんがぴんでんさんの「ダークサイド」にされてしまったのはお気の毒であったが。
ぴんでんさんには、新作『009』の情報も色々教えてもらった。 声優さんが新人ばかりだとか、来月放送なのにまだ○話までしか出来てないとか、キャラデザインの紺野直幸さん、コアなファンが(つーか、鳥さん)が、「1巻のころのデザインじゃないと認めん!」と騒いでいるのを聞いて落ちこんでるとか(^_^;)。 自他ともに認める石ノ森ファンのぴんでんさん、「『009』の移民編のオリジナル版、手に入れるまで7冊も買っちゃいました」とサラリと仰っている。若い世代の方には、そういう苦労もあるのだなあ。
エロさん、最近チャンネルNECOの「東宝」「新東宝」「日活」の映画にハマっていて、その魅力をトウトウと語る。 『大盗賊』と『カリ城』の類似性や、『大阪城物語』の地平線を埋め尽くす軍勢を映像にした当時の映画界の底力などなど。 私も「戦後東映時代劇全てクズ論」をぶち上げたりはするが、戦前からの時代劇ファンには別に目新しくもない説であり、はっきり言えばウケウリである。オリジナリティのある意見とは言えない。 エロさんはきちんと映画を見て、自分のコトバで喋っているのだ。半可通な知識だけでモノを言っている自分が恥ずかしくなってくる。
まあほかにも柴門ふみや、いしかわじゅんの悪口なんかでしおやさんと盛り上がったりもしたのだが、キリがないのでこのへんで。
ただ、もう一つ、これはどなたのことかは、一応匿名にしておこうと思うのだが、話がちょっと脱線しちゃって、オタクのオナニー話が始まった時の逸話(^o^)。 「だいたいよう、30過ぎてよう、オタクがオ○ニーの一つもしてないわけないじゃんかよう」 「じゃあ、今もウチでしてるんですか?」 「してるに決まってるじゃんかよう」 「してる最中に家族の方が来たらどうするんですか?」 「バーカ、バーカ、ドア開けっぱなしでやってるわけないだろう、鍵しめてやってんだよう」 「じゃあ、親御さんが、ドア、トントンってノックして、『○○○、どうしたの?』って聞いて来たら、どうするんです?」 「途中でやめるよ」 「やめるって、……できるんですか?」 「そりゃ、ちょっと仕舞って」 ……仕舞って、後で再開するのだろうか(^_^;)。 そこまで突っ込んで聞いてみたかったが、笑いすぎて、その先は聞けないのであった。 でも、あれだよなあ、あの○○さんの、あの豪邸の、あの大画面で美少女アニメ(とも限らないだろうが)上映してナニするってえのも、大迫力だろうなあ。 音声ボリューム、最大にしてたりして。
関係ないが、「オナ○ー」という言葉、ほかにも数限りない呼び方があるにもかかわらず、なぜかオタクは「○ナニー」に固執しているような気がする。 「せ○ずり」も「マ○かき」も「五○組」もめったなことでは使わない。 ひたすら「オナニ○」である。オタクの心をくすぐるような語感がここにはあるのであろうか。
名残は惜しいが、11時に散会。 しげは、いつの間にかカルピスサワーだのなんだのを5、6杯は空けていて、やっぱり二日続けて酔っ払い。 タクシーを呼んで帰るが、ウチに着いても私がトイレに入ろうとすると、「うひひひひ、トイレだって、トイレ〜」と絡まれる。 だから、その、笑いながら絡んでくるなってば、怖いんだよ、気がフレタかと思って。
マンガ、赤塚不二夫『(週)少年アカツカ/ナンにも考えずに笑いたい時には…おまわりさんを追いかけろ!号』(小学館・300円)。 週刊と言ってるくせに2週間に1回しか出ない『少年アカツカ』の第3号。 ニャロメ、バカボンのパパに続いてフィーチャーされるのが、「本官さん」こと、「目ン玉つながりのおまわりさん」もしくは「日本一ピストルのタマを使うおまわりさん」。 ……のわりに、彼の本名が「白塚フチヲ」であることが明かされたり、実は彼が「私設警官」であるという設定を紹介したエピソードが収録されていない。 かと言って、それらが「面白い」かと言われるとそうでもないので、まあ、赤塚作品の代表作にはたいてい出演しているということが一望できるだけでも価値はあるかな。 第一、そんな裏設定、作者自身が忘れてるに決まってる(^○^) 。
