無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年09月14日(金) カリメンしげ/『モーツァルトは子守唄を歌わない』1巻(森雅裕・有栖川るい)

 昨日から雨続きで、仕事の行き帰りはタクシー。
 ううむ、明日は山口きらら博に行かねばならぬというのに、また余計な散財。
 給料日はまだ1週間も先なのだぞ。私を日干しにする気か……って、雨天だったな。f(^_^)ポリポリ。

 鬱陶しいと、気晴らしがしたくなるのか、タクシーの運ちゃんとも話が弾む。
 ちょうど帰りのタクシーのラジオから「武蔵丸破れました!」と流れてきた。
 「ああ、負けちゃった、最近の横綱を弱くなりましたたねえ」とついネタを振っちまったもので、気がつくと、「栃若時代はよかったですねえ」なんて話をしている。
 実は私ゃ、太鵬・柏戸の時代には間に合っているが、そこまでの年寄りではない。相手がご年配だったので、つい知識だけで喋ってしまったのだ。
 でも、まんざらウソをついたというわけでもない。
 テレビでちょくちょく流れる「大相撲名勝負」の類で、栃錦の相撲も先々代の若乃花の相撲も見ているし、何より母からそのころの相撲の話は結構仕込まれているのだ。「講釈師、見てきたようなウソを言い」ではないが、なんなら双葉山あたりまで遡って語ることだって出来る。

 不思議なことに、20代以上の誰に聞いても、「相撲が面白かったのは千代の富士まで」と異口同音に答える。多分それは正しい。
 それこそ「栃若」だの「輪湖」だの、「ナントカ時代」とマスコミは煽りたがっていたが、「若貴」のころにはもう世間も「ムリ」を感じていたのではないか。
 NHKのアナウンサー、勝負が決まった瞬間、解説することすら忘れて「強い!」とだけ口にしてあとの言葉が出て来ないことが時々あったが、貴乃花にそれをやった時には、「いくらなんでもそりゃウソだ」と思うようになっていた。
 時折、相撲の八百長疑惑が思い出したように囁かれていたが、実際に関取たちが勝負している姿を見れば、熱心な相撲ファンは「八百長なんてあるもんけえ!」と、口角泡を飛ばして否定していたものだった。なのに、若貴時代にはそれがなくなった。「若貴だけはしていない」とという言葉のほうが絵空事に聞こえるようになっていたのだ。
 ……八百長疑惑も、二子山部屋のスキャンダルも今の相撲人気の凋落と関係があろう。だがそれ以前の藤島部屋と二子山部屋の合併、これが一番のガンであったと今なら確実に言える。同部屋どうしの取組は行わないというあの「公然たる八百長」を仕組まれたあとでは、それまでの純真なファンは、ファンでありつづけることができなくなってしまったのである。
 「……そのうち横綱がモンゴル人ばかりになっちゃうんじゃないですかねえ」
 運ちゃんがそうしみじみと呟くのを聞きながら思うのは、「別にそれでも構わないよなあ」ということだった。「日本人の血」を第一とする旧弊な相撲界のしきたりが、ある時は力道山に、ある時は小錦に涙を流させたことを考えると、これ以上くだらぬところに相撲界が堕していくのがあまりに情けなく思えたからである。


 しげがついに自動車の仮免を取った。
 「一発で取れたよ!」
 顔写真、実に仏頂面。まあ、免許証の写真がニッコリしてる必要はないにしても、身分証明にもなるんだから、もちっと愛想のある表情をしたっていいと思う。
 「今日から私のことを『カリメン』って呼んでいいよ」
 「カリメンしげ」ってか。『時には母のない子のように』でも歌う気か。
 ……誰が呼ぶか(--#)。

 しかし、今日は午前中はずっと教習所、夜は仕事、明日は丸一日「きらら博」だというのに、しげは寝る間が殆どないのである。
 「どうして前日くらい休みをとっておかないんだよ」と言ってふと気づいたが、きらら博に行くことを決めたのはつい先日のことだったのだ。
 いきなり休みを入れることなんて、簡単にいくわきゃなかったのである。
 しげ、「今日、仕事から帰ったら、朝まで2時間くらいしか寝れん」とぴーぴー泣くので、「新幹線の中で寝ればいいじゃん」と言ったら、「そんなモッタイナイ!」と言下に否定された。
 そうなんだよ、こいつ、目的地で遊ぶことよりも、新幹線に乗ることのほうが楽しいってやつなんだよ。
 ……なんでいつまで経っても精神年齢が小学一年生で止まったままなのかなあ。


