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2011年03月21日(月) 【版権】【ボカロ】ロミオとシンデレラ【R15】
ようくお聞きよシンデレラ。十二時までに帰ってくるのよ。そうでないと魔法が切れる。おまえはただの灰かぶりに戻ってしまう。ようくお聞きよシンデレラ。おまえの望む幸せはなんだえ? 今一度戻る何不自由のない生活。打算的な子だねおまえは。いいのよ。それで。女の子はそうでなくちゃね。だったら婆の言うことを守るのよ。いいね、十二時の鐘が鳴る前におまえを抱く腕を振りほどきなさい。そうしてそのガラスの靴を置いて逃げるのさ。その靴があれば、きっとおまえはチャンスをものにできる。ああかわいいよ、シンデレラ。婆の言うことをよくお聞き。わかっているね、シンデレラ――。
ロミオよロミオ、どうしてあなたはロミオなの? あなたがでもその名を捨てることはないわ。わたしが捨てましょう。わたしがジュリエットというこの名前を捨てましょう。いいえわたしは月になど誓わないわ。わたしが誓うのはこのわたし。あなたなどでもなくこのわたし。わたしはわたしに誓ってわたしでなくなる。だからあなたもあなたに誓って。お願い、わたしを迎えに来て。ロミオのままでわたしを迎えに来て。それができるのならば、この手を取って。言って。わたしは言うわ。
『ねぇ、わたしと生きてくれる?』
御伽噺なんか嫌い。そんなの信じてないわ。そんなのだって、ありえないでしょう? わたしはわたし。煤に塗れた灰かぶりは絶対に、絶対に、お城なんかへ行けないし、王子様の腕に抱かれてダンスを踊ることなんかできやしない。パパとママに愛という鳥籠の中で育てられたという名目で、首輪をつけられて閉じ込められたわたしは絶対に、そこを抜け出して誰かの腕にすべてを委ねるなんてそんなこと、できるわけがないんだ。できるわけがないのよ。ねぇ、ねぇ、ねぇ、わたしの王子様――。
初めて、ママに嘘を吐いた。
初めて、パパに嘘を吐いた。
初めて、誰かに本音を吐いた。
初めて、この腕を見せた。
初めてよ、あなた。わたしの、あなた――。
「きみはいつだって、悲劇のヒロインぶってる。それでもいいよ。俺だって、無頼ぶってる。俺の姫様。名前を教えて」
好きな名前で呼んでくれればいいわ。わたしは、別に、誰でもないんだから。
「そうだな。それじゃあジュリエットと洒落こもうか。俺に似合わぬお姫様」
だめよ。だめよ。わたしは首を横に振る。あなただけはだめ。バッドエンドの物語のお姫様にするなんて、悪趣味ね。そんなに、引き裂かれたいの?
「それでは、どうしよう? 俺の手の届かない、ラプンツェルとでも呼ぼうか?」
それでもだめよ。あなた、わたしのためになにかを失うことになる。一時的にせよ、それはわたしの望むところではないわ。
「じゃあ、きみは、だれ?」
――シンデレラ。
「タイムリミットつきの姫。いいよ、それがいいなら。何時まで俺の傍にいてくれるの?」
そうね、二十一時まで。
「酷いな。シンデレラよりもずっと早い」
だったら、奪ってくれればいいわ。
二十一時。あなたにさよならを告げる。数時間後の約束をして。二十二時。パパとママからお説教。自粛という名目で、ひとりのお部屋で泣き真似をする。二十三時。ママが夜食と称して淹れたての紅茶とキャラメル味のクッキーを持って部屋のドアを叩く。要らないわ。わたしは反省しているの。それに、そんなものをこんな時間に食べたら太ってしまうわ。二十三時半。パパとママが部屋のドアを叩く。反省しているね。それでいいのだ。えぇ、パパ、ママ、わたしが悪い子だったの。これからはもっと早く帰ってくるわ。二十四時。部屋のドアを開けてわたしはパパとママの寝室へ赴く。ごめんなさい。わたし、もっといい子になるわ。だから、今日は、おやすみなさい。明日目覚める頃には、わたしはちゃんと、変わっているから。わかったよ。かわいい娘。おやすみ。
『いい夢を』
二十五時。まるで漫画のように、ラプンツェルの王子のように、わたしは窓をそっと開け、窓枠に手をかける。ヘッドライトを消した見慣れた車のミラーがちかりと光る。ライターの灯り。いち、に、さん回。――姫、連れ出す準備は出来ているよ。あなたのサイン。裸足のシンデレラ。そっと、窓枠に手をかけ、ゆっくりと屋根の上に降りる。冷たい。窓をゆっくりと閉め、静かに、でも急いで、屋根から塀へ、塀から道路へ身を移す。
「悪い子だね」
えぇ、でも、それはパパとママにとっての印象だわ。あなたにとってはどうなの?
「とんでもなく、いい子だよ」
車は滑るように走り出す。着いたのはお城、のような形をした建物。見たことがあるわ。テレビでね。
「化粧をしてきたの? 女の子は怖いな。見違える」
何度もひそかに練習をして、前からも、横からも、上からも、下からも、魅力的に見える長さの睫毛を手に入れた。ちょっと背伸びしてるくらいがちょうどいい。シンデレラのままじゃいたくない。
「怖い?」
怖がらせるつもり? 酷いひと。
「甘い。いい匂いがする。お菓子みたいだ」
息遣いが、耳に熱い。なぁに? 子供扱いする気なの?
