たりたの日記
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2006年05月30日(火) 赤いバラ



バラという花があまり好きではなかったというのに、
バラを歌った歌はいくつか諳んじて
今でも歌うことができる。

今朝、赤いつるバラがいくつか咲いているのに気がついた。
この野生的な紅のバラはグリムの昔話に出てくるようなバラ。
シューベルトの「野バラ」のバラもこんなバラをイメージしていた。

しかしこの赤いばらを見ていると、遠い昔に引き戻されるような、何かもの哀しいような気持ちになるのはどうしてだろう。


赤いバラの歌を歌った。


  (シューベルトの野バラ)

♪童は見たり野中のバラ
 清らに咲ける
 その色愛でつ
 飽かず眺む
 紅匂う
 野中のバラ♪


* 母が良く歌っていたような気がする。歌の意味も分からないで、わたしも小さい頃歌っていたバラの歌。



   (バラが咲いた)   マイク真木

♪バラが咲いたバラが咲いた真っ赤なバラが
 寂しかったぼくの庭にバラが咲いた
 たったひとつ咲いたバラ真っ赤なバラで
 寂しかったぼくの心が明るくなった
 バラよバラよきれいなバラ
 いつまでもそこに咲いてておくれ
 バラが咲いたバラが咲いたぼくの心に
 いつまでも散らない真っ赤なバラが♪


*フォークソングが流行り始めたころ、覚えたてのギターを弾きながら繰り返し歌ったバラの歌。



   (赤いばら)    山内修一


♪赤いバラをあなたにあげよ
 飾ってごらん、あなたの胸に
 イェス様が十字架の上で
 流してくれた真っ赤な血汐が
 あなたの心で激しく燃えて
 愛の命が めざめるように♪

*学生の時、仲間と喫茶店でゴスペルフォークを歌っていた時期があった。いわゆるライブ。その時によく歌ったバラの歌。



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2006年05月29日(月) 27年前のユリイカ―特集サリンジャー



先月の27日の日記に「シーモアを尋ねて」というタイトルで日記を書いた。その中に、1979年の「ユリイカ」に掲載された野呂芳男氏のサリンジャーの宗教的世界」の全文をリンクしたが、そのサリンジャーを特集し「ユリイカ」をどうにかして読みたいものだと思っていたら、ゼミのS先生が持っていらしてお借りすることができた。
この雑誌のはじめの部分には先生の小詩集も収められていた。

1979年出版。わたしが23歳の時。あの時、サリンジャーをなぜ読むチャンスに恵まれなかったのか、「ユリイカ」は時々本屋で立ち読みしていたのに、なぜこのユリイカには出会わなかったのか、それならなぜ今頃になってサリンジャー漬けになっているのか・・・
サリンジャーを読んでいると、20代の時に出会うべき本だったという気がしきりにするのだが、その時はまだ時が熟していなかったのだろう。

そういったこもごもの感慨を一方で抱きつつ、ここのところ、この論文集を読み耽っている。
最も共感を覚えたのはデヴイッド・D・ギャロウェイ氏の「愛の倫理」という論文だった。もう少し読み深めをしたいので、コピーを取ることにしよう。
一時期、ユング心理学に関する本を集中して読んでいた時期に秋山さと子氏の著作も愛読していたが、彼女がこの特集の中で書いている「サリンジャー・禅・ユング」は興味深かった。
また八木誠一著「宗教と文学の結合と対立」も納得がいった。

この本は付箋だらけになってしまった。心に留めていたい文章や考えてみたい内容がたくさんあって、この本がもう手に入らないのは何とも残念だ。
八木誠一氏の論文の最後の文章を書き残しておこう。

<恐らく最ものぞましいのは、前述の芭蕉の句(山路来て何やらゆかし菫草)や、ドストエフスキーが一草一本にキリストが宿っているのを見るといった感覚を恢復することではあろう。日常的現実のまま、無限の深さを開示する立場の恢復であろう。しかしこの方向への限定は、やはり先程も述べたように、文学的可能性の不当な限局であろう。文学と宗教は古来反目したり手をつないだりして来た。この意味では私はやはりサリンジャーの世界にポジティブな面を認めておきたいと思う。>


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2006年05月27日(土) 雨に似合う花



雨の中を一日山歩きなどしたからか、今年は雨が親しく思われる。
とりわけ植物の喜び様が伝わってくる。

この雨に良く似合うブルーの花は、
ここ10年ほど、玄関の脇にひっそりと咲いているのだが、
わたしは名前も知らないままでいた。

おおよそ野花のような花なので、
花屋の店先や、園芸用のカタログでは見かけないからだ。

友人の家にあったものを一株いただいてきたものだった。
毎年この時期に咲くというのに、
この花の美しさに今まで気がつかなかったような気がする。


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2006年05月26日(金) オルヴァルを専用グラスで


送られてきたビールの中から選んだのがこれ、オルヴァル。
フルーティーで豊かな味わいのビール。
グラスの後ろに指輪をくわえる魚のロゴが入っているので、調べたところ、
おもしろい昔話が見つかりました。
今日のところは時間がないのでこういうところで。
それにしても、このところ酒の話題に偏ってますね。
悪しからず・・・

「ベルギービールの魅力」のサイトより

<オルヴァルの由来と伝記>


1076年頃、オルヴァル修道院が建てられた地方の領主であるマチルダ・トスカニー伯爵婦人Mathilde de Toscane(1046-1115)が澄み切った水の湧き出る泉のほとりに腰掛けていた時、自分の結婚指輪をふとしたはずみで泉の中に落としてしまいました。それはなくなった夫、ゴドフリーハンチバック公Gottfried of Lorraine(〜1076暗殺)から贈られたものでした。夫の思い出の品を失って悲嘆に暮れた伯爵夫人は一心に聖母マリアに祈りを捧げました。するとまもなく水面に一匹のマスが口に指輪を加えて現われ、婦人に返してくれたのでした。
 この奇跡の不思議に打たれた婦人は、「願い求めた金の指輪がこの私の手元に返ってきたなんて!指輪を戻してくれたこの谷に祝福あれ!これから先、永遠にこの谷が『金の谷(ORVAL)』」と呼ばれんことを!とさけびました。
 ORVALの紋章のマスと金の指輪は、この伝説から来ています。この泉(マチルダの泉)は、今も修道院と醸造所に必要な水を湧き出しています。
            (オルヴァルのパンフレットより)