今回の収録マンガは、『もーれつア太郎』『天才バカボン』『天才バカボンのおやじ』『ギャグゲリラ』『レッツラゴン』『おそ松くん』の6本立て。 このうち、『おやじ』と『おそ松』に本官さんは登場していない。 初期の『ア太郎』のころは、本官さんも後期ほどには狂気に走ってはいない。 ピストルこそ撃ちまくってはいるものの、ごくマットウなおまわりさんで、ニャロメに制服とピストルを盗まれるあたり、随分お人好しだったりもする。 このキャラクター、当時「警官をバカにしている」という事でクレームがついたらしいが、それがかえって本官さんをどんどんヘンなキャラクターに変えさせていった原因ではなかったのか。 スケベで金の亡者で、どうやら露出狂でホモでもあるようだ。……ここまで開き直られると、警察も「この作者にゃ何を言ってもムダだ」ってことになったんじゃないかな。 ラストの『おそ松くん/脱獄はふたりで』は、まんま、映画『手錠のままの脱獄』のパクリ。前々回の『約束』といい、過去の「名作」に倣うことに余り目くじらを立てられずにすんでいた時代だったんだなあ。
2000年09月16日(土) 電波とスケルトンと二人乗りと/アニメ『バットマン マスク・オブ・ファンタズム』
| 2001年09月15日(土) |
オタクなばーすでぃ/映画?『スペースカッタ2001』in「山口きらら博」ほか |
9月15日、敬老の日&しげの誕生日である。 「トシヨリは大切にしなくっちゃね」と言ってしげをからかえるのも、今年までなのかな。来年からはその週の月曜日に移動するかもしれないって話だし。
誕生日のイベントということで、しげと「山口きらら博」に行くことにしているので、朝もはよから6時の起床。 お目当てのオタクアミーゴス番外公演、「きららにオタク講座」は夕方4時からなのだが、それまでにもあちこちの展事物など見ようよと、しげを説得したのだ。 だが、予想通り、しげは寝不足、機嫌がはなはだよろしくない。 「新婚旅行が『広島アニメーションフェスティバル』で、誕生日が『オタクアミーゴス』?」 なんてイヤミたらたら。 オタクの妻がそういう文句をつけるなよ(-_-;)。 でもしげは、そういうのが本気でイヤというわけではない。実際、しげ自身オタクなんだし、そういうイベントに行けば行ったで、私以上に楽しんでやがるし。 要するにしげは、自分以外のことに私が目を向けるのがジェラしいんだよね。 ……じゃあ、私は、そういうイベントでも楽しくなさそうにしてなきゃならんのかい。
窓の外を見上げると、なんとなく空模様が怪しい。 しげがプンスカしながら、 「ウソつき、天気予報昼から雨だってよ」 「ウソなんかついてね〜や、昼から晴れって昨日の天気予報で言ってたんだから」 昨日から今日にかけて、天気予報にも変化があったのだろう、そんなことまで私のせいにされちゃかなわね〜って。 実際、昼どきにはきれいに冴え渡った秋空に、気持ちよい風が吹いていたのだから、ホントに気象庁は当てにならない。
博多駅で駅弁を買って、新幹線の中で二人で分けて食べる。 もちろん、肉はしげ担当で野菜がしげ担当である。 小郡までは50分程度なので、食事して駄弁ってたら、もう着いた。……しまった、新幹線の中でちょっと寝て、体を休める計画がいきなり狂った。今日はペース配分を考えないと大変そうだなあ。
小郡駅からきらら博直通の送迎バスが10分置きに出ている。往復700円は距離のわりには割高。しかも途中道路が渋滞して、15分で着くというのが40分かかる。 おかげで会場の9時半をちょっと過ぎてしまった。
会場前は人だかりで入場ゲートがどこかすらよく解らない。 地方博はジリ貧って言ってるわりには、このきらら博は結構客入ってるらしいし、山口県はホクホクであろう。 でも入口の人だかりを見て、しげ、途端に機嫌が悪くなる。 ともかく、一定以上に人が集まるところはイヤと言うむちゃくちゃワガママなやつなので、最初は「観覧車あるかなあ」なんて言ってワクワクしてたのが、一転して苦虫噛み潰して飲み込んでオエッと言って吐き出したような顔になっていた。 ああ、こういう時のしげはヤバい。