 テレビは相変わらず「米同時多発テロ事件」(名称が今一つピンと来ないなあ)のニュース一色。
 ブッシュ大統領は、「ウサマ・ビンラーディンを首謀者と判断しない根拠はない」と明言、さらにこれは「21世紀最初の戦争である」とも言いきった。
 米議会は武力報復に向けた正式な宣戦布告を大統領に求める決議案を上程し、国防総省は予備役招集を検討し始めた。
 ははは、アメリカは「喜んでいる」ねえ。
 皮肉でもなんでもなく、憎しみや恨みを誰憚ることなく実行できるってのは、人間にとって快楽であることに間違いはない。
 ちょっと考えてみれば、別にビンラーディンが指示をしなくても、この程度のテロ、その辺の大学生グループにだって計画・実行できるのだ。パイロットの訓練するだけですむんだからな。
 にもかかわらず、アメリカは事態を拡大する方向にムリヤリ進めようとしている。こんな早期にビンラーディンという格好の犯人を想定しているのが何よりの証拠だ(でっちあげとも思い難いが、実は真相なんてアメちゃんにはどうだっていいのだ。「血」の対象をアメリカは欲しているんだよ)。

 テレビも、少しずつ、ビンラーディンがなぜテロを起こしているのか、アメリカがこれまでイスラエルをバックアップしてどれだけアラブ人を迫害・虐殺してきたかを報道するようになってきている。中東情勢をよく知りもしない日本人にも、ようやくあれは必ずしも不合理な奇襲ってことではなくて、やはりアメリカがやってきたことに対する「報復」であったってことを理解し始めた。
 報復が更に報復を生む。
 これは「メンツを潰されたヤクザ」と全く同じレベルの行為だ。

 ……こりゃ、ネットの人たちの反応が楽しみだと思っていたら、昨日までは「こんな極悪非道なテロは赦せない」一辺倒だった論調が一気にトーンダウンしてやがる。急に「戦争」が実感出来るような事態になってきた途端にビビリ出してるんだものなあ。
 笑っちゃうことには「報復には平和的な措置を」なんて言い腐ってるやつらもいるんだよ。自分の言ってるコトバが根本的に矛盾してるコトにも気がつかんのかね。うひゃうひゃひゃひゃ。〜(^Д^〜)
 全く、日本人の人権意識や平和主義ってやつがどれくらいいい加減かわかろうってもんだ。事件が起これば沈痛な面持ちで道学者めいたことだけ言ってりゃいいと思ってんだねえ。
 その点、「“裏”モノ会議室」のみなさんは、全くアメリカとは逆のベクトルで事件を「楽しんで」いるねえ。全く、戦争好きの既知外と基地外のケンカに、あえて巻きこまれる愚を犯すこたぁねーよな。
 ああいうのは「対岸の火事」を決めこんで笑ってやってりゃいいのである。
 ……来年は自衛隊の志願者が一気に減りそうな気がするなあ。


 『ウリナリ!!』を見ていたら、しげが、「来週は決勝大会を中継するんだ。なら来週は見ようかな」なんて言っている。
 どういうわけだかしげはダンスが好きだ。先日もCSJスカイスポーツで「ジャパンカップグランプリ2001」の放映をわざわざ録画してまで見ていた。
 よっぽど好きみたいだから、「じゃあ今度一緒にダンス教室に通おうか」と言ってやりたい衝動にかられるのだが、そんなこと言ったらホントに通わねばならなくなりそうなので、躊躇しているのである。
 ……カラダが持つかい。


 明日の準備のために、ネットできらら博の情報、新幹線の時間などを調べる。
 交通費を安く上げるために鈍行で行こうかとも思ったが、昔と違い、小郡までの直通なんてないのだった。
 やっぱり新幹線で行くしかないか。確かにスピードは速いけど、何となく無粋な気がして、今一つ好きになれない。こういう感覚、ご理解頂けるであろうか。