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2006年05月25日(木) トラピストビールが到着


ベルギービールのネット販売をしているベルギービールJapan から、注文したトラピストビールが届く。今回は日本に輸入されている5つの修道院のビールを一通りと、専用グラスを3個。

シメイ・レッド 330ml
シメイ・トリプル 330ml
シメイ・ブルー 330ml
オルヴァル 330ml
ウェストマール・ダブル 330ml
ロシュフォール8 330ml
アヘル・ブロンド 330ml

シメイ クラシックグラス
オルヴァル グラス
ヒューガルデン グラス

梱包も、発注や、確認のメールなども担当者の名前入りで、事務的な感じがなくて、とても気持ちの良い、ネットショッピングだった。

ビールの箱を開けると、

「お届けしたビールは長旅で疲れております。
できましたらしばらく立てて休ませてからお召し上がりくださいませ」

という文章が入った挨拶状が入っていて、ふっとうれしい気持ちになる。

3つのグラス(かなり大きい)をしまうスペースを空けるために、食器棚の奥の不要物を取り出し、グラスを丁寧に磨いてしまい、ビールは歓迎の意味を込めて、庭のバラを切ってきて花瓶に挿し、その前に並べる。

トラピストのビール達、ようこそ名古屋の酒屋さん経由、ベルギーの修道院から。 


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2006年05月24日(水) 「ダ・ヴィンチ・コード」観るには観たけど



話題の「ダ・ヴィンチ・コード」観ました。
一言で言えば、良く出来たエンターテイメントの映画。
手に汗握る、スリルとサスペンス。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵や「モナ・リザ」
はたまた、ルーブル博物館の建物やカトリック教会の礼拝堂など、映像でなければ見ることのできない物を観る楽しさはありました。
実際に訪ねたルーブルよりもずっと迫力があったし・・・

でも、魂を揺すぶられたり、心の深いところにタッチするものは皆無だったなぁ。
なぜだろう・・・
この映画の持つエネルギーのせいなんじゃないだろうか。
あっと驚かせてやろうとか、一儲けしてやろうというエネルギーしか伝わってこない。
真実に向かい合おうというテーマでありながら、根っこのところでそんなことはどうでもいいに違いないと思ったのですが、これは原作もそうかどうかは、読んでいないので何も言えません。
でも上・中・下の三冊を買う気にはなれないので、そのうち安く手に入ったら読んでみよう。



イエスもマグラダのマリアもレオナルド・ダ・ヴィンチもただダシに使われただけ。それぞれの苦闘や魂、表現といったものには何も触れられてはいないです。ま、そういうことを描こうとした映画じゃないからしかたないけれど。
唯一、タッチしたところは、トム・ハンクスが子どもの頃井戸に落ちて死にそうになった時、イエスに祈り、その時、側に誰かがいるのを感じ、がんばれることができたと告白する場面。
これこそが大切な事で、他の事はどうでもいいことだなぁと思いました。


でも映画や小説に何を求めるかは人それぞれ、だからこの小説や映画が大ヒットしたということは、多くの人が求めているものにヒットしたということなのでしょう。

ストーリーについても語りたいけれど、今上映中の映画なので、ネタバレは避けるべきでしょう。
この映画の中のマグラダのマリアに関しては、そういうことで、時間を置いてから。


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2006年05月23日(火) 「マグラダのマリア」の検索で

5月20日以来、日記のアクセス数が100件を越えている。
20日は130件。普通は70件〜80件というところだから、何かが特別なのである。

この日記にどんな方がいらっしゃるかは把握できないが、どんな検索から来ているかは分かるしくみになっている。
そこで検索をたどってみると、検索の言葉は「マグラダのマリア」で、去年の3月27日の日記ラボニ!と、その時マリアは叫んだという日記にアクセスが殺到(というのは大袈裟ですが)していることがわかった。
どういう訳か、「マグラダのマリア」で300件くらいの記事がひっかかるようだが、その中の1番上とか、3番目に「たりたの日記」が来ている。
「マグラダのマリア」を検索にいらした方が、とりあえず、上の方に出ているページにアクセスされるのだろう。

なぜ、土曜日以来、「マグラダのマリア」の検索が多いのだろう・・・で、閃いたのが20日から公開されている映画「ダヴィンチ・コード」
わたしはこの原作も読んでおらず、映画も観ていないから詳しいことは分からないが、そこにイエスやマグラダのマリアが登場することくらいは知っている。きっと、この映画を観て、「マグラダのマリア」について興味を覚えられた方がわたしに日記へいらっしゃるという図式になっていることが予測できた。

さて、それならば、この映画を早い時期に観るなり、原作を読むなりするべきだろう。「マグラダのマリア」の何を知りたいのかは人によって様々なことだろうが、情報提供者としては、より多く、深く、正しく、かつ読んでおもしろい情報を提供すべきだろうと思うのだ。
何か責任を感じてしまう。

とりあえず、タイトルに ―マグラダのマリアが復活のイエスに会った朝―
という副題をつけた。この日記には文豪、芥川龍之介の書いた。「マグラダのマリア」についての記述も載せているし、聖書の箇所も抜き出して書いているから、資料としては、それほど悪いものではないだろう。

というわけで、近日中に「マグラダのマリア」についてさらに書きますので、検索でいらした方、またお訪ねくださいませ。


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2006年05月22日(月) 坂口安吾著 「桜の森の満開の下」を読む

昨年の5月30日、ゼミにオレンジ色のレインコートを着てでかけた日、あの日は雨が降っていて坂口安吾の「私は海をだきしめていたい」がテキストだった。あの時期、わたしはかなり安吾にのぼせていたから、学びの席のディスカッションがいたたまれず、帰りの電車の中ではひたすら物寂しかったのだ。
オレンジ色のコートの中にしっぽをしまって(2005年05月30日の日記)


