心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2004年12月31日(金) 大晦日

今年も「心の家路」にたくさんのアクセスをいただきまして、ありがとうございました。

これを書いている裏では、WAV編集ソフトがMDからの録音中であります。今回は録音の音質がいいのでノイズリダクションなどの手間がいらなくて助かります。ただ、しゃべっている内容の中から固有名詞を削除するという作業は、実時間以上の手間を食うことになります。
固有名詞といっても、たかだかAAでのニックネームやグループ名・県名ぐらいなので、個人的にはわざわざ削除する必要があるのか疑問に思ってはいます。ただ、スピーカーのプライバシーを守るという意味では、必要な作業なのかもしれません。
今回の録音にも自分の声が入っていて、聞いているだけで恥ずかしくなります。声が小さいのとマイクの使い方がとても下手で、ほとんど聞き取れない部分すらあります。この場を借りてお詫びしておきます。ごめんなさい。

毎年恒例(とそろそろ言ってもいいでしょう)のお正月三が日特別ホームページは、今回は「砂の上の足跡」の使い回しであります。実は年賀状も全く同じデザインなんですが、「年賀状連動企画」と名前を付けて手抜きをごまかしておきましょう。

それから、携帯電話用のページも暫定公開しました。ホームページの右上に無粋なQRコード(二次元バーコード)があるので、バーコード読み取りの機能がある携帯電話をお使いの方は試してみていただきたいです。

今年も「心の家路」にたくさんのアクセスをありがとうございました。
我が家では年末の大掃除をするでもなく、ただ単なる休日として過ぎていきます。
来年はリンク集に追加をいくつか検討しています。それに「90の道具」も、がんばって続けていきたいです。


2004年12月30日(木) 遅くなってごめんなさい

夏の「ビッグブックの集い」の様子を録音したMDが8枚僕の手元にあります。これに参加したときには僕は時間が無制限にある自由人だったので、MDを編集してCDに焼き、配布できる形式にするのを引き受けたのでした。
が、いつまでも時間が自由になるつもりでいたので、「そのうちにやろう」と一日延ばしにしているうちに就職してしまい、時間に追われる生活をするうちに、そんなMDの存在すら忘れていました。

先日上京してAAの委員会に出た際に、「その様子を聞きたいという仲間もおるんやけどな」と催促されてしまいました。というわけで、今日はMDデッキとパソコンを久しぶりにつないで、音声のオフライン編集などしていたのでした。

ところで、キーボードを入れ替えてから気がついたのですが、僕は「U」のキーを右手の中指で押す癖があるようです。人差し指で雄のが正しいタイプ方法なのですが、間違って覚えてしまったようです。「U」のキーを打つ回数は意外と多いので、右手の移動量が多くなって腱鞘炎に良くないような気がします。

というわけで、癖を直そうと努力しているのですが、なかなかうまくいかずに苦労しいています。以前「P」を薬指で打っていたのを小指に変えたときも難儀しました。

もちろん、キーボードなんてどんな風にたたいたって自由なのです。でも、「こういう指運びをするとスムーズでよろしい」というのがあるのはピアノの鍵盤と同じかもしれません。


2004年12月29日(水) 接続すると言うこと

キーボードが壊れ、マウスの線が断線し、モニター内蔵のUSBハブが変なデータを出している状態なのに、「何かソフトの設定が悪いのだろう」といろいろといじくり回して時間を浪費していました。

さて、ディジカメを買って以来、ほとんど毎日上着のポケットに入れて持ち歩いています。
重さは135グラムですから、一番最初に買ったPHSぐらいの重さです。大型の携帯(FOMAとか)より若干重い程度だと言えばわかってもらえるでしょうか。
しかしシャッターチャンスはあまりありません。毎日が自宅と会社の往復で、どちらでも机の前に座っている時間が一番長い僕であります。自由時間はほとんど夜ですから、勢い夜の写真が増えることになります。

今までもディジカメを持ってはいたのですが、それほど使わなかったのは、やっぱりパソコンへの転送が面倒だったからでしょう。USBケーブルでつないで、転送ソフトを立ち上げて・・・というのは正直「かったるくて」やっていられない。
新しいディジカメはメモリーカード式なので、カードを抜いてパソコンのカードリーダーにぶっさせば即座に編集できるのが楽でいいです。

ところで先日買い換えた携帯電話にも、もちろんカメラはついているわけです。解像度はVGA(640×480)なので、画質さえよければセカンドカメラとして使っても悪くないかも・・・。そこで携帯電話とパソコンをUSBケーブルでつないで、撮影したデータを転送できるソフトを買ってきました。そして、冒頭に書いたように、ソフトがまともに動かなくてハマっていたというわけです。

