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diary
2004年06月11日(金) 白の昇天(デカダン):【R15】
ふわりふわりと、タンポポの綿毛が飛んでいく。
すっかり完全に綿帽子を広げたタンポポの、長く長く伸びた茎を手折って、誰だって、一度くらいはやったことがあるだろう、ふぅ、っと、息を吹きかける。勢いをつけすぎず、優しすぎず、シャボン玉を大事に膨らます要領で、吹く。すると、青い空にその綿毛が列になって、風に乗って、すぅ、っと吸い込まれるように飛んでいき、見えなくなってしまう。
幼い頃、それが人の魂のように見えて、怖かった。否、最初はわたしだって、人並みにそれをするのが楽しい遊びであった。けれど、いつか、白くぼぅっと光る人魂が、列になって空に吸い込まれて逝くという描写のある映画だか、文章だかを目にした時から、その光景がどうも重なってしまい、怖くなった。
田舎の家の近くの土手には、無数のタンポポがあって、たまに強い風が吹いたりなどすると、その綿毛が川のように、いっせいに流れていくことがあり、それは悪夢さながら、わたしの脳裡に刻みこまれた。
「この綿毛、ひとつひとつにね、種がひとつずつ、ついているんだ。いつか、どこかの地面に落ちてね、芽を出し、花咲いて、また同じように、綿毛になって飛んでいく。ねぇ、それは、死出の旅じゃない。いのちが生まれる、誕生の旅なんだよ」
そう言ったのは、兄だったか、父だったか。異性の家族であったことは確かなのだけれど。
あぁ、あれと、同じだわ。
腹部を汚した、白いとろとろとした液体を指で伸ばしながら、何故か、タンポポのことを思い出した。つ、と脇腹から背中に、それは尾を引くように流れ落ちた。
「無駄にしちゃったねぇ」
「え?」
「いのち」
あぁ、と、彼はなんとなく合点したらしい。ティッシュペーパーでわたしの上にぶちまけた、自分の体液を拭いながら頷いた。
「タンポポがね」
「は?」
「白い綿毛。白いふわふわのひとつひとつに種子がついてるって。これと同じだなぁって。白いとろとろの中の精子ひとつひとつに、タネが、さ」
「あぁ、そういうこと」
「うん、そういうこと。いのちの、川。いのちの、流れ」
残った精液を相変わらず指で伸ばして、わたしは言う。
「でもさぁ」
「何」
湿ったティッシュペーパーをちらと見て、彼が言った。
「精子って、空気に触れると、死んじゃうんじゃなかった?」
「そうだっけ?」
「忘れたけど」
そして、すぐにごみ箱向かって投げ込んだ。上手に、入った。
「ナイスシュート」
だったら、やはり、この流れは、死骸なのか。
――魂の、葬列。
指に残った液を、舐めた。
タンポポも、精子も、無数のうちほんの少し以外は、死に絶える。ほんの少し以外はならば、死ぬために放出されるのだ。でも、生き残れるかもしれない。生きるかもしれない。無駄かもしれないけれど、怖いことではないと、ふと、思った。
「あっつい……」
「窓開けよう」
ザッ、と風が吹いた。その風の音は、田舎の土手を思い出させた。
「春だねぇ」
彼が言った。
春はいのちを。タネはいのちを。怖いことなのか否か。――怖いけれど、悪くない。そんな感想が正しいような、そんな気がした。
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デカダンスキーに五十のお題 No.31「種子」
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サキ
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