一年振りに安吾を読む。
時が流れて、あの時の熱っぽさは醒めたものの、すっかり馴染みの友だちのように安吾の魂は心に近く、わたしは読みながらしばしば虚空へ向かって、そこにいるであろう安吾に話しかけた。

あの時期、全集を読み続けていたので、今回のテキスト「桜の森の満開の下」も読んでいたが、美しい女が生首を並べて遊ぶという場面しか覚えておらず、特に心に響いたものを記憶していない。それほど難しい作品だとは思わず再読をしていったが、読むほどに先が広がり、思いの他、深いところへ連れていかれたように思う。

世界中の昔話が総じてそうであるように、昔話の形式を取るこの物語にも、ユングの言うところの、アーキタイプ(元型)や深層の心理を見出すことができる。
男と女の支配と従属の力関係や、人間が根本に持つ残忍性の問題をここから読み取り、考えてゆく作業も面白いと思うが、わたしはここでは、男と桜の森とのかかわりに眼を据えて、この男の魂の旅、スピリチュアル・ジャーニーを追ってみたいと思う。

この主人公の男、怖いもの知らずの山賊が唯一怖れているのは、鈴鹿山の満開の桜だった。桜の花の下に来ると怖ろしくなって気が変になるのだが、どうしてそうなるのか考えようと思いつつも10年の間、その課題をそのままにしていた。ところが8番目にさらってきた美しい女に出会うことで男の内面に変化が起こる。この美しい女房は、我侭で所有欲が強く、幼児性と残虐性を持ち、男を翻弄する。男は女の命じるままに6人の女房を殺し、女の姿や女の持ち物の美しさに心を動かされつつ、一方で自分の知らない世界である都を恐れる。

それまでエデンの園のような山の中で、何も疑いを持たず自分に充足していた男が、この女と会うことで、禁断の果実を食べたアダムのように、生きることにも、周囲の存在にも、怖れを感じ、自分の足元が揺らぐのを感じるのだ。そして、男は今年こそは桜の森の満開の下に、座らなければならないと、その事を約束のように心に強く感じる。

男の桜の森の満開の下への執着は何であろう。
桜の森の満開の下こそが、物事の本質を明らかにするところであることに男の潜在意識は気がついているのだろう。とにかく揺れ動く自分自身を立たせるためにそこに座らなければならないと強く思っているのだ。しかし男はそれを試みるも、そこに<今までに覚えのない鋭さで頭を斬る>女の苦笑を思い出し、虚空におののき、祈り、もがき、息も絶え絶えに逃げ出す。ここで男は魂の救いを求めるものの、その求道は挫折する。

そこから男は女の意を汲み、平和な山を離れ都へ行く。女は人間の首を欲してはそれを慰みものにする。男は果ての無い女の欲望に翻弄され、その要求のままに人間の首切りを続ける。まさに地獄のような人の残虐さがひしめくような場面に身を置くのだが、男はこのような生活の中で自分であることに充足することができなくなる。<退屈に苦しみ>、女を殺すことを思い、<あらゆる想念が捉えがたいもの>となり、苦痛を味わう。男は魂の危機的状況に直面することになるのだ。

男は自分の魂を救う方法として山へ戻ることに気が付き、女を説得して山へ戻ろうとする。
男は女を背負い、その幸福につつまれて、桜の森の満開の下を通るのだが、男が怖れていなかったにもかかわらず、いえ、怖れていなかったからこそ、桜の森の満開の下で男は真実に目覚めることになる。背中に負ぶった女は鬼だった。男は夢中でのどに食い込む鬼の手を解き、鬼に組みつき、その首を絞める。ところが、その鬼は女の姿をしており、男は息絶えている女の屍の上に泣き伏すのだ。
この鬼との格闘は、男が自分をがんじがらめにしていた虚無、あるいは悪魔的なもの、魂の死に至らせるものとの対決を象徴しているように思う。ものごとの本質がようやく見えた眼で、男は逃げ出すことなく立ち向かい組み伏したのだ。

男はもはや桜の森の満開の下が怖くはなかった。いつまでも座っていられるような気持ちになった。花の下には<無限の虚空>があって、それだけだった。そして男はそこに<ほのあたたかいふくらみ>を覚え、自分自身の<胸の悲しみ>でもある、そのあたたかさに満たされ、女と共に花びらの中に掻き消えてゆく。
悪魔的なものと対決を果たした男は、ここで、虚空を怖れるのではなく、自らもまたいっさいの空の中にあることを受け入れ、はじめてそこに充足することができた。これがひとつの悟りの境地とは言えないだろうか。

この男の心の旅を振り返って、昨年のテキストだった安吾の「私は海をだきしめていたい」の冒頭の部分を思い起こした。
<私はいつも神様の国へ行こうとしながら地獄の門を潜ってしまう人間だ。ともかく始めから地獄の門をめざして出掛ける時でも、神様の国へ行こうということを忘れたことのない甘ったるい人間だった。私は結局地獄というものに戦慄したためしはなく、馬鹿のようにたわいもなく落ち付いていられるくせに、神様の国を忘れるということが出来ないという人間だ。・・・>

この独白と「桜の森の満開の下」の山賊が重なり合う。この平安絵巻のような美しくも残酷な世界には、確かに、安吾の言う神様の国、天国と地獄とが交錯する。山賊は天国を意識しつつも地獄の中に身を置き、その中にあっても天国の価値を忘れずに、魂の救いを求めて旅を決意する。
都からふるさとに戻る途中の桜の森の満開の下で男は最後の地獄の門を潜り抜け、天国へ至ったのではないだろうか。


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2006年05月20日(土) 修道院で造られるビール―ベルギービールとの出合い―

さて、今日はベルギービールとの出合いについて。

先日池袋駅から徒歩5分のところにあるギボンというベルギービールのバーを紹介していただいた。
ベルギービールは初めてだった。そもそもビールはあまり好きではなく、身体にも合わないと思っていたが、一口飲むや、その味というか、エネルギーは今まで飲んだビールとはまるで違っていて、おいしいと感じた。

ポークビーンズなどのお料理もおいしく、店の雰囲気もとても気持ちに合い、またそこに一人でやってきては、ビールを一杯飲んで、さっと帰ってゆく常連客たちの様子はアメリカのショットバーを思い出す。


