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me note diary

2004年03月26日(金) ラテ・アフェアー

コーヒー豆を挽く、ガーって五月蠅い音が響いてる、駅前のいつものコーヒーショップ。
煙草の灰が、ラテの泡の上に落ちてるのに気付くときほど、凹むことはないかも知れない。
あの人がここにいないかなぁ…。と、いつものように思う。
けれど、店内を見回しても、長髪の痩せた長身のひとはいないようだった。


「おい?」
不機嫌な問い掛けに、え?と顔を向ける。
さっきから、つまらないギャグを言ってひとりで笑っている連れを無視して、携帯ばかり気にしていた。
誰でもいいから、誘ってくれればいいのに。


「これからどうすんの?って。」
「知らない。決めてない。」
どーでもよくて、言った台詞に、相手はイライラしてる。
「お前さぁ、何でいつもそうなの?たまには自分で何か決めたらどうなの?」
まだ二回しか会っていない男に言われたくはない台詞。
「誘ったのはそっちじゃん。」
新しいパッケージを剥いて火を点ける。
「何、その、誘われたから来てやった、みたいな言い方。」
そのとおりだもん。と思いながらも、口には出さない。冷めかけたラテは不味い、と思いながら一口飲んだ。


冷めかけはマズイ。ラテじゃなくても。例えば、恋とか。
そして冷めてしまったものは、レンジに入れてあっためたって、もう、美味しくはならないのだ。


あたしの無反応の意味をどうやら反省ととったらしい相手は、仕方ないなぁといった様子で、しかし少し機嫌を直して言う。
「ショッピングでもする?」
「うん。」
結局、そうなるんだ、と思いながら、別に文句はなかった。
ボキャブラリーの少ない女に、ボキャブラリーの少ない男がつくのを嘆いても、仕方ない。
「じゃ、行こう。」
「まだコーヒー残ってるの。」
待って、と言いながら、あたしはまだ奇跡を待っていた。
昔馴染が通り掛かって、このつまらない男から逃げたいと。


今日くらい、来てくれてもいいじゃない、ねぇ。


でも結局、奇跡なんて起きなくて、カップのラテはなくなって、あたしは席を立たなくちゃならない。
つまらない男は、一度デートに応じただけの同僚が、自分に好意を持っていると錯覚している。
誰でもよかった。
あの人がいないなら、あたしは。


外に出て、手も繋がない。
でもこの男が、今夜あたしの身体を触りたがるのは知っている。
誰でもいいのか、こいつも。
それならば、あたしたちは、一緒にいてもいいんじゃないかなと、言い訳気味に、思った。


2004年03月18日(木) kissxxxx

「眠れない夜は目を閉じてから、キスしてもいいと思える殿方を思い浮かべてみるの。20人以上出てくると、とてもしあわせな気持ちになるわ。10人以下だと、とても悲しくなるわ。」


川端だっただろうか。こんな文句を覚えている。
これが何という小説の一説だったか、どんなストーリィだったか、誰が主人公だったか、そんなことをまるで覚えていない。
ただ、ある婦人のその台詞だけ、なぜか覚えている。
もう若くはない婦人だった。
それなのに、わたしはその婦人が、どんな姿で、どんな表情を浮かべて、どんな場所で、そんなことを考えるのか。それを考えて、身体がかぁっと熱くなった。
たぶんバスローブのようなしどけない姿で、寝酒代わりのブランデーで淹れた紅茶のカップがまだうっすらといい香りの湯気を上げていて、もしかしたら薄く、寝化粧でもしているかも知れなかった。
美しい想像をした。


今、わたしはそれをやってみた。
いつものように、何の色気もないパジャマ姿で、ムードを演出するものと言ったら、微かに残る、ヴァニラのお香の匂いくらい。

寝付けず、何度も寝返りをうって、思い付いた。


キスしてもいいと思える男。
それは意外に少ないことに気付いた。
ひとり、ふたり、三人まではすぐ挙がる。けれど問題はその後。
やっとの思いで七人挙げた。
でも、そこまで。
あとはどうしても、見つからない。
周りに男が少ないわけではない。それなのに、浮かぶと何かけちがついて、却下ということになる。
難しい。


ふと、やけに真剣に考えている自分に気付いて馬鹿らしくなった。
時計を見ると三時半すぎ。
今夜はどうやら、眠れそうにない。


2004年03月12日(金) 手紙

「少しだけ、距離を置きたいなぁと、思ったのです。
気付いてみたら(いつもいつも、それは遅すぎるのだけど)、わたしは少し、ことばを軽んじていましたから。
慎重に、慎重に、そのことばが色を失わないように、昔は、口にして居たはずでした。
ごめんなさい。
複テかったのです。
あなたがそのことばを一度求めてから、あなたがそのことばを、いつもいつも求めて居るかと。
そのことばを口にしないと、心を疑われそうで。
待つべきなのです。
ことばが口をついて出てくるまで。
焦れば焦るほど、逆にわたしは不安になる。
あなたはそして、とても勘のいい人だから、わたしの不安を察知して、やはり不安になる。
あなたのすることひとつひとつがすべて、理にかなって居る。
おかしいのはわたしです。
そう知っているから、何も言えない。
でも、そんな言い訳であなたが許さないことも、知っている。
けれど…」


ここまで一気に書いて、そこで筆が止まった。
「けれど」
…けれど、どうしろって言うんだ?
肝心なことは何も言わないのはわたしの咎だ。
面藤テごとを嫌うから、言わないことを決めてしまった。
そして、あなたはそれを肯定した。
秘密を持つことも、そしてこうして、がむしゃらなことばを綴ることも。


自由なんて奪えよ!

