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me note diary

2008年12月29日(月) マニアックなおはなし

「螺旋階段マニアのはなしをしようか」


 彼がそうゆって、鞄をがさごそと手探りしている。鞄の中は本当にぐちゃぐちゃで、さっきっから、時間の経った感熱紙の成れの果てになったレシートとか、誰かの名刺、どこかでもらったクーポン券、メモ紙、サンドウィッチと一緒に袋に入っていた未開封のウェットティッシュ、といった紙ごみをばらばらと出したと思ったら、今度は文庫本、手帳、タバコケース、財布などなどのまぁまぁ鞄に入っているべきものだよね、というものまでがコーヒーショップの狭いテーブルの上に、雑然と積み上げられてしまった。わたしがコーヒーを飲もうとカップを持ち上げたらそれは崩れ、一口飲んだあと、手にした重たいカップを戻す場所を、わたしは失ってしまった。


「あったあった、やっとあった!」
 心底うれしそうにゆって、彼がやっとその鞄から出したのは、一枚の新聞の切り抜き。
 魔法のようなことだけれど、その紙切れは、まったく折り目もつかずに、ぴんとした状態で、彼の手に握られていた。
「どこにあったの?」
「うん、名刺入れの中」
「……なんで?」
「大事だから」
 当然のことみたいにゆう。
「とりあえず、読んでみて」
 そしてわたしの手にそれを押し付けた。
 彼はテーブルの上のごみをまた、雑然と、丁寧にも、鞄の中に戻し始めた。
「捨てないの?」
「捨てないよ」
「なんで」
「大事だから」
「……」




「読んだ?」
 しばらくしてコーヒーカップに手を伸ばしたわたしに彼は尋ねた。
「読んだよ。嫌な世の中だ」
 新聞記事の内容は、今年の自殺者の統計だなんだという話。普段景気がどうだなんてあまり考えないけれど、きっとやっぱり不景気なんだろうなぁと、なんとなくだけ、思った。わたしには、自殺するような理由はない。
「うつ病で自殺したって、30歳くらいのひとの小話があっただろう?」
 あったね。
「言及されてはいないけど、そこに書いてある、数字だけにされちまった100人くらいのひとたちはさ、それとおんなじさ」
 そうだろうね。
「螺旋階段マニアなんだ」
「はい?」


 彼が得意満面に話し始めたところ、最近東京中、日本中、いや、世界中に螺旋階段を持った建物がひどく多量に建造されているそうだ。ビルの高層化が進んでいる中、やっぱり階段も高くなる。ぐるぐるとどこまでも階段を上っていくことになる。
「螺旋階段を上った人はどう思うと思う?」
「疲れたって思うわね」
「天国まで上った気になっちまうのさ」
 スパイラル状にどこまでもどこまでも続きそうな階段。下を見下ろしても、上を見上げても、そこにあるのは同じ金属のステップと手すりと、落下防止の柵。柵越しに、ステップ越しに見える外の世界はぼやけるようで、どこの位置にいても、どこの位置から見つめても、やっぱり同じように見える。
「それが一気に開けた視界に出られる。そこが最上階なんだ。そこが天国以外にどこだってゆうんだ?」
「……屋上」
「それはロマンチックではない」
 一蹴された。
「じゃあ、階段を上って、天国で、そのままダイブしちゃうってこと?そんなビル、すぐに立ち入り禁止だよ」
「そりゃあそうさ。そのままダイブするなんて、そんな幼稚な思考を持った奴は、そうそう自殺なんかしないもんさ」
「じゃあどうするってわけ?」
「そのままそのときはなにもないんだ。普通に用が済めばビルから降りて(多分降りるときはエレベーターだな)、普通の生活をしているんだ。だけど、ふと考える瞬間が増えるんだ。あの螺旋階段を上っているとき、上りきったときに感じた気持ちはなんだったんだろう?ってな。それが日に日に増えてくる。そうしたらもう、周りからみたらうつ病患者そのものさ。そして、ある日サヨナラってしちまうんだ」
「ねぇそれって、すごくボートク的な考えなんじゃ?」
「そうだよ。だからこの話はマル秘だよ」
 マル秘って……。




 それからわたしたちはしばらくコーヒーを飲んで、タバコを吸って、会話をした。
「そろそろ行こうか?」
「うん。どこ行こう?」
 わたしは少し考えた。
「螺旋階段のあるビル」
 彼も少し考えるそぶりをした。それから困ったようにゆった。
「俺はアンチなんだ」
 なんの?


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管理人:サキ
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