ベルギービールに少なからず興味を覚えたわたしは、数日後、行きつけの酒屋の輸入ビールコーナーにいくつか並んでいたベルギービールの中からシメイ・レッドというビールを買って帰った。

バーでいただいたビールの銘柄は覚えていなかったし、ベルギービールについては何の知識もないから、ラベルのデザインだけで選んだのだったが、飲んでみると、何とも豊かな味だった。

ラベルには日本語で丁寧な説明が施してあり、驚いたことにはこのビールが修道院で造られているということだった。
8世紀に亘り、ベネディクト修道会、シトー派トラピスト修道院に伝承された醸造法を守り、スクールモン修道院の僧侶が自ら醸造し、管理しているというのだ。
以前、南ドイツのベネディクト派の修道院へグレゴリオチャントを聞きに行ったことがあるが、自給自足の生活をしながら祈りと奉仕に一生を捧げた修道士達の歌声は音楽を超えたものがあった。あの祈りの場所でこのビールが作られているのかと感慨深いものがあった。

がぜんベルギービールに興味を持って調べてみると、いろいろ興味深いことに出会う。


ベルギービールには<トラピストビール>というカテゴリーがあって、これはトラピスト修道院で造られるビールのこと。
トラピストビールを作っている修道院は世界に6ヶ所だけで、そのすべてベルギー国内にある。

また<アビィ・ビール>というカテゴリーのビールもあり、これは修道院から製法製造のライセスを受けて一般の商業醸造会社がつくるビールで、
僧侶たちによって与えられたレシピと伝統を守っているということだ。

またおもしろいのは、それぞれの銘柄のビールに独自のビールグラスが存在するということ。
例えばシメイのグラスはミサの中で用いられる聖杯の形をしているし、一昨日飲んだ、ヒューガルデンの「禁断の果実」というビールにも美しいグラスがある。
ビールは缶のまま、あるいはメーカーのロゴの入った安いグラスで飲むものという意識が覆されてしまった。

わたしが焼酎に興味を持ったのは、大きな工場で機械的に製造されるのではなく、その土地で取れる作物を用いて、その土地の小さな酒蔵が昔ながらの製法で、
焼酎を造っているからだった。それだからこそ、そこに個性があるし、その土地のエネルギーが伝わってくるのだ。
そういう意味では、焼酎に寄せる興味と同質のものをこれらベルギービールに感じた。いえそれ以上に、造られる場所が修道院というのは、わたしにとっては何ともうれしいことだった。

しかし、いったいなぜ、戒律の厳しい修道院のような場所で古くからビールが造られていたかということだが、キリスト教の儀式には聖餐式に用いるためのワインが必要なのだが、ブドウが採れない北部ヨーロッパでは、ワインの代りにビールを醸造され、修道院においてもワインの代りにビールが供されていたのだ。ホップがビールに用いられるようになる前は、ビールはハーブなどを原料にして、天然酵母を用いて造られていたので、伝統的な酒造方法を守る修道院にベルギービール独特の特徴あるビールが生き残ったというわけだ。

現在、修道院ではその収益を慈善事業に用いるべく生産されているので、このビールの生産そのものが修道士達の奉仕の賜物という事になり、それを飲むわたし達もまたその修道士達の祈りや願いと共に、その収益事業にいくらかでも参加していることになるわけだ。
なんとすばらしいビールだろう!
というわけで、少し値段は高いけれども、そういう豊かさの凝縮されたトラピストビール達を味わいたい。



さて、6つのトラピストビールは下記の通り。

アヘル修道院 ー アヘル
オルヴァル修道院ー オルヴァル
スクールモン修道院ー シメイ
サン・レミ修道院ー ロシュフォール
聖心ノートルダム修道院ーウェストマール
シント・シクステュス修道院 ー ウェストフレテレン
(写真はシメイビールを造っているスクールモン修道院)


シメイビールのオフシャルホームページは日本語でも読むことができて、さらにこの修道院やビールについて深く知ることができます。

また、ベルギービールについてとても詳しくておもしろいサイトが見つかりました。6つの修道院の写真やそれぞれのビールの特徴もここで分かります。
↓
ベルギービールの魅力


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2006年05月19日(金) 人(アダム)は女(イシャー)と男(イシュ)に

昨日は、明日早起きをして日記を書くと書いたものの、結局早起きはできず、家事その他を終え、昼過ぎにここを開く。

今朝起きてみると、次回のゼミのテキスト、坂口安吾著「桜の森の満開の下」の感想をmGが自分の ブログにアップしていて、そこからインスパイヤーされるものがあったのだが、今日はまず、創世記の男と女の誕生のことを書くつもりだったのでこちらから。

さて、落ちてしまったアンネのバラの花びらをカップに入れてお湯を注ぎ、花びらのお茶を飲みながら書くとしよう。






5月17日、フェミニストの視点からの聖書研究一回目のテキストは創世記2章で、テーマは「神の手によって造られた形あるもの」→「おとことおんなに」

まず2章の7節 

< 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。>


とあるが、この土、ヘブル語のアダーマーは女性、単数名詞。そして人、アダムは男性にも女性にもなれる双数の名詞ということが語られる。
そして、21節、23節のところで、はじめて人が男と女とに分かれる。


<主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。
そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、
人は言った。 「ついに、これこそ わたしの骨の骨 わたしの肉の肉。 これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」>


神がはじめから男と女とに分けて創造したのではなく、どちらともつかない人(アダム)から、女(イシャー)と男(イシュ)とに分けたというところが興味深いところだと思う。
聖書研究会の席では気が付かなかったが、23章の記述から見ると、すでに人から男となったイシュは女がイシュから取られたと語っているが、それはイシュの誤解であり、アダムから女が造られることによって、男もまた誕生したのだ。


またヤン先生は、形づくられたものに命の息を吹き入れられる神というところで、妊娠時の呼吸(マタニティー・ブリージング)と出産時の呼吸(バース・ブリージング)を引き合いに出し、子どもの出産において母親の呼吸が大変重要な意味を持ち、母親の意識的な呼吸が母子のつながりと一体感を深めると言われた。