 仕事に出かけるしげのために牛丼を作ってやるが、「夜食は食べない」と言って、手を付けようとしない。
 でもあのしげにそんな固い意志などあるわけがないと思い、一食分ちゃんと残しておいたら、仕事から帰ってきて、やっぱりペロリと食べやがった。
 「だって一口だけにしとこうと思ったら美味しかったんだもん」
 そりゃ、今回は気ぃ入れて作ったしな。
 玉葱、牛肉、卵を程よくブレンド、生姜で下味をつけて炒めて、すき焼きのタレで仕上げたのだ。
 そのうちしげが「また作って」と言い出すのは間違いないだろう。どんなにイジを張っても、しげが肉の欲求から逃れられるはずはないのである。


 マンガ、森雅裕原作・有栖川るい作画『モーツァルトは子守唄を歌わない』1巻(ENIX・580円)。
 原作は初版で持ってるのに実はまだ読んでない(^_^;)。
 いや、当時の表紙の絵を描いてたのが『パタリロ!』の魔夜峰央でさ、てっきりギャグミステリーかと思って何ページか読んでみたら、ごくマジメでさ、ちょっとガックリきてしまった。
 しかもストーリーが、「モーツァルトの死の謎をベートーヴェンが解く」という、誰でも思いつきそうなネタなんで、ますます興味が持てなくなった。
 こういう実在人物をネタにしたやつって、犯人の仕立て方に「定番」があって、昔、海渡英祐の『伯林 ―一八八八年』の犯人を“読まずに”当てちゃったことがあるので、すっかり「歴史もの」には食指が伸びなくなっていたのだ。
 でも、今回のコミカライズ、1巻だけしかまだ読んでないけど、滅法面白い。
 ポイントは、モーツァルトでもベートーヴェンでもなく、ベートーヴェンの弟子にして、ワトソン役のカール・チェルニーなのであった。
 いやもう、ワトソンのくせしてやたら出しゃばるわ、ベートーヴェンのウラをかいて陰謀は巡らすわ。
 魔夜峰央のイラストでは細身のパタリロって感じの絵だったのに、有栖川さんのキャラはあくまで美形、常に唇の端に微笑をたたえ、自ら恃むところ頗る厚く、しかし屈託のない無邪気な悪意でベートーヴェンを翻弄する。
 「ぼくを犯人だと思ってるんですか? ベートーヴェン先生」
 ……だとよ。
 あ〜ナマイキ。つまりこいつ、オトナになった名探偵コナンなのだな。って、工藤新一じゃん。
 更にいいのが、フランツ・ペーター・シューベルト。こいつのデザインがもうただのつぶれ大福(^o^)。後に貧乏のズンドコで死んだとは思えないふくよかさ。こいつがまた、純朴そうな顔してチェルニーと組みやがる。
 ああ、やっぱり絵の魅力は大きいなあ。
 ……原作、探し出して読んでみようっと。

2000年09月14日(木) 通院と残暑と誕生日プレゼントと/『世紀末アニメ熱論』(氷川竜介)ほか


2001年09月13日(木) コロニー落としの報復は/『ヘブン』『ヘブン2』(遠藤淑子)ほか

 劇団ホームページの方で、よしひとさんに「1年遅れの恐怖の大王」というネタを使われてしまったので、タイトルを捻り出すのに苦労をしている。
 一昨日は「地球人と宇宙人との友好を描いた」(笑)米映画、『地球が静止する日』をモジり、昨日は『帰ってきたウルトラマン』の始祖怪鳥テロチルスをネタにしたわけだが、ああ、くそ、ノストラダムス先にを使われてしまった。
 まあ、誰でも思いつきやすそうなネタだけどさ。
 しかし、よしひとさんも被害者に全く哀悼の意を表さないわ、マスコミが慎重に使用を避けている「狂人」というコトバを遠慮なく使ってるわ、恐怖の大王で落とすわ、遠慮のないこと。
 ……よしひと嬢、ウチのメンバーの中では一番の人格者で通っているのである。他のメンバーの性格がいかようなものか、推して知るべしであろうヽ(^。^)丿 。
 で、やっと思いついたタイトルはもちろん『ガンダム』から取ったもの。
 自分の武器使わないで大量殺戮ってとこが似てるよな。
 アラブゲリラにもオタクがいたりして(^_^;)。