知らない知らないもう知らない


愛を与えられ、権利を与えられて、たくさんの笑顔と、表情と、涙と、しあわせを与えられて、なくしたくないものだらけの日常を与えてくれたあなたに、これ以上ないくらいの感謝をしてる。
でも、もう、限界。
わたしのナイフを返してよ!!!


途中まで丁寧に書いた手紙を、ビリビリに破いて、棄てた。
そして指輪を夜の窓の外に向かって投げ捨てた。


もう嫌だ。
もう終わりだ。
ナイフと引き換えに、ぜんぶ、ぜんぶ、棄ててやるんだ。


2004年03月09日(火) Smells like...

ふわり。と、花のにおいがした。
視線を落とすと、沈丁花が咲いている。
あぁ、もう春か。
そういえば、以前にもこの香を嗅いだ。
「金木犀だ」
と、あまりに自信たっぷりに言われたので、笑うのも悪いようで、でも間違っているし、どうしてあげよう?
と、困ったのだっけ。
思い出した。


風が、強く吹いた。
肩の下まで伸びた髪がさわさわと乱れて、手でもって押さえる。
ふわり。と、花の香とは違うにおいがした。
家を出る直前につけた、甘い、りんごのにおいのする香水だ。


暫く、この香水をつけていなかった。
部屋には、十本以上の香水瓶があって、気分でつけてみるのだけど、中にはもう飽きてしまったり、気にいらなくなって、つけなくなってしまったものもある。
その中のひとつを今日、気紛れにつけてみたのだった。


何で見たのか忘れたけれど、ひとつ、憧れているものがあった。
付き合った人毎に、香水を変えるというのだ。
香りひとつひとつに、ひとりの人の思い出が詰まっているので、その想いを他の人のそれと混ぜ合わせないように、ひとりにひとつの、香り。
もちろん、そうすると、使い切れないで残ってしまった瓶が出てくる。
そういうのを、たまに眠る前につけてみたりする。
嗅覚が、呼び起こすもの。
それを嗅いでいる間、彼女は何を想うのだろう。


残念ながら、わたしには香水の数ほど恋愛していないし、相手が匂いものが嫌いそう(つまり、実際確認をとるようなこともしない)、という理由で香水をつけなかった恋愛もある。
それに、好きな香りを身に付けたいのだから、別れたからといって、その香りを纏えないというのは、正直出来そうにない。


ふぅ、と息を吐いて、手首を鼻に近付けて、甘いりんごのにおいを嗅いでみる。
でも、だからこそ、憧れる。


また風が吹いて、さっきとは違うところから、同じ沈丁花のにおいが流れてきた。
五感の中で、一番繊細な記憶をとどめるのが、嗅覚だと思った。
ほら、またこの季節…。


2004年03月02日(火) パスワード・エラー

正確にいえば、IDのエラーだったりする。
アイデンティティを失っているから、自分のナンバーを忘れている、のかな。
メロンソーダにオレンジジュースを混ぜながら、思った。


もっぱら、自分自身にナンバーをつける、というのは極めて実用的なことと思う。
管理する側がやりやすい、という以上に、自分はこの、6桁の番号なのだということに、半ば安堵したりすら、する。
生身の人間、という尊厳だかなんだか、そんなものは、とうに忘れた。
失くした。
嗚呼、そんなことを思うと、アイデンティティが云々、そんなのもどうと言えなくなるな。


「欠如、欠如、欠如……」
何が欠けている?
執着だとか、気力だとか、なんだとか。
欠けているといったら、すべて欠けている。
お金も、知識も、魅力だとか。
そんなものが、何だかんだ言って、大事だと思う。


けれど、自分にとっては、それほど重要でもないか。
今、すべて失くしているのだから。
何者でも、ないと思う。


誰もが今、IDのもとに管理され、動いている。
ディスプレイの中に並んだ数字、それがただ、あなただ。
その中のひとつが何かの拍子に消えていても、多分、誰からも気付かれない。
それがこの世界から、ひとりが永遠に消える、ということであっても。
ナンバーを忘れたり、失くしたりすることが、すなわち自らの削除に繋がることだとしても。
その重要性に気付かないのだから、それはその軽さを誰もが知っているということだ。


単純明快な、ルール。


部屋に戻ってくると、明かりが点いていて、あなたが迎えてくれた。
この人の前だけで、ナンバーは作動しなくなる。
自分は「わたし」であり、「名前」を持っている。
それは、それまでとは違う、安堵だった。


それもいつか終わりを告げ、やはり自分はただの6桁の並びなのだと理解したとき、人は、骨になるのだろう。
それも遠くはないのだと知るから、ますます、愛しくなる。
そうなのかな。


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管理人:サキ
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