呼吸、それをわたし達はほとんど無意識に行っているが、この一呼吸、一呼吸に神が吹き込まれる命の息と考えるならば、この呼吸を通じて我々すべての創造物は呼吸によって、瞬時、瞬時に神から送られてくる命を受けているものだと言える。

ヨガではどのように呼吸をするかが、心のあり方、また魂の状態に影響していくと考えられているが、どのような呼吸で日々を送るか、またどのような呼吸で相手と向かい合うか、その事を意識することで、物事がよりクリアになってくるような気がする。
ヨガの時だけではなく、良い呼吸をこころがけようと思う。とりわけストレスを感じる場面では。

この2章の中では、わたしは昔から24節の 

< こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。>

という箇所が昔から好きだった。若い日、この聖書の箇所を、父母を離れたい、故郷を離れたいという想いの口実にしていたきらいもあっただろうが、父母と離れ、パートナーとなるべき男性といっしょになることで、わたし自身が完成するのだろうと考えていた。

そういう意味で非常に結婚願望が強かったのだ。男の子とつき合うとか遊ぶとかそういう気持ちの余裕などなく、出会うべきパートナーを早く見つけださなくてはとやっきになってい変な女の子だった。
背の高さとか、家柄とか、仕事やお金とか、世の結婚の条件とされるものはわたしにはどうでもいいことで、わたしの魂が響くイシュを探していた。

ヤン先生は2章の18節<主なる神は言われた。 

<「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」 >

このところで、この助ける者という言葉の語源について述べられた。この助け、エーゼルという言葉は、救済としての助けの意味があり、女性が男性の「助手」や「補助」的役割を担う存在として創造されたと解釈すべきではなく、むしろ英訳聖書の注解に示されているcorresponding to him (彼と一致する、彼と類似の、彼と対応しあう者)が、彼に合う助ける者の本来の意味を捉えた訳と言えるのではないかということだった。

男と女のパートナーシップは主従の関係ではなく、割れた二つの鏡がぴったりと合うようなそんな関係だいうヤン先生の言葉が心に残った。
彼女自身が北海道で牧師をしているお連れ合いと良いパートナーシップを築いているからこそ言える言葉なのだろうと思う。
わたしもまたそうでありたい。


さて、次はいよいよ安吾の読み深め。
mGの短くも的を得た感想にcorresponding したいと思う。


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               *


  (参考 )
          創世記 2章7節〜25節

GEN02:07 主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。
GEN02:08 主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた。
GEN02:09 主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた。
GEN02:10 エデンから一つの川が流れ出ていた。園を潤し、そこで分かれて、四つの川となっていた。
GEN02:11 第一の川の名はピションで、金を産出するハビラ地方全域を巡っていた。
GEN02:12 その金は良質であり、そこではまた、琥珀の類やラピス・ラズリも産出した。
GEN02:13 第二の川の名はギホンで、クシュ地方全域を巡っていた。
GEN02:14 第三の川の名はチグリスで、アシュルの東の方を流れており、第四の川はユーフラテスであった。
GEN02:15 主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。
GEN02:16 主なる神は人に命じて言われた。 「園のすべての木から取って食べなさい。
GEN02:17 ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」
GEN02:18 主なる神は言われた。 「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」
GEN02:19 主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。
GEN02:20 人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つけることができなかった。
GEN02:21 主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。
GEN02:22 そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、
GEN02:23 人は言った。 「ついに、これこそ わたしの骨の骨 わたしの肉の肉。 これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう まさに、男(イシュ)から取られたものだから。」
GEN02:24 こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。
GEN02:25 人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。


2006年05月18日(木) 白いバラ、 アイスバーグ





















我が家の白バラ、アイスバーグが可憐に咲いている。
5月、自転車を走らせるのは心地良い。
家、家の庭に、また道端に、美しい花達が咲き誇っている。
思わず、自転車を止め、ゆっくりと観たくなる。
いえ、観るというのはふさわしくない。
花との交流と言った方が、正しい気がする。

わたしは花のエネルギーを身に受け、わたしもまた花への感嘆やら感謝やらを花に返す。

昨日、この日記を読んでくれているPから葉書が届いた。5月10日の日記を読んで、心がググッと動き、その学びの場に参加したいという、うれしい葉書だった。

実際昨日の聖書研究会<フェミニズムの視点から>第一回は、とてもおもしろいものだった。
今日の日記はそのことをレポートするつもりだったが、焼酎とベルギービール(このベルギービールのことについても、ひとしきり書きたいことがあるのだが)を飲んでて、頭がかなりふわりとしているので、シリアスなことは考えたり書いたりできない。
ここは早く寝て、明日、早朝書くとしよう。


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2006年05月17日(水) とりあえず写真だけ

























週の前半はなかなか日記を書く時間が取れない。
書きたいことがあると余計に時間が十分ある時でないと書けない。
というわけで、今朝のことろはアップしそびれていた好きな写真を貼っておくことにしよう。

瑞牆山の向こうに見える金峰山(きんぷさん)
雪をかぶった春の山の上にぽっかり浮かんだ雲がいいと思った。



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2006年05月14日(日) 今年の母の日



早朝、母より電話。
「母の日の贈り物が届いたよ〜」

教会学校、子ども達が母の日のカードを作るのを手伝う。
わたしには母の日のカードが届くのだろうかといぶかりつつ。

スタジオFでダンスの練習、3時から8時まで。
その後、mGより母の日のトリート。
久々の焼肉屋でお腹を満たし、北本の温泉へ。
裸で雨が落ちてくる空の真下に寝そべるという贅沢。

携帯に長男からの着信。
母の日コールに違いないとニンマリ。
電話すると
「母の日おめでとう。特に何にもできないけど・・・」
苦労しているような声。
胸がきゅんとする。


翌日、一日遅れで次男から母の日のカード。
「・・・・・・こんなカード書くの何年振りでしょうか?
 ひどい息子だね、実際。・・・・・・・・・・」
いえ、いえ、それほどでも。久々の手書きのカードに感動したのだから。

わたしが両方の母に送ったものは花屋に頼んだカーネーションと観葉植物の寄せ鉢だった。メッセージも花屋さんに届けてもらったのだが、手書きのカードを送るのだったと反省。
プレゼントよりも手書きのカードをもらう方が嬉しいということが今ごろ分かる。