我が家には大掃除という習慣がないので、年末年始の休みは「日常の疲れをとるリフレッシュ期間」になっております。携帯電話がディジカメの代わりになるかは、また後日。


2004年12月27日(月) 今年一年を振り返ったりする

今年最後のAAミーティングへ出席。県内では年末までにまだいくつかAAミーティングもありますが、この盆地の中はとりあえずこれでお終いであります。
テーマは(恒例?)「今年一年を振り返って」。

今年は10月にラウンドアップがあったけれど、それよりも個人的に印象に残ったのは、毎年やっている地区のオープンスピーカーズミーティングでした。以前同じ建物でやったのは6年前でしたが、その当時とグループの構成メンバーががらりと変わってしまっていて感慨深かったです。それはともかく、今回のオープンスピーカーズ以降は、メンバーの定着率も上がったし、新しい人もつながったし、にぎやかになって、良い影響がたくさんでました。
一方で、亡くなった人も、飲んだ人もいた一年でした。

個人的には7月に会社が倒産して「ぷう」に成りはてたり、10月から就職した会社でストレス満載だったりと、そう悪くはないけど、平穏無事というわけでもありません。収入はここ10年では最低でした。

ともかく、これで今年のAAスケジュールは全部終了です。

自分の気持ちを振り返ると、下の子供が来年小学校に上がるので、ランドセルを買ったのが印象に残っています。飲んだくれで反社会的存在だった僕が、いつのまにか小学生二人の父であります。もっとも、父親は数万円のディジカメを衝動買いし、娘には数万円ではなく数千円のランドセルを背負わせるあたりは、まだまだ性格的欠点はどうにもならないのであります。

今年も飲まずにこれました。これも皆様からいただいた力のおかげであります。
ありがとう。


2004年12月26日(日) 間違ったときには・・・

あんまり積極的には使っていないのですが、ieji.org ドメインのメールアドレスというのがあります。POP3(メール受信用)サーバーは提供してもらえるのですが、送信用(SMTP)サーバーを提供してもらえないので、こちらのソフト を使っています。でも最近はSPAM(迷惑メール)対策として、自前のSMTPサーバーからのリレーをrejectするプロバイダーも多く、せっかく送ったメールが返ってくることもあって、積極的に使えない理由になっています。

昨日の晩に、あるメーリングリストに投稿したつもりだったのに、今日になっても配信されません。年末になってサーバーが混んでいるとしても遅すぎる思って、念のため自前のSMTPのログを調べてみると・・・10月以来そのアカウントで送ったメールが全部送信できずに溜まっていました。

10月にファイヤーウォールソフトをアップデートしたのが原因でした。Radish君は malformed (不恰好な)DNSリクエストを出すおかげで、ファイヤーウォールソフトにDNS差し止めをくらってしまい、メールを送れもしなければ、逆に返信もできもせず、一人で悩んでしまってメールを溜め込んでいたようです。

そういえば先月に、「メールが届いてません」という苦情が来たことがあったのに、よく調べもせずに「ちゃんと送りました」と2回返事をしてしまった記憶があります(その時はらちが明かなくて結局FAXで送った)。実はメールはまったく送れていなかったとは・・・。

ITプロフェッショナルだからといって、パソコンでつまづかないわけではありません。四輪駆動車は普通の車より面倒なところでスタックするわけであります。

それにしてもメール相手には申し訳ないことをしました。ステップ10に「誤ったときはすぐに認めた」とありますから、自分の間違いはすぐに認めないといけないですね。お詫びのメールを送ろうかと思いましたが、今日はもう遅くて眠いので・・・と言い訳をして済ませてしまいます。


2004年12月25日(土) 今日は一食だけ

11月には少なかった病院の患者さんが、12月になって増えてきました。
もうすでにお正月明けに入院できるように予約している患者さん(家族か?)もいるという話もあながち冗談ではないようです。
お正月まで待つぐらいなら、とっとと入院してしまった方が良いんじゃないか、という考えはフツーの人の考えなのでしょう。
飲んでいるときは辛くてやりきれないけれど、何とか入院だけは避けたいと思って一日延ばしにする気持ちはよくわかります。そして、「このままではダメだ」と思って入院するんだけど、解毒が終わると「こんな場所でぐずぐずしていられない」という焦りが出てくるもの。
きっと1月の病院メッセージは、たくさんのイライラした人たちを相手にすることになるのでしょう。

サブマシンに入れていたCD-Rドライブが壊れてしまいました。先月DVD±RWドライブを買ったばかりなので、古い部品が壊れても別に困ることはありません。でも、壊れたのを捨てるのはちょっと面倒です。
僕の住んでいるところでは、パソコンの部品などの小型家電製品は「埋め立てゴミ」に分類されていて、月に1回の収集日に出さないといけません。その日の朝に出すのをすっかり忘れていると、部屋の片隅に不要品の山ができます。どうやらこのまま年を越しそうです。

医者に「一月あまりで8Kgも太りました」という話をしたら、「食欲がないという話だったからミラドールを3錠処方したけど、減らそうかね」と言われてしまいました。新しい処方で、体重は減るのか、それとも正月太りでさらに増えるのか?