 ゆっくり読めなかった新聞をまとめて読む。
 犯人グループの目ぼし、イスラム組織のセンが濃厚になってきたようだ。
 頭目と目されているイスラム原理主義者のオサマ・ビン・ラーディン(ウサマ・ビンラーディンという表記の方が正しいとか>。どっちでもえーわい)、アフガニスタンに匿われているそうだが、「犯行には無関係」と声明を発表しているそうな。
 声明の代理人は、「あんな犯行を行うチカラはラーディン氏にはない」と言っているが、チカラの問題か? 別にラーディン本人がハイジャックする必要はないわけだし、この声明はいかにも不自然だ。
 でも「犯人の行動は支持する」んだって。それじゃ「アタシが黒幕です」って言ってるようなもんではないの(^▽^) 。

 予想通りではあるが、ロシアもフランスも、西欧諸国の殆どが今回のテロに対する米の報復宣言を支持するコメントを寄せている。
 日本は小泉首相の声明が事件発生の12時間後で、各国に比べてずいぶん遅れたと、どの新聞も非難している論調だが、アンタ、戦争放棄してる国でそんなに簡単に「軍事報復」に賛成する意見が吐けるわきゃないでしょうが。
 ついこの間まで「靖国がど〜の」と小泉首相の戦争肯定とも取れる言動に対して文句つけてた新聞が、「はよう戦争協力せんかい」と全く逆の責め方をするのは、いくらなんでもアタマが悪すぎるのではないか。
 もっとも、ア○ヒだろうとヨ○ウリだろうと、毎日、記事を埋めるだけの仕事に追われているカワラバンヤに、アタマを鍛えるヒマもなかろうことはよっく解るが。

 それに対して、アラブ諸国のいくつかは、逆に歓迎するコメントを発表。サダム・フセインはもちろん後者(^o^)。
 さすがにイスラエルとの和平を模索中のパレスチナ自治政府のアラファト議長は、遺憾の意を表明しているらしいが、さて、ホンネは奈辺にあるか。
 ……昔、伊丹十三が『お葬式』を撮った時に、「葬式というのは死者のために行うものではなく、生きている人間が自分たちの関係を再確認するために行うものだ」と喝破したことがあったが、今回、まさしく世界各国は、この「大量殺戮」をきっかけに、その立場を明確にするよう求められることになりそうだ。
 既にマスコミも世間も、興味の関心は「死者」から「生者」たちの動向に、完全に移ってしまっている。未だに犠牲者の確認すらできない状態であるってのに、いいのかねえ。
 そんなこんなで昨日までの「哀悼ムード」はすっかりどこかへすっ飛んじまってるが、その「不謹慎さ」にはマスコミの連中、全く気づいてないのな。
 死んだ者はいずれ忘れられる運命とはいえ、ちと早過ぎないか? 人間、ホントに「死んだらそれまで」なのだと思うと、今生きてる者の醜態すら、バカバカしく見えてくるよ。

 最初に誰が言い出すかなと思っていた「アラブ擁護」、元ベ平連の小田実が、しっかり「アメリカの一党支配に対するアラブの報復」というような意味のことを述べている。いかにもなヒトがいかにもな発言をしているのは実に微笑ましいな(^.^) 。なんだかんだで、アメリカに原爆を落とされた日本、どんなに安保同盟を結んでいようと、内心アメリカに対して「いい気味だ」と思っている連中は結構多いのではないか。
 そう言った潜在的な反米勢力が、あと1ヶ月の間に第2、第3のテロを繰り返し、アメリカを半壊状態にまで追いこめば、世界の勢力地図は相当、様代わりすると思うが、急激な行動は犯人たち自身のチカラをも減じかねない。
 既に彼らは「持久戦」の構えに入っているのではないか。各国の影の協力者の間に潜伏し、アメリカが報復しあぐねて隙ができたところでまたテロを起こす。ベトナムゲリラがアメリカ軍に対して行った作戦の応用だ。アメリカはじわりじわりと国際社会での信用をなくし、ジリ貧になっていく。
 私が犯人なら、そういう作戦を取るが、さて、犯人たちの真意はどこに。