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2006年05月13日(土) 静もる雨の奥多摩を歩いて―大塚山行―

「雨の日の山歩きもいいものですよ」

いつか遊山倶楽部のリーダーのドイさんがそういった言葉が心に掛かっていたが、この日、晴れて、雨の山行を楽しむことができた。

予定では奥多摩駅からバスに乗り換え、鹿倉山に登ることになっていたが、下山に3時間かかるのでコース変更。
古里駅下車―大塚山―御岳のラジウム泉(山香荘)―ケーブルカー―御岳駅となる。
メンバーはショウズ先生、カメダさん、ドイさん、ニシグチさんとわたしの5人。

古里駅でそれぞれ雨具を付けながら、「なんだか楽しくなってきたぞ」と先生。
青、赤、黄、ピンク、と色鮮やかな雨具の楽しいこと。
実際、着ぐるみのようにすっぽり雨具に包まれて、雨の中を歩き出せば、何とも愉快な気持ちになるのだった。


山はいつも静かだが、雨の日の山はいっそう静もっている。
山の緑はいつも新鮮だが、雨の日の新緑はいっそうみずみずしくて美しい。
話声も雨具に落ちる雨音にかき消されるからか、いつもの賑やかな山行きとは違って静かだ。
雨は降っていても山の中は意外と明るく、山々の間から霞が立ち上ってくるようすは幽玄だ。
しっとりと湿ったふかふかの落ち葉を踏みしめ、鳥のさえずりを聞きながら、2時間近くの登りを楽しんだ。







昼前に大塚山の頂上。ピクニックテーブルはあるものの、まともに雨を受けるので、木立の中へ入り、ドイさんが持ってきたツェルトを木の枝にくくりつけ、雨よけをこしらえ、その下で宴会。
目の前には霞に煙る山の姿が大きく広がり、何とも贅沢な眺めだった。
ビール、ワイン、ズブロッカ、粕取り焼酎、ブリやイナダの照り焼き、切り干し大根の煮物、炒りアーモンド、玄米の混ぜご飯、雑穀ご飯・・・
暖かいアップルティーが嬉しかった。







雨の中の宴はしっとりと静かで豊かな時間だったが、やがてツェルトに雨水が溜まり始めたので、宴はそこそこに切り上げ、ラジウム温泉のある御岳山近くの山香荘へ向かう。

1時15分に温泉に到着。この温泉はもう三度目。
初めて来た去年の3月も女風呂を貸切で入ったが、今回もわたし一人。
冷えた身体にお湯が心地よい。
一時間ばかり夢見ごこちでラジウム泉を楽しむ。

ビールを飲んでゆっくりし3時過ぎ、御岳山のケーブルカー駅へ向かう。
雨はまだ降り止まない。

ケーブルカーを降りて滝本から御岳駅まで歩く。電車を待つ間、再び宴会。
まだ時間が早いので新宿まで直通の奥多摩ホリデー快速に乗ることができた。さすが雨の日。乗客はほとんどいなくて、車両には我々だけ。

どこまでも静かな山行き。
豊かな雨の一日。

               *

写真、はじめの2枚はドイさんの撮影したもの。
3枚目はわたしが携帯で撮ったもの。


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2006年05月12日(金) 今年もアンネのバラが咲いた

今年もアンネのバラが咲いた。今年で5年目かな。
今年6年目の白いアイスバーグも咲き始めている。

週に一度は一日家に居る日を作りたいと思い、今日はジムに行くのを止めて家にいた。ゆっくり掃除をしてから庭仕事。

双葉が出て本葉が見え始めたバジルを植え替える。
マリーゴールドも本葉が出てきたので、定植するための土作り。
ところでこのバジルとマリーゴールド、すごく発芽率がいいのだけど、実は100円ショップで二個100円で買った種。これから種は100円ショップでまず探すことにしよう。

もう一つの今日の課題はダンスの練習。
例のごとく、DVDを亀モードにしたり、コマ送りにしたりしながら、振りを頭と身体に叩き込むという作業。
今回は何曲もあるから覚えるのが大変。
今日は2曲がほぼ頭に入ったかな。日曜日の練習日まで忘れませんように。



ダンスの練習の後、ネットで注文していたFILAのヨガマット(ヨガレッスンのDVD付き)が届いたので、DVDを見ながらやってみる。
以前にやっていたハタ・ヨガとも、今ジムでやっているビランクス・ヨガとも違う、どちらかといえば、スポーツ系のヨガ。
この手のヨガはあまり好きではないけど、新しいアーサナ(ポーズ)を覚えられるのだから、ま、いいか。

ところでこのヨガマット、公園でも原っぱでもヨガができるからと買ったのだが、外でやるのは恥ずかしいかも・・・
そのうち、誰もいない早朝の公園で試してみよう。

さて、明日は遊山倶楽部の山行。奥多摩の鹿倉山。
この前みたいに一晩中眠れないないのはしんどいから、mGから日本酒もらって飲むとしよう。
では、おやすみなさい。





2006年05月11日(木) 明日も遊びに来る?

今日のつくしんぼ保育園での四歳児のクラスの後で、Mちゃんが、
「おもしろかったね〜。明日もあそびに来る?」とわたしの顔を覗きこんだ。
「明日は来れないんだよ。また来週来るからね」と言いながら、Mちゃんのこの言葉がほくほくと嬉しかった。

子ども達のクラスでわたしが狙っていることは、子ども達がいい顔をしてこっちを見つめるような場面をできるだけたくさん作ること、そしてクラスが終わったら、「あぁ、おもしろかった」と満足した顔で言うこと。

なぜなら、この時にこそ、学習が成立していると思うから。
子ども達は心がおもしろいと感じることがなければ、何かしら喜びや興奮や充足感がない事には、知識や体験を自分のものにすることはできない。
とすれば、一番理想的な学習の場は「遊び」というわけだ。
いかに充実した「遊び」をさせるかというのが指導者に課せられた課題になる。