2004年12月24日(金) まじめに書かれた本について

以前古本屋に本を売りに行った際に、査定を待っている間に 『分裂病がわかる本』 という本を見つけて購入しました。
選んだ理由は純粋に「興味本位」と言っておきましょう。

僕は4回の入院のうち、3回までが(アルコール専門病院ではなく)一般の精神病院でしたので、その間合計5ヶ月ぐらいは、分裂病(統合失調症)の人たちと寝食を共にした経験があります。日本の精神病床35万ベッドは、その大部分が統合失調症の人で占められています。そして精神科医の研究対象も、アルコール依存症などはマイナーなたぐいで、人気があるのは統合失調症だそうであります。

僕が経験から学んだことは、その患者の人たちは決して危険な人たちではないということです。僕は入院中に、激しい口論や殴り合いのけんかが起きているのを何回か目撃しましたが、それは全部アルコール依存症の入院患者が起こしたものでした。

AAのミーティングで、「自分は依存症以外にうつ病も持っている」と告白する人はたくさん見てきました(自分もそうであります)。ところが統合失調症だと言った人は見たことがありません。でも、存在していないかというとそんなことはなくて、個人的に教えてくれた人はいます。彼らが特徴的だったかというと、決してそんなことはなく、物静かな感じで、言わなければ決してそうだとはわからなかったでしょう。

で、本の話ですが、中身は病気について科学的に書かれているほかに、患者の生活はどういったものか、家族はどうしたらいいかということまで細かく書かれていて、なかなか面白く読めました。うつ病や依存症についても、こうした公平に書かれた本が望まれます。

精神分裂病の病名が統合失調症に変わって、出版されている本ものきなみ書名がつけなおされたようです。しかし、きわめてまじめに書かれたこの本のようなものは、重版される機会もないのか書名はそのままであります。ひょっとすると絶版の危機なのかもしれません。
かといってセンセーショナリズムで本を売るのもどうかと思いますけど。


2004年12月23日(木) 障害者手帳とスティグマ

障害者手帳をもらったと言う話は以前に書きました。
一緒に届いた案内の紙には、市のゴミ焼却場に併設された入浴施設が、その手帳で無料になると書いてありました。以前もその入浴施設にたまに行っていたのですが、無料となると結構しょっちゅう行ってしまうのが僕の人間性であります。
銭湯の番台みたいになっているところで、手帳を見せると特に手帳の中身を改めるわけでもなく、通してくれます。

精神障害者の手帳は、身体障害者の手帳や療育手帳と違って、交通機関の割引はほとんどありません。こういうものはまずJRが割引するようになると、他の交通機関も右に習う仕組みだそうです。JRの言い分では、精神障害者の手帳は顔写真が張ってないため、本人確認ができないため、不正利用の可能性が高いということです。
ただ、顔写真を張ることは障害者の家族会などが反対しているのだとか。ここらへんは精神病に対するスティグマの存在を感じさせます。

以前東京のある地下鉄の駅で、僕は切符を間違えて買ってしまい、有人改札のところへ行って払い戻しを頼もうとしました。すると、そこには先客がいて、なにか駅員に高圧的な態度でものを言っていました。
それは3人家族で、子供が(交通事故か何かが原因でしょうか)足に障害を抱えている様子でした。その父親は子供の障害者手帳をかざして、子供の切符の割引を要求していました。「子供だから半額で、手帳があるからその半額だろう。つまり半額の半額だ」。その半額の半額という言葉が繰り返されて、なんだか雰囲気が殺伐としていました。
駅員が「半額の半額と言う切符は自動販売機では販売していないから、駅長室へ行ってくれ」と言うと、その父親はなにかを吐き捨てるように言うと、去っていきました。
あの一件以来、障害者割引と言うのは、感謝して受け取るべきものか、当然の権利としてあるものか、僕は考え続けているのです。