とりあえず会場の「やまぐちホール」ってのを探しに行ってみる。 ……「ホール」? よくもまあ、そんな適当な名前を付けたもんだ。 客席は吹き抜け、ステージの壁はベニヤ板を貼り付けただけのようなペラペラな、いかにも仮設って感じのところに持ってきて、屋根のまわりを覆ってるアレは……葦簾? 通気をよくしようというアイデアのつもりかもしれないが、ちょっと強い雨でも降ってきたらどうするつもりだ。 しかも客席は背もたれもないただの長いすを並べてるだけ。 こんなのは「Hall」とは言わない。「Hole」(穴)だ。 スタッフが今回のゲストに対してどんな扱い方をしてるかがよく解る。 言っちゃなんだが、去年までのAIQの会場も相当ひどかったが(AIQのみなさん、ゴメンナサイ。でも事実です)、その上を遥かに飛び越えて月面着陸までしそうだぞ。 集まってくる連中も、いかにも穴に群れ集うような汚らしいオタクばかり……って、これは私もそうなので人のことは言えんが。 ああ、これはしげは怒る。きっと怒るぞ。
心配していた通り、10:00から始まった、開田裕治・増尾隆幸両氏による特撮トークショー『怪獣元気伝説』を見ている最中に、しげ、「気分が悪くなった。帰る」と言い出す。 せっかく来たんだから、となだめるが、マジで顔色が悪い。目の下にクマがくっきりである。 仕方なく、トークの最中で、席を立つ。 しげのためにヒトコト弁護しておくが、しげはバカだが、礼儀知らずなやつではない(バカなせいで結果的に失礼なことをすることはしょっちゅうだが)。 体調がもともと悪かったところに持ってきて、東宝特撮映画の予告編上映(これも、白黒版なんぞは光が当たって画面が全く分らないヒドイもの)中、前列のいかにもオタクどもが意味もなく笑うので(なぜ『地球防衛軍』とか『妖星ゴラス』とタイトルが出るだけで笑うのだ。それでオタクのつもりか)、「本当に」気分が悪くなっているのである。 トークされている開田さんには悪いが、しげをつれて空気のいいところに移動。
砂浜を歩き、観覧車に乗ると、しげの機嫌、途端によくなる。 パビリオンの類はどこも混んでいるので寄らず。 観覧車に乗る前に、「記念写真はどうですか?」と係員に請われるままにツーショットを写してもらったのだが、こういう時、しげは決して笑おうとしない。 「私の笑顔って変なんだもん」 「ったって、笑わないからニヒルに見えるわけでもあるまいし」 「……いいじゃん、ニヒル好きなんだから」 ……ニヒルなつもりだったのか。 断言するが、しげの仏頂面を見てそれを「ニヒル」なんて好意的に解釈してくれる人間は百億人に一人もいまい。 どうせアホ面なんだから、せめて愛嬌くらい見せればいいのに。 観覧車を降りると、記念写真、「1000円です」と言われる。 ボリゃあがってこんガキャ、と内心思うが、カメラの類を一切持って来ていないし、せっかくしげの誕生日なんだから、と買うことに。 出来あがった写真、やっぱりしげはいかにもつまんなそうな顔で他人行儀、日頃私にベタベタくっついてくるような気配がカケラもない。こういう写真を見たら、絶対この夫婦、不仲で離婚寸前なんて勘違いしちゃうんだろうなあ。
開田裕治さんの原画展があるというので探してみるのだがなかなか見つからない。ギャラリーの近所をぐるぐる回って、ようやくプレハブのようなスタッフルームの一角に、ちんまりと展示してあるのを見つけた。 スペースは四畳半ほどもない、向こうじゃ事務所みたいなところでスタッフがウロウロ。とても原画を鑑賞する雰囲気ではない。普通、こういう原画展になら置いてあるはずの案内のチラシだってないのだ。 ……こりゃ複製原画の即売会よりヒドイぞ。 ホールの件もそうだったが、あとで開田あやさんの日記などを見たところ、スタッフが展示会場を確保するのを忘れ、更には信じられないことに原画の扱い方も全く知らなかったそうである。 それで当日の案内のチラシにも、展示会場のことが書かれていなかったのか。 山口県人、バカの集団か。
やまぐちホールのところまで戻ってくると、AIQのみなさんとオタクアミーゴスのお三方がお話されている。 ご挨拶に行くが、アミーゴスのお三方とはお会いしたことは一度しかないし、馴れ馴れしくするのもなんだよなあと会釈のみ。多分、私がだれだかもわからなかったであろう。 眠田さんには同人誌のこともあり、お礼を申し上げたかったが、それはオタアミ公演の時に持ち越そう。 生で初めてソルボンヌK子さんのご尊顔を拝したが、冗談じゃないって言いたいくらいの美人。なんかもう、これだけで山口くんだりまで来た甲斐があったような。
ちょうどそのとき、山口名物かぼちゃのソフトクリームというのを食べていたので、「またいきなりそんなものを」とAIQの方々にからかわれる。 名物は貶すために食うもんだと思っているが、意外にこれが美味かったのだ。でも土産に持っては帰れないのがネック。 これが山口で取ったほぼ唯一の食事だったな(あとでしげとタコ焼きと焼きそばを分けて食ったが、もちろん美味いようなものではない)。
