back
next
new
index
mobile
me
note
diary
2004年02月29日(日) ランジェリー
似合うだろうか?
全身鏡の前で、何度となくポーズをとる。
買ってしまった後でこんなことをするのなんて、おこがましいことこの上ない。
そんなことをわかっていながら、何度も何度も、姿見を見直す。
黒のシルクの素材に、淡いピンクのドットプリントとレースがついた下着姿の自分は、この上なくセクシーだと思う。けれど、果たして。
女の子はみんな、誰しも、こんな夜を経験するのだろうか。
鏡に映った自分は、セクシーだけど、もっと言えば、コケティッシュだ。
ぶっちゃけて言えば、似合ってない。
ガーターベルトなんて、100年早いよなんて、言いたくなるわけ。
それでも、こんな姿を鏡に映して、
「悪くない。」
とか。
明日、あなたがどう言うか。
それだけあたしは気にして、すべて脱ぎ捨て、ベッドに入った。
「ひとりなんて、つまらないよ。」
明日になれば、ひとつになって、ただ、そのことだけ。
特別な下着は、特別な人のためだけに。
2004年02月19日(木) 鴉飼
幼い頃、鴉使いになりたかった。
鴉は利口だ。飲み込みも早いし、応用だって利く。それに、よく見てみれば結構可愛いものだ。
そんなことを考えていたのは、電車待ちのホームの端っこに、一羽の大きな鴉がいたから。
太い嘴を器用に使って、ホームに落ちて踏み付けられてこびりついた、パンか何かをこそぎとって食べているみたいに見えた。
真っ黒な翼はてらてらと光っていて、油を使って丁寧に手入れした、毛皮のコートを思い出させた。
全身黒い中でも、特に瞳は目立ってきらきらと漆黒にくるくる光る。
足も太い。
爪も大きくて鋭い。
こんなので鷲掴みにされたりなんかしたら、ひとたまりもないだろう。
ホームは決して空いてはいなかったけれど、その鴉の周りだけ、ぽっかりと空間ができていた。
みんなやはり恐いのだ。
わたしはベンチに座って、その黒い躯が機敏に動くのを見守っていた。
「まもなく、4番線に列車がまいります。ご注意下さい」
アナウンスが流れても、鴉は動かない。
今まで機敏さを見せていたのが、むしろ、緩慢になったような気さえした。
ふと、鴉が振り返った(気がした)。
ふと、鴉と目が合った(気がした)。
「アタシサァ、ジサツスルワ」
鴉の目がくるくる回る。
「ナンカネ、ツカレチャッタシ、メンドイジャン。シヌシヌ。シヌカラ。アナタ、アタシノサイゴ、ミトドケテテヨ?」
電車がホームに入り込んでくる振動が、伝わってきた。
翼を広げると、三倍くらいの大きさになるんだ。
すぐに鴉は、飛び立ち、ホームの端っこの手摺を止まり木にした。
ふと、鴉と目が合った(気がした)。
くるくる回る目が、笑った(気がした)。
鴉が啼いた。
けれど、その声は醜いカァカァいう声ではなく、
クルルクルルという、まるで鳩のような声だった。
電車に乗り込んだとき、鴉は見えなくなっていた。
2004年02月17日(火) 自慰中毒
肉体的自慰。
精神的自慰。
どちらにしても、日常茶飯事だ。
恋人は四六時中隣りにいるわけではないし、何にせよ、四六時中セックスしているわけにもいかないのだ。
昔の男が死んだという噂を聞いた。
流行病であっけなく、という。
ざまぁみろと思った。
友人の手前、神妙に悔やみなど言ってはみたが。
内心では、祝い酒に赤いおまんま炊いてやろうと躍り上がった。
その前に一応、塩は忘れず撒かなけりゃと思ったが。
その男は「貞淑な女」を望んだ。
性交を持つのは夫婦(めおと)の契りを結んでから。
自慰など以ての外。
口づけすら、汚らわしいと忌み嫌った。
わたしがその男を袖にしたのはそんな理由からも明らかで、今は別の男から心も身体も愛されている。
「ひとり跡形もなく消せるのであったら、間違いなく、あの男を殺すわ。」
と言っていたわたしに、友人が、
「だったら何故、一緒になったの。」
と訊いた。
答えは多分彼女が思い描いた以上に簡単だった。
「あんな男でも、誰も居ない寂しさに泣くよりはマシだったのよ。」
ひとりは嫌いだ。
ひとりになると、決まって泣くから。
思えばわたしはいつだって、想い人に抱かれる算段のなさにやつれて、嘆いていたのだと思う。
「所詮、代用品だ。」
そう思い、我慢した。
喩えそれが世紀末的白痴であっても。
あの男が死んだ。
わたしは狂人のように、ひとり、笑った。
「またひとり。」
笑いが止まらなかった。
指は動いて、てらてらと、濡れる。
2004年02月13日(金) 飴
チュッパチャップスを舐めながら、誰かを思い出す。