2004年12月22日(水) やっちまったー。

ハードディスクの中身を吹っ飛ばしてしまって、現在Windowsの再インストール中です。
いろいろと失ったデータもあって「トホホ」という感じです。
とりあえずこの休日は復旧作業に終われそうです。やれやれ。


2004年12月20日(月) かっかそうよう

子供が学校でいじめられるといって投稿したがりません。
男の子たちが徒党を組んで、女の子たちを殴ったり蹴ったりするのだそうです。先生も気を配ってくれて入るみたいですが、先生の目の届かないところでやるようです。
この話は、今年の初めぐらいから断続的に聞いているのですが、しだいにエスカレートしてきたようです。
休んだときは先生が様子を聞きに電話をかけてきてくれるのですが、根本的問題の解決にはなりません。結局保護者どうしで話し合うしかないのでしょうか。妻の話と子供の話を聞いて、「うーん」とうなるほかない自分であります。子供の学校で起きていることというのは、隔靴掻痒という感じで、手が届かなくてもどかしい思いです。

話は変わって、携帯電話を買い換えたついでに、「心の家路」の携帯電話向けページを作ってみました。といっても携帯電話向けに注力している余裕もないので、あくまでも実験公開中というところです。

ツーカーとauの旧機種なら http://ieji.org/ez/ 。auの新機種、ドコモ、ボーダフォン(旧ジェイフォン)なら http://ieji.org/i/ であります。一応 Compact HTML で書いている(つもり)なので、PHSでも大丈夫だとは思いますが、確かめる手段がありません。



2004年12月19日(日) 買っちゃった(携帯編)

新宿駅について時計を見てみると、まだ帰りのバスまで100分ありました。
とりあえず西口のカメラ店のパソコン売り場で一時間時間をつぶしました。もう仕事でもプライベートでも新宿にしょっちゅう来ることはないのだと思うと、このカメラ店も、ここのポイントカードの残高も名残惜しい気がしました。
普段あんまり人がいない、プリンターのインク売り場に人だかりがしていました。皆さん年賀状印刷のためにカートリッジを買い求めに来たのでしょう。僕もリフィルインクをひとつ買ってポイントを消化することにしました。

外へ出て携帯電話売り場をのぞくと、買おうか買うまいか悩んでいる新発売の端末が売りに出ていました。機種変更の場合、今のを25ヶ月以上使っていれば8千円まで安くなると値札に書いてありました。
いったんコンビニまで退いて、ジュースを飲みながら戦略を練りました。
「よし、25ヵ月以上経過していたら、機種変更しよう。24ヶ月以下だったら、潔くあきらめよう」

店員に調べてもらうと、「25ヶ月以上でしたよ」と笑顔で答えられました。
それでもまだ心に迷いがあって「バスの時間まであと20分しかないから・・・」。「10分間あれば余裕で機種変更できますよ」。完敗。

携帯電話にもポイントがたまっていて、結局4000円足らずですみました。
新しい携帯電話は、前のより薄くて軽いです。ポケットの中の存在感がなんとなく頼りない。
ブラウザの動作が軽快だったので、ついつい天気予報とか余計なものまで見てパケット代を使ってしまいました。
「心の家路」も携帯で見れるようにしようかなぁ。


2004年12月17日(金) カウンター

「心の家路」を開設したのがおととしの1月末ですから、もうすぐ3年になります。
最初はCOOLという無料スペースを借りての公開だったのですが、広告が入るのはいろいろと問題があるだろうというわけで、すぐにJANISという当時契約していたプロバイダーのスペースへ移動しました。その後独自ドメインへ移動して、現在に至っています。

開設当初から変わらずに訪問者をカウントし続けてくれているのが、ホームページ最下部に設置してあるカウンターです。久しぶりに自分のホームページを見てみたら、カウンターが49000を超えていたので、今年中には5万に達しそうです。

普通だったら謝恩の意も込めて、キリ番ゲットのひとにプレゼントを贈ったりするのでしょうが、送品のために住所氏名を教えてもらうのも気が引けるので、とりあえず企画はお蔵入りさせていただきます。それでも、「なんかくれ」という要望があったらやろうかな・・・。

世の中にあまたあるウェブサイトの中で、3年弱で5万カウントというのは決して多いほうには入らないでしょう。でも、インターネットの片隅にささやかにでも存在し続けたいものであります。「かぎりなく透明でささやかなウェブサイト」とでも名乗っておきましょう。

この日々雑記と掲示板をサイト内に収容すると言いながら、まだ実現しておらず、広告が画面上に出てしまっています。なんとかしたいと思いながら、なかなかまとまった時間がとれずにいます。高速道路通勤が来年の春まで続くことになりました。ウグイスが鳴くころには、すこし変化もつけたい・・・などと来年の話をすると鬼が笑ったり。