大人にすればヨガは遊びなんかではなく、瞑想だったり、トレーニングだったりするのだが、子ども達にとってはヨガも遊びになるという事が分かって面白かった。

親子のクラスでの3歳児はお母さんといっしょにポーズを取るのがうれしそうだったし、お母さんよりも自分の方が身体が曲がることが得意そうだった。また子育てに忙しいお母さん達はヨガをやりたくてもなかなか教室に通えないからと、英語での親子のヨガを予想以上に楽しんでくれた。

5歳児のワイルドなクラスでは、うさぎのポーズをすれば、「rabbitなのにどうしてぴょん、ぴょんしないの」と聞いてくるし、dogのポーズの時には、8人が8人とも bow-wow bow-wow と吼えながら教室中を這い回るので笑ってしまった。

極めつけはlionのポーズ。これは四つんばいになって、眼はぐっと上を睨みながら、舌を出し、その舌を力を入れて下へ押し下げるというものなのだが、この面白い顔を子ども達がすっかり気に入り、この格好のままで唸り声を上げるという状態。
とてもヨガとは言えなかったが、身体を意識的に動かしそれを言葉と結びつける活動としては悪くなかった。

その後、身体の絵を頭から足先まで英単語を言いながら描かせていったが、手の指や足の指まで5本描いたり、腕や足をきちんと描こうとしたり、
頭からすぐに胴体につながるのではなく、首をきちんと描いたりと、今までとは違った人の絵を描いて、後で見たお母さん方も驚いていた。

さて、連休明けのクラスが一通り終了!
今年のクラスは火、水、木の3日間で10コマ。
今まで仕事が入っていなかった木曜日に2クラス入った事でジムでのエアロビクスと太極拳ができなくなってしまったが、仕事にかかるウエイトが大きくなった事は良いことかもしれない。
仕事以外の時にも、次に何をするか、どんな教材を持ってくるかといったことを始終頭考えていて、仕事をしているという充実感を得ているように思う。

さて、これから就寝前までの時間は来週のクラスの準備に当てるとしよう。


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2006年05月10日(水) 聖書研究―フェミニストの視点から

今日から始まった「聖書研究―フェミニストの視点から」に参加する。
わたしたちの教会にこの4月に赴任された韓国人女性牧師、梁(ヤン)先生が導いてくださる。
一回目の今日は、話先生からの提案に基づき、どういう聖書研究をしたいかについて話合いをした。
牧師の話を一方的に聞くという聖書研究ではなく、それぞれが読み取った事を出し合い、共に読みを深めていくという、聖書研究はずっとわたしが求めてきたことだった。
またフェミニストの視点から聖書を読むということも、長い間、心で暖めて来た事だった。その両方のことが、ここへ来て具体的なことになったことがとてもうれしい。
この事もまた、わたしの50代の重要な要素になることだろう。
この日の梁先生のレジメがとても心に響くものだったので、了解を得て、ここに添付した。
また、2001年9月16日と9月18日の日記に書き、その後フェミニスト神学というタイトルでエッセイのコーナーに載せた文章を、久し振りに読み返してみた。
そういえば、この講演を聞いた時、わたしはこの会場で、当時神学生だった梁さんを見かけているのだ。
あの時には、彼女がわたしの通っている教会に赴任してくる事を考えてみることもなかった。しかし、ゆっくりと出会いは準備されていたのだ。あの時の思いが5年という時間を経て、今に繋がったような気がする。


聖書研究は毎週水曜日午前10時30分より、大宮シオンルーテル教会(大宮駅からニューシャトルで一駅、大成駅下車、徒歩5分)にて開かれます。教会員以外の方、大歓迎です。近郊にお住まいの方で聖書を学びたい方、どうぞご参加ください。参加費無料。




 <梁牧師からの提言>      


         フェミニスト視点から聖書を読み直す           


「フェミニストの視点」から聖書を読むということは、聖書が当時の時代や社会が抱えていた問題が反映されていることを理解した上で読む。聖書の登場人物たちはわたしたちと同じように、日々の悩みや葛藤の真っ只中で神の姿を求め続けた人たちであり、わたしたちはその生々しい姿から慰めと親しみを感じる。しかし、聖書を記録したのはある特定の人たちの手によるものである。特定した状況の中で書かれたものである。それゆえ、すべての事情がわたしたちの事情と重なりえると考えるのは誤りである。たとえ聖書の中の登場人物が女性であるとしても、特定なグループ(信仰共同体)の中での特定な人が、置かれた状況の中で使われる言葉を選択し、それに合うように書いている。それゆえ、登場されている女性の立場を生かしているとは考え難い。
このようなことを念頭におきながら、聖書66巻は男性の手によって書かれたということ。また、それは、そのグループを代表するエリート男性の手によって書かれたことを意識しながら読む必要がある。
また、聖書を読むときに大切なのは、自分の立っている位置の確認である。
わたしは �|�の始点に立って聖書を読むのか。�△修譴泙任坊腓韻討い浸訶世�あることを意識する。つまり、宗教的にあるいは社会的に疎外され、権力というものから遠く離れたところにいるたった一人の人に向けて、イエスが全身全霊をもって愛を注いだように、わたしたちもそのような一人を受け入れる立場に立ち切れるかどうかを問いかける姿勢。それを「フェミニスト神学」は表している。
現代の人々は沈黙を知らない。沈黙を知らない人は聖書から神が語ろうとしていることを聞き取ることができない。沈黙を知らない人は聖書の中で沈黙させられている人を見ることができない。沈黙を知らない人は神を沈黙させ、自分が神の代わりに語っているのである。
聖書に語られている物語の中にじっと沈黙したままの存在がある。社会の、あるいは教会の周縁に追いやられ、隠され、見えなくされている存在がテキストの行間にいる。このような存在の、声にならない声を聞くことによってこれまで見えなかったことを見るようにしていく。
わたしたちは、父権制社会の男性中心的構造の中で抑圧を受けたり、さまざまな決まりによって聖なる信仰共同体の外側に疎外されている人々の側に立ちつつ、聖書のテキストを読むことによって、イエスの意図した神の信仰共同体とはどんなものであったかを、より深く捕らえることをこの学びの目標としたい。聖書には現れている視点より隠されている視点が多い。宝隠されたままの島と同じ。それを探しに、探検に出かけよ〜!!!
(参照;絹川久子『ジェンダーの視点で読む聖書』日本基督教団出版局)


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2006年05月09日(火) 英語でヨガ、その前に

昨日、電車が好きなゆんぼくんに電車の写真をアップしたら、ゆんぼくんちでゆんぼくんのとびっきりの笑顔を見ることができた。最高のプレゼント!