 あ、念のため言っとくけど、私ゃ別に「アラブ支持」じゃないからね。これはあくまで「現状分析」に過ぎないので、またミョーな勘違いをしないように。


 『國文學』10月号、「ことばの最前線」特集。
 こういうのではたいてい「若者コトバ」の採集が行われるのが常だが、若い女性たちに、「あなたは『違うよ』を『ちげーよ』って言いますか?」ってアンケートを取っていたのが面白かった。
 2001年6月の調査で、女子短大生105人と、2001年1月の世論調査2192人とを比較しているのだが、世論調査では「使う」がわずか5.4%であるのに対し、女子短大生は45.7%。
 圧倒的に「若い女性のコトバ」として世間では流通しているのだが、笑っちゃうのは、その肝心の女性たちの大半が、この言い方を、「男言葉で乱暴だから、ホントは使わないほうがいい」と答えていることだ。
 だから使ってるのは女ばかりだって。
 自分のことが見えていない女がどれだけ多いか、それが言葉のデータから見えるってことですな。
 自分の彼女が「ちげーよ」なんて使ってたら、その人はかなりの「馬鹿」である可能性があります。注意しましょう。
 ……って、しげも使ってたんだ、これ。あたた(^_^;)。

 
 夕方、テレビアニメ『フルーツバスケット』、入院中からチラチラと見てはいたのだが、今日初めてじっくり見てみた。
 女の子に相当人気があるということだけど、さて、いったいどんなものなのか。大地丙太郎監督ということでもちょっと期待したんだけどねえ。
 ……貧乏でマジメでちょっとドジだけど人に尽くすのが大好きな、まあ「お人好し」な女の子が主人公。
 劇中で、ある男の子が、その女の子を好きな男の子たちに向かってお伽噺を語るシーンがあるんだけど、その話ってのが「バカな旅人がいろんな人からモノをねだられるけど、バカな旅人はバカだから、どんなに騙されてもモノを与えつづけ、自分の体までバラにしてあげちゃった」というアホなもの。
 なのに、男の子たちがそれ聞いて感動するのな。
 「ああ、あの女の子は、自分のなけなしのバイト代まで、ぼくたちへのバレンタインチョコを買うのに使ってしまったんだ」って。
 ……そんなバカに惚れるなよ(^_^;)。
 どうも毎回こんな調子らしいんだな、このマンガ。
 つまりこれは武者小路実篤の『馬鹿一』とか、遠藤周作の『おバカさん』みたいな「バカ=純粋」って図式をいささか妄信的に賛美している小説の流れの上にあるのだな。
 まあねー、キレイなものだけ見てたい永遠の女の子にはいいかもしれないけどねー、ヒネタおやじにゃ感動できるところがカケラもありませんがな。
 せめてドストエフスキーの『白痴』みたいに、最後あの女の子が破滅してくれたら、リアルで感動できちゃうんだがなあ。まあムリだろうなあ。


 CSファミリー劇場『ハレンチ学園』第1話『トイレット作戦』。
 いやあ、ついに見たよ、懐かしの東京12チャンネル版『ハレンチ学園』を。
 もう、子供のころ、見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たいと思い続けていて、当時はネット局が福岡になかったために、全く見られなかった番組を、ほぼ30年ぶりに見られたのだ。
 もう、出来なんてどうでもいいね。
 原作の小学生の設定を高校生に変えちゃいるが、ストーリーは殆ど原作通り。実写のドラマ化がことごとく改変されることがジョーシキだった中で、これは意外だった。
 大辻伺郎のヒゲゴジラ、井上昭文の丸ゴシも原作の扮装のまんま。用務員の左卜全ってのもハマってるよなあ。
 ……しかし、子供のころは児島みゆきのことをとてもきれいなお姉さんだと思ってた記憶があるが、今見ると、理由が全く解らない。やはりブームに乗せられていたというべきか。


 冷蔵庫に紅シャケの切り身が残っていたので、焼いてシャケ飯にして食う。
 このシャケッてやつも私には昭和30年代を思い起こさせるなつかしアイテムなんだが、今の若い人にはただの貧相なオカズにしか思われてないのかもなあ。