2004年12月16日(木) 電車男NHKに現る

最近特にお気に入りの音楽もないので、車の中ではAMラジオを聴いていることが多いです。
音楽だったらFMラジオのほうがいいのでしょうが、近年のFM放送は音楽放送というよりは、おしゃべりラジオになってしまっていて、聞いていてうるさく感じられてしまいます。
十数年前はFM放送の番組表専門の雑誌が4誌あったのに、時代とともにだんだん休刊になっていって、去年最後のひとつがつぶれてしまいました。「エアチェック」などと言って、FM放送をカセットテープに録音して聴くという趣味自体が廃れてしまったのでしょう。
そこへいくともともと声が主体のAM放送のほうは、聴いていて変わらぬ安心を与えてくれます。

そんなAMのニュース番組で、『電車男』を取り上げていました。もう50万部も売れているのだそうです。実は我が家にもずいぶん前に届いているのですが、まだ読んでいる暇がありません。まあ、大体中身のほうは掲示板の再掲サイトのほうでわかってはいるのですが・・・。
本の帯に「今世紀最強の純愛物語」なんて書いてありますが、ある書評によれば「これは、女性と付き合ったことのない成人男性たちが、自分たちで作り上げた誠実なる恋愛マニュアル」なのだそうです。

しかし2ちゃんねるは隠語と誤字脱字が雨あられと降る場所であります。この本の校正はすごく大変だったろうなぁと想像してしまいます。


2004年12月15日(水) ぷりばんご

ウェブサイト(ホームページ)を維持していると、そこに連絡先のメールアドレスを書いとかないといけません。「ないといけない」という規則があるわけじゃありませんが、書いておくのが常識であります。書いてないとなんだか、情報の押し付け一辺倒のような薄気味の悪いサイトになってしまう気がします。

ホームページに書いておくだけじゃなくて、掲示板にも書くし、人様の掲示板に書くときも書くことにしています。掲示板では別にメールアドレスを書く必要はないのですが、時々「二郎さんところの掲示板の書き込みを見てメールをしています」なんてメールが届くところをみると、見ている人もいるのでしょう。

そうやってメールアドレスを公開していると次第に「汚れて」きます。2千円で買えるメールアドレス自動収集ソフトに発見され、メールアドレス売りに売られ、迷惑メール配送業者によってしこたま迷惑メールが届くことになります。
一度汚れてしまったメールアドレスをきれいに戻す方法はなくて、そのアドレスを使い続ける限り一生迷惑メールに悩まされながらすごすわけです。

公開していなメールアドレスでも、僕の仕事用のメールアドレスみたいに信頼できる(とそのときは思った)一握りの人にしか知らせていなくても、数ヶ月で迷惑メールが届くようになります。ウィルスメールが来るのは、誰かが感染したせいに違いありません。

そんなわけで、本来ならばメールアドレスというのは住所氏名と同じでしょっちゅう変えるものじゃないはずですが・・・携帯電話での経験から、「無意味な文字列を使ったメールアドレス」と「頻繁なアドレスの変更」が有効だということになってくるわけです。

というわけで、パソコンでも こういうサービス を利用して、メールアドレスを使い捨てていくという手段をとってみることにしました。


2004年12月13日(月) 晴れ待ち

夜7時半に会社を出て駐車場から見上げた空は晴れていたので、「これは見れるかな」と思っていたのですが・・・。
峠を越えて帰ってきたら、一面の曇天でした。
こんな時間(午前1時)まで晴れ待ちしてみましたが、諦めます。


2004年12月12日(日) 病院メッセージ

自分の入院したことのある病院へメッセージ活動。
患者さんの発言で、「世の中日曜日は休みなんだ。病院のプログラムだって日曜日は休みにしてくれ」というのがありました。自分の意思で病室から出てきているわけじゃなくて、治療プログラムの一環だから仕方なくという人なんでしょうけど・・・。
昔、別の病院に入院していたころ、入院当初毎日点滴を受けるのが嫌になって、看護婦さんに「点滴は日曜日はやすみにならんのか?」と嫌味を言ったら、「病気も日曜日は休みになるといいねぇ」と皮肉を言われてしまいました。
日曜日だけでも「まともに」飲めたら、どんなにいいかと思った記憶があります。

ここのところ一月あまりで5Kgほど太ってしまい、ついにお腹が入らないズボンができてしまいました。「もう夜食は食べない」宣言をとりあえずしてみます。
(「永遠に飲まないと誓う」ことがどんなに無意味であったか知っている人間)。