そう、あれは、あの場所。
地下室。
コンクリート。
フルヴォリューム・ミュージック。
サイレントナイト。
無心。
あなた。
袋いっぱいのコンパクトディスク。
山盛りの灰皿。
アッシュ。
空っぽの灰皿。
カフェラテ。
ビア缶。
ジントニック。
ライムシロップ。
コロガルイシ。
不眠街。
手渡されたのは、チェリー。
甘酸っぱい、大好きな味。
あの人はオレンジを口に含み、その唇は、如何にも甘そうで。
いちごみるく
コーラ
グリーンアップル
……
手元の灰皿に積み上げられた、甘いビニールパッケージ。
「虫歯になんぞ。」
「手遅れかもー。」
にこにこ笑って、ご機嫌で。
あぁ、色つき眼鏡の奥の眼は、こんなにも優しげで。
大きな手。
憧れだった。
憧れてる。
焦がれてる。
……届かない。
ふと見たら、HIDETAKAさんが、ギターかき殴って、うたってた。
なによりも、この瞬間を、愛していると、思った。
オレンジの飴玉は、口の中に溶けて、十分後、あなたがキスしたときにきっと、
「甘い」
と笑うだろう。
日常を裏付けるものなど、知らなくていい。
2004年02月07日(土) 斯様な宵に何を望むか。
「言わなきゃわかんねェよ。」
あなたは言った。
つまり。
あたしが口にしなければ、
(あなたには)
死ぬまで知れることは、
ないのだわ。
2004年02月04日(水) 耳鳴り。
耳鳴りが、する。
エアコンを消して、明かりを消して、ベッドに潜り込んだ彼女はそう思って寝返りを打った。
まるでライブ帰りの夜みたいだ。
馴れた感覚ではあったが、それでもまだ、違和感があるのは、シチュエーションが違うからだろうか。
少しばかり飲み過ぎたかもしれない。
そう思って舌打ちする。
それでも、無理やり目を閉じるとすぐ、眠気が襲ってくる。
仄かに、No.8の匂いが漂っている。
耳鳴りは、続いた。
目を閉じてもなお、彼女の周りを空気のように包み、彼女をイライラさせた。
眠りたいのよ。
切実な、思い。
ならぼくは、彼女の邪魔をしないように、ひたすら、祈り続けよう。
力が、抜けてゆく…。
2004年02月02日(月) HONEY
「あたたかいお茶を淹れてきてくれないか」
彼が汚れたティーカップをこちらに差し出した。
彼がお茶というのは決まって紅茶、それもアールグレイのことで、ぼくは心得てそれを受けとる。
そのカップは、まったく、汚れていなければ大層なブランド品で、愛好家なら目の色を変えるようなものなのに、彼ときたらそれを、まったく杜撰に扱っているものだから、底や唇の当たる部分がすっかり茶色く変色してしまっていた。
ぼくがここに来る前は、ろくに洗うこともせず、飲み終わればその辺に放って置いて、また飲みたくなったらそこにそのまま注ぎ足す、ということをしてきたらしい。
おかげで汚れは頑固にこびりついて、ぼくがクレンザーでいくらがしがしやっても、到底落ちてはくれなかった。
「甘くしてくれよ。かといってシュガーはダメだ。わかっているね?」
もちろん、とぼくは笑う。
ここにきて、何百回聞かされたものだ。
「蜂蜜を、スプーンに三杯、でしょう?」
ぼくの答えに彼は満足そうに微笑んで、デスクに目を落とした。
あとはぼくがカップを持っていくまで何を言っても耳には入りやしないだろう。
いや、持って行っても無理だ。
一端仕事を始めると、世界は彼の回りから消えてしまう。
彼が気付いたときにはすっかりお茶も冷めてしまっていて、彼は苦い顔をしてそれを啜るのだった。
「ワン・フォー・ミィ、ワン・フォー・ユー、ワン・フォー・ポット」
彼のためにお茶を淹れながら、ぼくは二度、このスペルを繰り返す。
一度目は茶葉を入れるとき、二度目はいい匂いをたてているアールグレイのカップに蜂蜜を入れるとき。
ぼくは実は、紅茶に蜂蜜を入れるのは好きじゃない。
紅い綺麗な色が、黒く珈琲のように濁ってしまうから。
匂いだって同じで、せっかくの香りが蜂蜜の匂いで曇ってしまう。
それなのに、彼はそれを三杯も所望するのだから、
「まったくどうかしている。」
溜め息が黒ずんだ紅い水面をそよがせた。
彼のデスクに熱い淹れたての紅茶を運んだ30分後、不意に彼の声がした。
「また冷めてしまったよ。」
ぼくは声を立てずに笑った。
「しかしな、キミの淹れてくれたお茶が一番美味いのだよ。」
ぼくはそして、至上の悦びを感じるのだった。
<<
>>
感想等いただけると、励みになります。よろしければ、お願いします。
管理人:
サキ
CLICK!→
[My追加]
Copyright SADOMASOCHISM all right reserved.