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2004年07月18日(日) 水浸しの数えうた(デカダン)
赤い糸を、信じますか?
「あつぅい。溶けそう」
「じゃあ溶けちゃおうか。ふたりで、このまま」
「いいね、それで、ふたり一緒になっちゃって、どっちがどっちだか、わかんなくなっちゃうの」
「それじゃあ、しあわせだね」
「うん、しあわせだね」
すべての恋愛は、もしや幻想でしかないのかなと、最近のわたしはどうも考えてしまう。
「ふたりなら」
そう言ったあのひと。
永遠に、わたしとふたり、そう信じたあのひと。
彼すら、いなくなってしまって。
生命としてのあのひとがいなくなって、わたしは、悲しかった。
それでも、存在としてのあのひとがいなくなるわけではないから、そう思いながら、こうして、繋いできたはずだった。
あのひとと、わたしを繋ぐ、赤い糸。
細く、細く、縷々と、続く。繋ぐ。紡ぐ。
わたしひとりで。
存在としてのあのひとを確かめるために、わたしは冷凍庫を覗く。お肉がどんどん少なくなっていく。あのひととわたしは同化し、あのひとはわたしの一部になり、その一部を残して、あのひとの要らない部分を、わたしは排泄する。要らないあなたをトイレに流し、わたしは満足だ。あのひとのすべてを、愛したなんて、そんなふうには言えないから。
けれど、わたしの一部になったあなた。それはとても大切な部分のはずだから。だから、愛しい。
あなたの大事なあなたを摂り込んだわたしをわたしは愛す。
それはあなただから。
愛しい愛しい愛しかった。
お肉はどんどん減っていく。わたしはあのひとを独り占めにするのをやめてしまった。みんなに共有されてしまったあなた。……たぶんあのときから、わたしの中のあなたは、薄まってしまった。
途切れる。
糸。
嗚呼、赤い色は、どんどんと薄くなって。
きっとあなたのその美しい頬の色が赤みを失くして、そのときからふたりを繋いだ糸も、赤みを失くして。そうなのね。
あなたは白くなって、キスをしても霜のついた濃い睫毛は溶けなくて、目蓋も開かなくて。
わたし、冷凍庫を、開けなくなった。
あなたはもういない。
それは、ねぇ、あなたを殺したわたしが、もういないってことなのよ。
愛は、おしまい。
赤い糸は、ぷちんと切れてしまった。
その糸で生きていた、わたしもそして。
ぷちん。(コンセントをわたしは切った)
ぴとんぴとんと、水の滴る音がする。
冷凍庫の氷が溶ける。
わたしもこのまま、溶けていく。
けれど、一緒になって、しあわせになれないことは、知っている。知っているのよ。
ぴとん、ぴとん、ぴとん、ぴとん……。
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デカダンスキーに五十のお題 No.48「切れた赤い糸」
2004年07月06日(火) あなたのひだり(セリフ連)
「ひとりで生きていくって決めたから」
ガラにもなく、そんなことを口走った後、笑った。
これがダメなんだ。
本気なのに。本気で言っているのに、本気で言っているように思われないように、気づかれないように、ばかみたいに笑って、出来上がりかけたムードを、壊してしまう。
「レンアイも、楽しいよ?」
ポーカーフェイスの彼の表情は、読めない。おどけたように、無関心なように、無頓着なように、おせっかいそうに、言ってのける。
彼がそう言うであろうことは、彼が大人らしく表情と感情を隠すであろうことは、わかってる。わかってた。もう、ずいぶん長い間、見てきたのだから。
だからあたしは、別に無理して笑うことなど、ないはずなのに。
本当の気持ちを、そのままぶつけて、開き直ったところで、彼はやはり、その仮面を剥がさないだろう。彼はあたしを責めないだろうし、その後のふたりに、影響を与えることもないだろう。プラスにも、マイナスにも。
それをわかっていて、そうしないのは(出来ないのではない、しないのだ)、偏に素直になるのが口惜しいからに過ぎない。本気さをアピールしたところで、あたしは選ばれない。敗北感が更に募るだけ。
素直になって、いいことなんか、ない。
それなら、誤魔化して、意地張って、どんなに空っぽでもいい、虚勢張ってたほうがずっといい。――あんたにはわかんない、と優越を感じられる。
「なんでまともに付き合ってやんないの?」
そこそこいい感じだったじゃん、とわたしの左隣で彼が首を傾げる。わたしは、だってぇー、とその先を続ける気なしに口癖のような言葉を吐く。
「だってだってって、いっつもそうじゃん。前もさ、ほら、K大の……」
斜向かいでオレンジジュースを飲んでる黒髪おかっぱの、モデル体型の少女が口を挟む。
そうだそうだと、同じテーブルについた数人が騒ぎ出す。
「別にあれは……ねぇ。てか、まともだよ。まともに付き合って、そんでダメだって思って終わりにするんだもん。間違ってないじゃん」
言い訳だねぇとおかっぱが笑う。
「あんたのは結論早過ぎなの。大体ね、あんたの付き合いには誠意が見えないのよ」
「誠意ってもなぁ……」
「相手が可哀想になってくるのよ」
「じゃああげるけど?」
「やめろって」
雲行きが怪しくなりかけたところで、彼が止めに入る。
「誠意はあるだろ。好きじゃないから付き合わないんだから」
ほら、もうやめようぜ、とあたしではなく、おかっぱを宥め透かす。それがでも、おかっぱには我慢がならなかったらしい。
「叶いもしない相手想ってるだなんて、お笑いだわね」
おかっぱは、彼の「彼女」だ。彼女は彼にべったりで、彼の側に女の子が寄ってこようものなら、彼の袖を引っ張って、相手をねめつける。傍から見ていれば、おかっぱの一方的な執着に見えるけれど、彼とずっと「友だち」をやってきたあたしは、彼が彼女をとても大事にしているのを知ってる。そしてそれと同じように、彼は、あたしが彼に対して「友だち」ではない感情を持っているのを知っているのだ。
店を出るとき、彼が右隣に並んだ。
「ホント、でも、まともに付き合ってやればいいのに」
あぁ、残酷な、いいえ、正しいことを言う。
「ひとりで生きていくって決めたから」
笑って、ふと見上げた彼はポーカーフェイスで。
けど、その首、彼の左の、耳の付け根に近い首筋に、赤黒い、小さな痕が残っているのに気づいてしまった。
あぁ、この痕は。
彼はそれに気づいているのか。あたしの動揺を知っているのか。変わらない表情であたしを見下ろし、ふと目を逸らす。
「レンアイも、楽しいのに」
楽しい。知ってるよ、そのくらい。あたしは、楽しんでる。
けれど、なんで、あたしはあなたの左隣にきてしまった?
あぁ、酷い。
「行こう」
おかっぱが彼の手をとった。
あたしの手をとる人は、そして、誰も。
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セリフから連想 No.11「ひとりで生きていくって決めたから」
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