しおやさんから「『スペースカッタ2001』はご覧になりましたか?」と聞かれるが、まだであると答える。 アミーゴスのみなさんは、そそくさと見に行かれていたし、私も話のタネに見てみたいと思っちゃいたのだが(出来について期待はしていない。自治体主導のプロパガンダ映画にいいものがあるわきゃないのだ)、しげがともかく「つまんないモノを見なきゃならんのか」とブータレていたので、入り損ねていたのだ。 夕方のオタアミ公演で触れることは間違いないし、見てみたいんだけどなあ。
公演まではまだ間があるので、その場を辞去して、また会場をぐるぐる回る。 小高い芝生の上で横になっていると、眠くなってくる。 しげは、昼からの影山ヒロノブのコンサートもここで聞ければいいという。 確かに涼しいし、のんびりは出来るが、パビリオンの一つも見ないで帰るってんじゃさすがにつまらないなあという気がしてくる。 そういう雰囲気を察してか、しげがようやく「『カッタ君』……見てもいいよ」と言い出す。 どうせ私が「ああ、『カッタ君』見られなかった、見られなかった」とあとでブチブチ文句を言うだろうと見越して、節を折ったのであろうが、別にそんなことするつもりはないんだけどなあ。 ともかく、しげの元気もようやく治ってきたようだし(眼の下のクマも消えた)、『スペースカッタ2001』を見に、宇部市館に向かう。
宇部市館、まあまあの人気のようで、30分ほど待たされて入場。 最初は舞台にではなく、「宇部市の歴史」なんかをパネル展示している部屋に通される。 地方の歴史を見るのは好きなほうなのだが、本当に歴史のない街らしく、古地図がちょっと紹介されているだけ。 どこの歴史資料館でもそうだが、モノを展示するだけで、歴史をどう面白く見せるかってことに腐心していないのは営業努力が足りないと思う。 どうせなら、宇部がこれまでに(そして今も)どれだけ公害を垂れ流してきたかってこと、微に入り細に入り展示してみせりゃ、感心したのになあ。 宇部市のキャラクターでもある「カッタ君」ってのがなにかと言うと、どこぞの池で飼ってるペリカンのことなのである。セメントと公害のイメージの強い宇部って所を「自然の街」として認識してもらおうって魂胆なんだろうが、まあ、ムリな話だ。 ペリカンがなぜ「ペリ公」とか「ペンペン」でなく「カッタ君」なのかはよく知らない。多分「かった○」でも患っているのであろう。 で、ようやく入れた『スペースカッタ』、出来はどうだったかと言うと、まあ予想通りなのであった。
内容はCG特撮と着ぐるみショーを合わせたチープなもの。 宇宙の帝王だかなんだか知らないが、地球を汚染するタネを植えつけようと飛来してくるのを、カッタ君と、かぐや姫、花さかじいさん、一休さんが合体して倒すというしょーもない話なのだが、いちいちそのキャラクターに意味付けがされてるのがバカバカしい。 つまり、カッタ君は「市民」の代表、かぐや姫は「行政」、花さかじいさんは「産業者」、一休さんが「学者」の象徴だそうな。 で、宇宙の帝王が公害だとすると(このデザインがいかにも汚水で変異した魚っぽい)、「これまで環境を汚染しまくってきた歴史を、みんなでよってたかってなかったものにする」話ってことになるわけだね。 帝王を倒したあとのカッタ君のセリフがまた、「ボクたちはみんなの心の中にいるのです!」だとさ。そりゃいるだろう、過去の傷をなかったものにしたいのは人間共通の願望だものな。 ……誰だ、脚本書いたの。全く、いい根性しとるわ、宇部市。 かぐや姫だけ西村知美が地顔で演じているのだが、宇部市出身ということでの起用らしいが、ほかにいないのか、宇部のタレント。 どうせなら同じく宇部出身の庵野秀明に監督させりゃ(『スペースカッタ』の監督は川北紘一)、ラストはもう少しマシなものに……なるわけないか(^_^;)。
ちょうど同じ回を岡田斗司夫さんがご覧になっていた。 直後の何とも言えない微笑が印象深い(^^*)。