 マンガ、遠藤淑子『ヘブン』『ヘブン2』(白泉社・各410円)。
 短編シリーズがその殆どで、長編は殆ど描かない遠藤淑子、これが初の2巻に渡る長編と言えるが、やはり本領発揮とはいかなかったようだ。
 『ヘブン』の前日譚が『ヘブン2』という、変則的な構成になっているせいか、この2作、設定がうまくつながっていない。
 元軍人の少女、マットが偶然拾った中古ロボット、ルークは、実は要人暗殺用に作られた殺人ロボットだった。しかし、マットの「人は殺すな」の言葉を聞いて、ルークの中で何かが変わっていく。
 ……でも結末が尻切れトンボなんだよなあ。てっきり、『2』でその続きを描くのかと思ったら、そのルークのモデルになった男の子の話で、こっちはラスト近く以外は全然SFでもなんでもない。
 こりゃもう、『ヘブン3』を描いてもらって、ちゃんと『1』からつながる話にしてくれないと、どうにもおさまりがつかないぞ。
 しかし、遠藤さんの作品、旧作は殆ど絶版になってるんだなあ。
 『エヴァンジェリン姫』シリーズはさすがにデビュー作だから古すぎるってことがあるのかもしれないけど、『ぐーたら姫』シリーズはほんの2、3年前の作品だぞ。なのにもう絶版か?
 遠藤さんだけじゃない、日渡早紀も桑田乃梨子も、初期作品は軒並み絶版だ。白泉社、見切りをつけるのがいくらなんでも早過ぎるぞ。

2000年09月13日(水) シゲオと誕生プレゼントと009と/『遊びをせんとや生まれけむ』(石ノ森章太郎)


2001年09月12日(水) 誰かあの飛行機に「テロチルス」と仇名をつけたやつはいないか(^_^;)/『あずまんが大王』3巻(あずまきよひこ)

 さて、本日も朝っぱらからテロの続報。
 夕べ11時ごろまでの段階では、1機目の激突映像はニュースに間に合わず、2機目の映像も手前のビルに隠されてたが、半日も経たぬというのに、あらゆる角度の映像が出揃う(笑)。
 全く、いったいどこから調達して来るんだろうね。
 1機目の映像なんか、事件が起きることが予測できていたはずはないから、民間人が撮った、偶然の映像だろう。
 さあ、いったいいくらで売った(^▽^) 。
 この事件に関して不謹慎な言動を行うやつらは腐るほど出るだろうが、その第一号はあのカメラマンたちだな。マスコミの誰も指摘はすまいが。

 その後の映像も、逃げ惑う人々、崩れ落ちるビル、道路を走る粉塵等々、バラエティに富んだ映像が目白押しである。
 テロップも殆どドラマのノリである。
 「1機目が激突!」
 「2機目も連続して」(とここで、3度に渡って多角度から繰り返し映像)
 「ペンタゴンも黒煙に包まれる」
 「ビルが崩壊」
 「そして残りのビルも……」
 事件の悲惨さを伝えるよりも、いかにそのショッキングかつスペクタクルな演出で視聴者をクギづけにできるかということを各局が競っているようにしか見えない。
 ニュースの担当者は、いや、あくまで事件の悲惨さを伝えたいのだ、と言うかもしれないが、そんなものウソに決まっている。
 もしそうなら、既に発見されて運ばれているであろう数々の遺体の惨状をなぜ映さないのか。
 それが「遺族に対して不謹慎だ」とか、「むごたらしくてお茶の間には不向き」とかの理由で放送できないと言うのであれば、所詮は臭いものにフタ、現実の悲惨さから目を背けさせてるだけってことだ。
 これを「史上最悪のテロ」と本気で認識しているのなら、ホコリまみれで逃げてるどこか間抜けな印象を与えるような人間の姿より、瓦礫に押しつぶされてグチャグチャになった死体くらい流せ。血を映せ。遺族の哀しみもへったくれもあるか。全世界規模の人間に怒りを感じさせたいのなら、現実の「死」に無理やり向き合わせるくらいのインパクトのあるシャシンを見せてみろ。それくらいやらなければ、「真を映した」とは言えないのだ。
 本当に伝えるべきものはなにか、それを認識しているジャーナリストがただの一人もいないから、あんな気の抜けた報道しかできないのだ。
 いいか、子供があの映像を見て「わあ、スゲエ」と反応してるんだぞ?
 はっきり言うが、あれだけで「テロの悲惨さ」を感じ取れる人間は、映像自体を分析してそう感じているのではなく、「テロ=悲惨」という図式が予め脳にインプットされているからそう反応してるんであって、マトモなアタマなんか全然使っちゃいない。言わば、シミュレーションであり、ただの条件反射。もっと言えば、「自分は善人」という妄想の中に逃げこんでいるだけだ。
 映像自体が与えている印象は、まさしく「映画のような迫力」にすぎない。
 だからオトナよりずっと本能的なコドモが、あれを見て「テロはカッコイイ」と感じたとしても全然不思議はない、というより、ごく自然なことなのである。