「まさか。大事に扱わなきゃと思ってるんだ。お菓子みたいなお姫様はね、噛み応えがあるくせに、不用意に口にするとすぐに、溶けて壊れてしまうから。……ほらね、こんな風に」
何時間も選んでやっと決めた黒いレースの肩紐に、固い指が触れる。震える身体にしっかりしなさいと呪文をかける。子供だと思わないで。甘く見ないで。こうやって、ほら、しっかり立てるわ。それでも身体中の神経に意識をやればやるほど、空気すら感じられるくらいに、皮膚が、髪が、爪が、敏感になる。
「息はしなくちゃダメだよ、シンデレラ。立てないのなら、支えるからね。息ができないのなら、大丈夫、手伝ってあげるから」
固い、厚い、熱い、胸。わたしの全体重が凭れかかってもびくともしない身体。ひとりで息をすることもできなくなった未熟なわたしに人工呼吸。ダメ、ダメ、もうダメ。全部、全部、わたし、あなたになってしまう。あなたに埋められてしまう。
「シンデレラ。タイムリミットつきの俺のお姫様。名前すら知らないきみが、いいの? どうして?」
どうして? だって、知らないからこそ、知りたいのじゃないの。
「なるほどね。本当だ。じゃあ、俺の、なにが知りたい?」
それは……。決まってるじゃないの。
ねぇあなた、あなたの腕はどうしてそんなに強いの?
それはね、きみを離さず抱きしめるためだよ。
ねぇあなた、あなたの肌はどうしてそんなに固く、引き締まっているの?
それはね、きみの柔らかさがより際立つようにだよ。
ねぇあなた、あなたの息はどうしてそんなに熱く、わたしの肌を粟立たせるの?
それはね、きみをもっと自由にさせるためにだよ。
ねぇあなた、あなたの身体はどうしてそんなに、そんなに……あぁ、ねぇ、どうして……?
それはね、それは……きみの、きみの首輪を外すために。きみの時間を止めるために……!
二十七時。足音を忍ばせて、わたしはもと来たように窓から真っ暗な部屋に戻る。静かに、低い音を立てて、車の赤いテールランプが遠ざかるのを虚ろに眺める。左の耳をふと押さえる。痛い。あのひとの耳も、同じ痛みを持っているのかしら。わたしの歯型を残しているのかしら。あのひとはそして、気づいたかしら? 助手席にそっと落としておいたガラス玉のピアスの片方。少しでもわたしを思い出すよすがになるように。策略的? いやらしいことをする? だってわたしはシンデレラ。ガラスの靴を残すのは、セオリーじゃない。
放課後の帰り道。日曜日の公園。革の匂いのする車。二十六時の毛布。会えば会うだけ、触れれば触れるだけ、わたしの中はあなたでいっぱいになっていく。わたしの中はあなたで満ちて、溢れるほどなのに、それなのに、もっともっとと求めてしまう。どうして? わからない。全部あなたなのに。全部あなたで満ち溢れているのに、あなたのことだけ満ち足りない。あなたはこんなわたしをどう思っている? 貪欲で、どうしようもないと思っている? 会える時間だけ幸せなのに、もっと長い時間が欲しい。もっとたくさんの幸せが欲しい。あぁ、このままじゃ、わたしはあなたに嫌われてしまう。飽きられてしまう!
「ねぇシンデレラ、ハッピーエンドの御伽噺の主人公の、特性を知っている?」
つつましやかで、無欲なこと? 答えながら、わたしは泣き出しそうになる。あぁ、ついにこうなるの。わたしはこの物語から引き摺り落とされる。
「半分正解。半分不正解。それは物語の前半だ。そんなに震えないで、シンデレラ。思い出してごらん、自分の物語を。ようく、ようく、思い出して」
お城の従者がシンデレラのお家にやってきたとき、姉姫たちの後に続いて、シンデレラは自ら靴を履きに進み出た。白雪姫は自分の食欲に忠実に、魔女の林檎を口にした。ラプンツェルは魔女の忠告を破って王子を愛し、茨の姫は王様たちの努力空しく自ら糸巻車に手をかけた。それでも最後はどうなった? ハッピーエンド、めでたしめでたし。お姫様は王子様と、いつまでもいつまでも、幸せに幸せに、暮らしましたとさ。
「だから俺のお姫様。そういうことだよ。安心おしよ。あぁ、なんでどうして涙を流す? きみの泣き顔も大好きだけれど、きみの笑顔が一番かわいい。ほらほら、いつもみたいに、さぁ、求めて。いつかきみを、完全に攫いに行くよ。はは、ちょっと遠回し過ぎたかな。これって、つまり、プロポーズ予告、なんだけど」
魔法使いのお婆さん。わたしはここに。わたしの幸せは今ここに。これでいいのね? お婆さん。王子様の言質をとった。
ロミオよロミオ、わたしの名前を捨てさせてくれるのね? あなたの隣にいさせてくれるのね? 幸福な、わたしたち。幸福な、満月。幸福な、誓い。あなたはわたしの手を取った。
ねぇママ、ねぇパパ、今日もあのご本を読んで。お姫様が幸せになるあのお話。本当は何度もせがんだ。本当は憧れていた。本当は信じていた。だって、ねぇ、わたしだって、お姫様なんだもの――。
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原曲:ロミオとシンデレラ
作詞・作曲:doriko様
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6666016
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サキ
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