やまぐちホールでは、まだ影山ヒロノブ&遠藤正明によるアニソンライブショー「アコギな二人旅だぜinきらら」ってのをやってるが、出来るだけ空気のいい場所に座ろうと思って、早めに行くと、会場脇の休憩所で、AIQの方々とお会いする。 しげの誕生日をみなさんに拍手してもらって、しげ、照れる照れる。 しばらく談笑して、会場へ。 ぴんでんさんが、午前中、開田さんのトークを途中で退席した話を聞いて、「私なら、自分だけ残りますが」と仰って感心されていたが、別に私が特別に女房思いというわけではない。 ほかの日なら私もそうするが(笑)、今日はしげの誕生祝できらら博に来たのだから、しげの意志を優先しただけのことだ。
さて、本日のメインイベント、「きららにオタク講座」、岡田斗司夫・唐沢 俊一・眠田直、「オタクアミーゴス」でおなじみの御三方によるトークショー。 残念ながら内容については「ホームページ」等には書かないように、ということなので、書けない。でも、唐沢俊一さんの日記や開田あやさんの日記には、経緯が裏事情も含めて詳しく載っているので、そちらをご参照のほどを。 しかし2時間トークのみのぶっ通しの喋り、ご不満もいろいろあったろうに、ショーを盛り上げようというみなさんのプロ根性はさすがである。
体力も使い果たしつつあるので、公演終了後AIQのみなさんへの挨拶もそこそこに、再び慌しく新幹線に乗り込んで博多へ。 7時半過ぎに博多に着き、待ち合わせしていた父と姉と中華料理。 しげ、浴びるように酒を飲む。空腹だったせいか、あっという間に酒が回ってしげフラフラ。 バスで帰る予定をタクシーに切り換えて帰宅。 しげはいつもの笑い上戸で、うひひ、けらけらと笑いながら寝る。 ……疲れるやつだ(-_-;)。 まあ、楽しんではもらえたようだし、一応、誕生祝としては無難な線で落ちついたのではないか(でもないか)。
マンガ、富沢ひとし『エイリアン9』1巻(秋田書店・540円……でも「BOOK・OFF」で買ったんで300円)。 アニメDVDがなかなかの出来だったので、単行本も探してみた。 ヤングチャンピオンコミックスだったんだなあ、これ。道理で巷で見かけない(^.^;)。 初版が2年前の3月。そう時間が経っているわけでもないのに、『ミルククローゼット』とは絵柄が相当に違う。 っーか、驚いたのは、現在の絵よりも、遥かにデッサンがしっかりしていることだ。目の外輪線も歪んでいないし、口も鼻梁と顎を結んだ線上にある。今の絵と比較すると、随分と落ちついた印象の、可愛らしい絵だ。描線自体を美しく丁寧に描こう、そう考えていると思しい律儀さすら見える。……最初の1、2話くらいまでは。 ところが、2話の後半くらいから、『ミルク』のあの「歪み」が頻繁に現れてくる。線そのものが歪み、目と口は顔の両極離れてどんどんヒラメ顔になっていく。と同時に、エイリアンを殺す描写もどんどん残酷度を増していくのである。
友人から「このマンガ、お前さんの好みじゃないか」と言われたことがあるが、確かにアニメイトされた揺らぎのない絵柄の方は好きだと言えなくもない。けれど、マンガの方の「痛み」を連想させる絵は、作者の意図は理解できるものの、好きだと積極的には言い難い。 ……『ミルク』もそうだけど、どうしてこう、この作者は女の子が眉間にシワを寄せて怯える絵ばかり描くかな。勝手な想像だが、この人、エロマンガを相当描いてきているのではないか。それも少女強姦ものとか。 もしかしたら作者は、その「怯え」の表情を通して、「少女の心の暗部」をマンガに表そうとしているのかもしれないが、ただ単に、女の子を苛めるのが好きなだけじゃないかって気もしてくる。
次々と学校に飛来してくるエイリアンを倒していく「エイリアン対策係」。 オトナがどうしてそんな危険な係を学級委員の一環みたいな形で小学生にやらせているのかとか、どうして恐怖心の塊のような大谷ゆりにその御鉢が回ってきたのかとか、対策係の久川先生本人がエイリアンっぽいのはなぜかとか、語られていない謎はいくらでもあるのだが、残念なことに、それが物語を牽引するマクガフィンになり得ていない。 どうとでも説明が付けられる適当な謎なんて、ただの「思わせぶり」にしかならないんだけどなあ。
2000年09月15日(金) ネパールとサウスパークとおだてブタと/『ブタもおだてりゃ木にのぼる』(笹川ひろし)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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