2004年12月11日(土) 信じるものは救われる

午前中は精神科医へ。午後は眼科医へ。夜はAAの地区委員会へ。

AAメンバーの訃報が届きました。
もう高齢ではあったものの、長生きのこの時代にあって高齢というわけではありませんでした。何が原因で亡くなったのかは知らされませんでしたが、酒を飲まずになくなったことだけは確かです。
あるとき彼にあらたまって「世話になったね」と言われたことがありました。特に何かをしてあげたという記憶はありません。ただ、彼のソブラエティの早い時期に、彼のホームグループのミーティングを何回か訪ねたことだけを憶えています。
知っている人がいきなりいなくなってしまう淋しさがあります。でも、「飲まずに死ぬ」ということは、私たちにとってこの上ない幸せであることも確かな事実なのです。

帰宅すると、上の娘の誕生日でした。今日はトイザラスに一輪車(乗るやつ)を買いに行ったそうなのですが、クリスマスのプレゼントを買い求める人たちで、駐車場があふれていて大変だったのだよと、教えてくれました。
僕のソブラエティの一年目に生まれた娘が、もう8才です。あと8年たてば16才で、もう8年たてば24才です(当たり前)。その時になって振り返れば、またそれもあっという間なのでしょう。

「飲まずにいれば、何とかなるんだよ」

と先行く仲間は言いました。飲まずにいれば、なんとかなるのでしょう。


2004年12月10日(金) 忘年会

会社の忘年会があることをすっかり忘れていました。
座敷での宴会で僕が苦手なことは、なかなかお腹がいっぱいにならないことです。酒をやめたからといって酒のつまみまで嫌いになったわけではないし、確かに刺身などはおいしいものです。でも、お腹がいっぱいになって満足感が得られるのは、鍋物があらたかた空になるまで食い尽くした後になることが多いです。
回りは酒で盛り上がっているのに、中途半端な腹をかかえて席にいるのも辛いものです。そこで、AAの先行く仲間のサジェッションにあるように「宴会に行く前にちょっと何かを食べていく」ことにして、コンビニで買ったホイップクリームとイチゴジャムの甘ったるいパンを食べていきました。

が・・・、宴会場は寿司屋に設定されていて、普段より食べ物の多い宴会となりました。酒の誘惑を感じなくてすんだのはありがたいのですが、お腹がいっぱいになってしまいました。満腹なのに、最後に寿司まで出てきて、しかもそれを食べてしまって、お腹が苦しくなってしまいました。

「あなたはこの会社に来て、楽をしているのじゃないの? もっと自分から進んで発言して、指示待ち人間じゃなくて仕事も進んでしてくれないと困るよ」

と酔っ払ったお偉いさんに言われてしまいました(もっと言葉は汚かったかな)。
楽をしているというのは真実です。消極的なのは、新入りなので様子見をしているだけなのですが・・・。僕はワーカホリック的な部分を多分に持っているので、進んで仕事をしていくとすぐに仕事に中毒してしまうのです。アクセルを床まで踏んでしまうタイプです。
でも根がサボり屋さんなので、楽をしているとだらけるのも事実です。アクセルの踏み加減が難しいんだな。

相手の言う事に一理あっても、やっぱり酔っ払いに好き放題言われるのは面白くないものです。憂さ晴らしに同僚と深夜にカラオケに行ってしまいました。そして帰ってきたら朝4時でした。歌も歌いつくしてしまって、最後は「年下の男の子」(キャンディーズ)なんかを歌っていた次第です。
まあ、ストレス解消に、朝までカラオケなんて馬鹿なことができるなんて、確かに10年前の自分とはずいぶん変わっているのであります。


2004年12月09日(木) 携帯電話

現在使っている携帯電話の端末は2年前に買い換えたものです。
といっても、積極的に買い換えたわけじゃなく、端末をなくしてしまったので、仕方なく新しいものを買ったのでした。紛失しても機種変更扱いにはなったので、電話番号は変わりませんでしたが、電話帳やメールの内容のコピーはできませんでした。
電話帳編集のために、ケーブルつきのパソコンソフトを買ったりして、かなり出費を強いられた記憶が残っています。

あれから24ヶ月。バッテリーも消耗してきて、メモリー効果で放電が速くなり、二日に一回は充電しないといけなくなりました。それ以外には大きな不都合はないのですが、そろそろ買い換えたい気持ちがしないでもありません。
夕方早めに会社を抜け出して、携帯電話のショップへ行ってみました。
ただ、このまえディジカメを買ったばかりなので、積極的に買い物をしたいという気分ではなく、下調べぐらいの気持ちあります。

