たりたの日記
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どこにも出かけず、一日中、家にいた。 掃除や洗濯や食事の支度、読書にパソコン、電話にお昼寝まで。 通勤の日々の中ではできないこれらの、フツーのことができる幸せ。
さて、課題はパソコン。 新しいパソコンを使いこなすべく買った、わかるWindows7、Word 2007基本技、Excel2007基本技、PowerPint2007基本技。 買ったわいいが、積んでいるだけでは基本技さえ身に着かない。 このように時間のある時にこそと、まずはわかるWindows7を1ページづつ開きながら確認。いったいこのペースでは基本技の習得にどのくらい時間がかかるものだろう。
ここ10年ほど、パソコンを使ってこの日記などもアップしているのだが、使ってきたPCの機能はごく一部。おそらくは基本技と言われるものも知らないまま、過ごしてきた。 仕事で、様々な機能を使わなくてはならなくなって、いかに知らないこと、出来ない事が多いかに我ながらあきれている。
これはもう、初心に帰って、初めから丁寧に学ぶしかないと思った。 7月末より3週間ほど、母の介護で大分に帰省するのだが、このノートパソコンを持って帰って、使い方を学ぶことがもうひとつの課題 。 実はこの文章も、新しいワードパッドを使うための練習。 いつもは直接ここに書きこむところだが。 さてと保存。 日記のページにコピペ。
どうやら今日は日記モードらしい。 今日一日で5月から今日までの日記を8日分アップした。 これで何とか、月に4回、つまり週一回の割合で更新した形になった。
こうした、何もノルマや課題を控えていない休日というのは滅多にないので、こうして落ち着いて日記を書くという気分になかなかなれなかったのだ。
でももう夜の10時、そろそろここを閉じて日常へモードチェンジ。 昼に作っておいた夏野菜のカレーを食べなくては。
7月4日の早朝、溶岩原を歩いて、3年前のように焼走り自然散策路の出口にある宮沢賢治の歌碑の前で詩を読み、あの時には上がらなかった展望台に上る。 そこからはこれから登ろうとしている岩手山半分雲に隠れるようにして姿を見せていた。 往復9時間の道程。 考えてみれば、わたしがそれまでに登ってきた、せいぜい往復5時間ほどの山の2倍はあるというのに、とりわけ険しいような所もなかったせいか、少しも大変だったという記憶がなかった。 それよりも、山道の両脇に咲いているコマクサにただただ見とれていて、その印象しか覚えていなかった。
しかし、今回はきつかった。とりわけ下山が辛く、歩いても歩いても出口に辿りつかないのだった。ようやく登山口に辿りついた時には6時近くになっていた。10時間ほど歩き続けたことになる。
そういうわけで、下山する時にコマクサの写真を撮るつもりでいたが、写真を撮る気力がなかったので、カメラには行きに撮った数枚の写真しか残っていない。 それでも、咲き始めたばかりのコマクサに再開することができて幸せだった。きっとまたこの季節に岩手山に行きたいと思うのだろう。
* 2007年7月20日のたりたの日記に宮沢賢治の「溶岩流」の詩があります。http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=17826&pg=20070720
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昨夜はずいぶん激しい雨音が聞こえていたが、朝は雨も上がり、キャビンが点在する林の中には鳥のさえずりが聞こえている。 岩手山へ登れる!
まずは早朝の焼き走り溶岩流へ。 3年前は山から下りて帰る日の早朝に偶然見つけて、その荒涼とした黒い広がりに驚き、また興奮したのだった。 昨日の雨の湿原と同様、早朝の人影のない溶岩流は、しっかり焼き付いて忘れることのできない場所、もう一度訪れたい場所だった。
この黒々とした荒れ地だが、よく見れば、生き物たちの生活する場所になっていることが分かる。 銀色の美しい糸をかけている蜘蛛を見つけた。 溶岩流のごつごつした黒と繊細なウェッブの模様の美しい対比。 蜘蛛はいったいこの糸で何を捕えるのだろう。 岩と岩の間に無数の虫たちが生息しているに違いない。 ここにはここの生態があるのだ。
前日の7月2日に、突然八幡平と岩手山に行こうと思い立った。 区役所の屋上にあるエコガーデンで、お弁当に持ってきたベーグルをかじりながら、新幹線の時刻を調べ、宿の手配をする。
幸い、3年前の詳しい旅行の計画をこの日記にアップしていたものだから、日記を開き、そこに記していた岩手山の麓にある宿泊施設に電話で予約を入れることができたのだ。
3年前に八幡平に行った時は全くの雨の中だった。 人気のない静かな湿原は雨だったからこそで、もう一度あの場所に行くのなら、雨の時にしたいと思っていた。 どうやらここ3日間の天気はどこも雨になっている。それなら八幡平はちょうどいい。もし翌日雨が降らなければ、岩手山へ登り、咲き始めたばかりのコマクサも見ることができるかも知れない。 5日の月曜日はちょうど学校訪問はないので、夏休暇を取ることにした。
ちょうど3年前と同じ時間で同じコースで八幡平へ。 途中傘を開くことはあっても、雨の中の逍遥というほどではなく、前回行きそびれた源太森まで足を伸ばすことができた。
それにしても、沼のたたずまいも、水音も、植物の姿も、あまりに親しい。心の中で繰り返し訪れてきた湿原の風景、そのものなのだ。ここへはもう数えきれないほど来ているという気持ちになるのだった。
この冷気、沼の静けさ。
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