 ……何だかなあ、知り合いの若いやつらがみんなして私に聞くわけよ。
 「ねえ、戦争が起こるの?」とか、
 「ビルってなんであんなに崩れるの?」とか、
 「『ぱれすちな』って何?」とか(おいおい)。
 この日本人の大多数はそういう馬鹿で成り立ってるということがマスコミにはわかっちゃいないのだよなあ。
 で、いちいちそいつらに私ゃ返事をしてやってるんだけど、どうしてみんな、私にだけそう言うことを聞いてくるのかな(^_^;)。

 ブッシュ大統領、「これはテロを超えた戦争である」と盛んにアジをトバしていて、小泉首相は「アメリカを全面的に支持する」と明言している。
 おーっと、コイズミサン、「戦争放棄宣言」を「放棄」しちゃったぞ。
 いっいのっかなっ。
 ……もちろん、これは戦争でもなんでもなく、規模がでかいとは言え、ただのテロだ。首謀者が戦争のつもりで行い、被害を受けた方も戦争と受け取ったとしても、国家間の争いでない限り、戦争とは言えない。だから、一応アメリカに協力したって、戦争協力にはならないのだけれど、「アメリカの報復に対して異は唱えない」程度に押さえとかないと、飛んだ火の粉を浴びることになるぞ。

 日本の企業が国際貿易センタービルに多数入っていたとしても、それをもって「日本企業も狙われた」と解釈したがるのもムリがある。それは、「『スターウォーズ』はクロサワの影響を受けた」と声高に言いたがるのと同レベルの日本ビイキ、軽い国粋主義の表れに過ぎない。つまり、日本の国際的経済成長を誇示したい気持ちがどこかにあるわけ。
 「日本も危ない」とかやたら言ってるやつらがいるけどよ、こんなことでまで「ジャパン・アズ・ナンバーワン」って主張したいかね。そっちの方がよっぽど不謹慎だと思うがねえ。
 たかがアジアの端っぺたの島国がちょいとコガネを稼いだからって、国際的テロリストがそんなもんを標的にするか。 だったら平和ボケした日本、とうの昔に新宿副都心が瓦礫の山になってなきゃオカシイじゃないの。これで大騒ぎしてること自体が平和ボケなんだってば。

 ネットであちこちのサイトを覗いてみると、やっぱりと言うか、「こんな残酷なテロは赦せない」とか、キレイゴト言ってるやつが目白押しだ。自分には無関係な対岸の火事だと思ってるからこそ、気軽にそういうことが言えるわけで、さて、本気で自分が戦争に巻きこまれる危険を感じてるんだろうかね。
 どうせ対岸の火事を決めこむなら、ことさら善人の演技なんかせず、しげのように完全無視を決めこんでた方がよっぽど潔いぞ。……なんだか今の状況は、葬式になるとどこからともなく現れた遠い遠い親戚が、「お悲しいことでしょうねえ」なんて言いながら遺族に向かってウウウと泣きマネをして見せて、そのあとチョイと香典ちょろまかしていってるみたいで、見ていて胸糞が悪くってしかたがない。

 日本人がよく知らなかっただけで、テロなんて全世界で頻繁に実行されている。多分、今放映してる映像のインパクトが薄れたら、かつてのテロ事件なんかも引っ張り出してきて、「こんなに世界は危険」とニュースは煽りたてるんだろうが、これまでそれが我々の眼に全く入ってこないくらい、日本人は世界に背を向けて生きてきていたのである。
 今更、「テロ赦すまじ」なんて言ったって、ずっと「高みの見物」決めこんでたやつらの発言なんか、聞いたって腹が立つばかりだろう。世界がマトモに相手にするか。