運転しながら通話するためにはハンズフリーキットが必要です。Bluetooth対応のやつだと、余計なケーブルが不要で簡単です。となると東芝製ということになるものの、最新機種はデカくて重すぎです。少し古いやつ なら良いかと思えば、こちらは上半分(折りたたみのふたになるほう)に機能を詰め込みすぎて、持っていてバランスが悪いのが気に入りません。

考えてみると、ここのところ車を運転しながら電話することもないし、携帯でメールやウェブを見るわけでもありません。だったらデザイン重視の端末がいいかな。でも、カメラの映りがは今のより良くなるといいな・・・。
なんて悩んでいるのが一番楽しかったりするわけですが・・・。



2004年12月08日(水) (たいていは)夜中の電話

こんな記事 がありました。

最近は僕も慎重になって、初めてAAのミーティングにやってきた人に、(AA用の)名刺を差し上げたりしなくなりました。といっても、2〜3回会って必要だと思って、そしてその時に手元に名刺があれば渡すことにしています。

そして渡した相手の中には、運悪く(?)スリップ(再飲酒)する人もいるわけです。
僕は対人恐怖の強い人間だったので、酔っ払った挙句に人に電話するということはなかったのですが、寂しさを紛らわすために電話という道具に飛びついてしまう人もいるようです。そして、また僕の電話が鳴るというわけです。

経験的に分かってきたことは、そういう電話は決して「手助けを求めてはいない」ということです。相手は決して自分が泥沼にはまっていることを認めようとはしません。「ちょっとした問題」にてこずってはいるものの、それは自分で解決できる類のものだと言い張ります。泥沼のほとりから手を差し伸べるという必要などまったく無いと言うのです。自分にとって、飲んでいるか飲んでいないかは「大した問題ではない」と主張します。

たいていは「まだ、AAミーティングってやつは続いているのか?」(終わっていることを期待しているらしい)、「自分が出席していたころに、一緒に出ていた連中は元気か?」(たいてい答えはノー)、「お前は寂しくはないのか?」(これもたいていノー)、というような質問が発せられます。

こうした電話を相手が後日になっても覚えているのかどうか、まだ十分な数の回答が集まっていません。


2004年12月07日(火) NIFTY

NIFTYのフォーラムのパソコン通信サポートが来春で終了するという話を聞きました。(フォーラムそのものはインターネット上で続いていくのだそうです)。

ニフティと聞けば、昭和という言葉を思い起こします。もっとも、当時のニフティは(料金徴収漏れを防ぐために)加入にはクレジットカードが必須でした。そして、アル中エンジニアという自由稼業だった僕がクレジットカードなど持っているはずもなく、当時ニフティに接続していたのは、もっぱら人のアカウントを借りて使っていたからでした。

ASCIIネットより、PC-VAN(後のBIGLOBE)よりも後発であったにもかかわらず、「フォーラム」の数の魅力でユーザーを増やしていったニフティ。いつの間にか、最大のパソコン通信業者になり、平成の世になってからはニフティのIDが印刷してある名刺を受け取ったこともしばしばでした。僕も口座振替で契約できるようになって後に加入しました。
思えば僕が最初にインターネットに接続したのは、ニフティのインターネットゲートウェイ経由でした。一分10円だったかな。

ニフティのパティオという会員制の掲示板には、AAの掲示板もありました(いまでもあるのかな)。おそらく日本発のオンラインAAコミュニティだったのでしょう。時々覗いてみたものの、100行以上ある投稿ばかりで恐れをなして退散するのが常でした。

そういえば、昔は定番だった「ターミナルソフト」をパソコンにインストールしなくなって、いったいどれぐらいたつのでしょう。


2004年12月06日(月) ブログ

心ならずも ブログ を始めることになってしまいました。
もっとも、トラックバックなどのブログらしい機能を目的に始めたのではなくて、ディジカメを買ったので、その画像を簡単に掲載する場所がほしかっただけの話です。そこで、画像のアップロードが簡単で、容量もあるブログサービスを借りることにしました。
でも良く考えると「画像つきブログをやってみたいから、ディジカメを買った」ような気もします・・・。鶏と卵というやつですね。

借りたスペースは画像の容量が30MBです。これは「心の家路」が借りているサーバー空間と同じ容量です。それをただで貸してくれるというのだから、太っ腹です。広告も見当たらないし、いったいどういうビジネスモデルになっているやら。
1MBで50KBの画像が20枚入るとすると、30MBで約600枚という計算になります。
2年足らずか・・・、容量があふれる前に、ディジカメ持って歩くのに飽きるでしょうね。