 朝から晩まで仕事に合間がない。
 ちょっと新聞を読むヒマもない。
 もちろん、職場でもテロ事件についてはもちきりで、いろいろ面白い話題もあるのだが、全部オフレコにせざるを得ないのが残念だ。
 ……私の職業バラした上で、その裏話セキララに書きまくって本にしたら絶対に売れる自信あるんだがなあ。
 もちろん、そんときゃ私はクビになってるだろうが。

 帰宅して、晩飯は買い置きの煮物。ところが冷凍庫に入れていたわけでもないのに、野菜の類が全部凍っていて、コンニャクなんかカチンカチンである。
 湯がいたら元に戻るかと思ったら、硬くなって縮んだスポンジのように、歯応えが。こ、これはグミ!
 ……マメ知識です。
 コンニャクは凍らせて解凍すると「グミ」になる。
 ……今度、試してご覧あれ。
 あと、サバを焼いて、晩飯はそれだけ。一応、退院後も控えめにはしているのだ。テレビニュースに齧りついているので、あとは食器洗いと洗濯をしたら一日はあっという間に終わり。
 しげ、宮部みゆきの『模倣犯』も『R.P.G.』も全部読み終わったらしく、「面白かったよ。けど、アンタはすぐ先が見えちゃうんじゃないかな」とか言っている。何だか買い被られてる気はするが、ミステリーは作者と読者の知恵比べ、という古風なものが性に合う私としては、確かに宮部さんの作品も好きなものが多いのである。でもさすがに上下巻合わせて1000ページ以上というのはちとキツイ。じっくり一日かけて読む時間、なんとか取らねば。


 マンガ、あずまきよひこ『あずまんが大王』3巻(メディアワークス・714円)。
 さりげない女の子のカラダの線をリアルに描ける点では、今、日本一のマンガ家(^^*)、あずまきよひこの最新刊。
 どうも、私の世代では「あずまんが」と聞くと、どうしても『アズマニア』を連想して、「吾妻ひでおのことか?」とか思っちゃうのだが、「ともかく徹底的に女の子がかわいい」という点では共通項があろうか。
 表紙絵は、私のイチ押しの、一見クールに見えるけれど、実はただの引っ込み思案で、大の猫好き(だけどなぜか猫には嫌われちゃう)、ファンシーグッズ大好きな、背が高くてロングヘアー、超巨乳な美人、榊さんのニット姿。……なんだか男の妄想を絵に描いたような(絵だってば)キャラだな。
 4コマが主体だけれど、間にたまに入る短編スペシャル、「榊さんの初夢」とかが面白い。
 よくわからないが、12歳だけれど頭がよいので飛び級してきた高校2年生のちよちゃんちは大金持ちなのである。
 榊さん、お年始にちよちゃんちに来るのだが、お手伝いさんはペンギン、お父さんは多分猫である。でも立って歩くし、妙に平べったいしヒゲは生えてないし、ホントのところ何なのかよく解らない。
 喋ってることもよく解らなくって、「一緒に夕食でもどうかね? 赤いものもはいっているが」と、なぜか赤いものにトラウマがあるらしい。……こういう「不条理をトラウマに絡めて描く」感覚も吾妻ひでお的だ。
 クラスの担任のゆかり先生が、美人なのにグータラで、生徒のことなんてまるで考えてないってのはいしいひさいちの藤原先生の影響かな。「あーいいわよ好きにして。生徒の自主性をそんちょーとかゆーので」。……セリフだけ書き出したら、本当にそっくりだな。
 完全にオリジナルなギャグなんてのはそうそう作れるものではない。でも従来のギャグの語り口を変えて今の読者にウケるようにし立てるのは、必ずしも手抜きではあるまい。パロディから出て来たとはいえ(多分エロも描いていたのであろう)、あずまきよひこの活動は、もう少し評価してあげてもいいのではないか(相原コージなんかが、あがいているのが見える分、逆に笑えなくなってるのに比べると遥かに面白いし)。

2000年09月12日(火) 打ち身とワンピースの続きと/『ONE PIECE』6〜15巻(尾田栄一郎)



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藤原敬之(ふじわら・けいし)