2004年12月05日(日) 食欲亢進

うつ病のうつ症状というのは、一般的には食欲がなくなって、体重が減るのが普通であります。
食事中の方に興られるのを承知で書けば、脳内の神経伝達物質の働きが鈍ることにより自律神経が失調し、腸の働きが悪くなって便秘と下痢の繰り返しになります。これも、栄養吸収の面からは良くなくて、体重が減る原因となります。

ところが、ここ2週間ほど、甘いものやスナック菓子が大好物になってしまいました。食事もきちんと食べているくせに、間食に(特に寝る前)にスナック菓子をボリボリとかじり、アイスクリームをなめるというのが習慣になってしまいました。

ストレスから食べ物に走るというのは、アル中としては理解しやすい論理なのですが、普段だったらストレス下では、食欲不振で体重が減るのに「正反対だな」と思っておりました。

話は変わって、最近統合失調症の本を読んでいます(といっても古いので分裂病という名前が使われています)。その中に、抑うつ状態に関する記述があって、食欲のことについて、一般的には不振になるものの、甘いものが好きになって体重が増加することも「それほどまれではない」と書かれていました。

それで気がついて、うつの本を改めて見直してみると、「まれには」食欲が亢進して太ることもあると書かれていました。

いまは、その「それほどまれではない」「まれな」状態にいるのでしょう。
食べたいのに食べずに我慢している状態は、食べたくないのに定期的に食事をしなければならない苦痛と同じようにつらいです。


2004年12月04日(土) アルコール依存症は遺伝するか?

最近の研究によれば、アルコール依存症が遺伝の要素を持っていることは間違いがないようです。

アメリカでの研究によれば、アルコール依存症の人の子供は、そうでない親の子供より4倍依存症になりやすいのだそうです。

また、スウェーデンで行われた養子に行った双子についての研究によれば、養子先にアルコール依存症の家族がいた場合に、養子が依存症になる確率は「ほんの少し」上がるのだけなのだそうです。一方、遺伝上の「父親」に依存症者がいた場合には、双子が依存症になる確率は「劇的に上がる」のだそうです(この場合養子先に依存症の家族がいるかは無関係)。
このことは、アルコール依存症は、家庭環境が原因でなる病気ではなく、遺伝が左右する病気であることを示唆しています。

だからといって、依存症が(たとえば血友病のように)遺伝だけで決まる病気だと言うわけでもありません。親から受け継いだ「依存症になりやすい体質」と、「環境」との両方が作用して病気になるかどうかが決まるわけです。つまり、糖尿病だとか、高血圧に似た病気でありましょう。
環境としては、友人の影響、アルコールの手に入れ易さ、ストレスの量などが挙げられるそうです。

初期のAAは「子供のころの家庭環境が依存症の根源」というコンセプトを持っていたのは確かです。しかしその後、この家庭環境説は捨てられてしまったようです。


2004年12月02日(木) スピリチュアル・ペインについて

あっという間に12月であります。年賀状も、「そのうち印刷しよう」と思っているうちに、日付が二十何日になるのが、毎年恒例であります。

仕事で横浜まで展示会を見に行ってきて、ちょっとお疲れでありますが、仕事とは関係なく思い出したことを、忘れないうちに書いておきたいと思ってパソコンに向かっています。

ホスピスというのをご存知でしょうか?
病院(ホスピタル)とちょっと違うのは、治療を目的としてはいない施設です。末期がんだとかエイズだとか、治療の手立てがなくなった終末期の患者さんが、最期を迎えるための施設です。

そういった施設のスタッフの方の文章に、「スピリチュアル・ペイン」について書かれていたものがありました。AA的な用語で訳せば「霊的な痛み」、個人的には「魂の感じる苦痛」という言葉でも当てたいところです。

想像するしかないのですが、治療の手立てがなくなって、死を待つということがどれだけ苦しいことなのでしょうか。そういう人たちは、「なぜ自分だけがこのように苦しまねばならないのか」という苦しみを苦しむのだそうです。その苦しみをスピリチュアル・ペインといいます。
世の中には、安楽な最期を遂げる人はたくさんいるのに、なぜよりによって自分にはこの苦しみが与えられたのか? その答えはどこからも得ることはできません。運と言ってしまっても、前世の業と片付けても、納得できるものではないに違いありません。
この苦しみを癒すには、ただ黙って寄り添って、気持ちを聞いてあげることが大切なそうなのだそうです。

AAでは依存症を、身体的な病、精神的な病、そしてスピリチュアルな病だと言います。そしてここでも、「否定せずに聞いてあげること」が大切だとされているのです。

前にも書いたかな?


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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