そして、ゆんぼのママtimepokanが、書いてくださっていた、この前のダンスのステージの感想を今朝読んで、感激。
ここに全文貼り付けておきたいところだが取りあえず、彼女のブログのエナジーもらいにさいたまへの記事をリンクしておこう。なおせんせいや、ダンス仲間に読んでもらいたいから。

<滞っていた気が一気に流れていく感じは今も続いており
あれからも消えないエナジーを感じながら
日々を送っている・・・・>

わたしたちのダンスのステージをそのように体験してもらえてうれしい。
こうして見てくださった方の眼を通して、その時のステージを新しい眼で見直すことができる。
次のステージに向けてがんばろうと思う。



さて、これから仕事だ。
一発目は、保育所での幼児とお母さんのクラス。
4月のテーマはbugs(虫 )だった。ハチになったりチョウチョになったり、はらぺこのアオムシになったり、ダンゴムシになったり・・・
虫に関する絵本を読んだり、絵を描いたりといろいろなアクティビティーができた。
英語を子ども達の興味や表現に結びつけることにはまず成功したかな。

5月のテーマはbody(からだ)。
身体のそれぞれの名称を教えるだけではなく、英語を使ってヨガをやり、身体を使いながら言葉に馴染ませてゆくというねらい。

Imagine that your belly is a balloon.
When you breath in, your belly expands like a balloon.
one, two, three,four

(自分のお腹がふうせんだと思ってみようね。
息を吸うと、お腹はふうせんのようにふくらむよ。
1,2,3,4)

とこんな具合に指示を英語で出しながら、いろいろな動物のポーズや植物のポーズをとっていくという、わたしにとっても新しい試み。

呼吸を意識的にするということ、身体に聞きつつ、身体の各部位を動かすということはもっと子ども達に伝えていいことだと思う。

さて、英語でヨガ、お母さん方や幼児がうまく乗ってくれるかどうか。
いざ、出陣!


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2006年05月08日(月) ゆんぼくん、電車の写真だよ
























これは、この前、御正体山(みしょうたいさん)に行った時、なかむら駅に止まっていた、河口湖行きのトーマス君の電車。
子ども達に大人気のトーマスと仲間達が描かれている電車に感激。
これはきっとゆんぼくん喜ぶだろうなと電車が入ってくる間際にシャッターを切りました。



















由布岳に登った時に撮ったゆふいん駅の写真。





















駅にはトロッコ電車が止まっていました。
乗ってみたいところですが、わたしの乗ったのは反対側の黄色い電車。


















ついで今日の事を記しておこう。
夕べ深夜に、次男が筑波から戻ってくる。
ずいぶん久し振りの里帰り(?)
ディベートの運営委員をやってるらしく、あちこちの大学のディベートの大会に出向いては世話しているらしい。

この2日間で2時間しか眠っていないと、夕べは帰ってくるなりお風呂にも入らないで寝てしまった。
わたしが歯医者で親知らずを抜いて昼前に戻ってきてもまだ寝ているので起こして、いっしょに昼ご飯を食べながらやっとゆっくり話しができた。

その昔、いつもわたしの膝の上にいて、出かける時は自転車の前の籠や後ろの籠にいたものだった。次男に関してはこのまま大きくならないで欲しいなと何度も思ったし、口にしてきた事を思い出す。とにかく天使のように可愛かったのだ。
今は雲を突くような大男。坊主頭に無精髭。
くるくるとした巻き毛のお人形ようなMの面影など跡形もない。
今でも、ゆんぼ君くらいの小さな男の子を見る度に、何かを無くしたようで、ふっと淋しい気持ちになる。


「ね、結婚して孫連れてきてね。女の子がいいんだけど。」

「ぼくも娘が欲しいよ。結婚はするつもりだけど、女の子と付き合うのが面倒でね。まわり見てると。」

「あんた、風貌もだけど、ほんと、ひと昔前の日本男児だよね。生まれてくる時代、間違えたんじゃないの」

「そうみたい」

だれか、このむさ苦しく、女の子の付き合い方も知らない息子のところに来てくれる心優しい女の子はいないものかしら。
Mの優しさ度は保障します。
いやこの優しさが災いしているのかも。


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2006年05月07日(日) わたしを愛しているか

イエスが十字架につけられる時、イエスの弟子だったシモン・ペテロは、イエスの前から逃げた。しかも三度も「わたしはイエスを知らない」と言って。

鶏が鳴いた時、イエスは振り向きペテロを見つめた。
ペテロは
「あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう。」
と言ったイエスの言葉を思い出し、激しく泣いた。
愛する師を三度も裏切らないではおれなかったおのれの弱さに、また浅ましさに絶望して。

そのペテロの前に復活したイエスが現れて言うのだ。
「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」
イエスの眼差しはシモンを諌める眼差しでも、落胆する眼差しでもない、ペテロの心の深いところへ入ってくるような哀しく慈悲に満ちた眼差しだったことだろう。
ペテロの胸は張り裂けるばかりだったに違いない。
ペテロは搾り出すようにして言う。
「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」
するとイエスは言う
「わたしの小羊を飼いなさい」と。

ところがイエスは再びペテロに聞くのだ。
「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」と。
ペテロは二度も同じ事を言うイエスをいぶかったのかもしれない。
そして同じように答える。
「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と。
するとイエスはまた言う。
「わたしの羊の世話をしなさい」と。

それでもイエスの問いかけは終わらなかった。
イエスは三度目にまたシモンに問いかけた。
「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」
ここでペテロは悲しくなったと聖書にはある。
三度・・・ここでペテロははっと気づいたかもしれない。
少なくとも、ペテロの事を知る読者はその三度という言葉の前に立ち止まる。
ペテロが三度イエスを知らないと言った。その三度と一致するのだ。


今日の主日説教の中でY牧師は語った。
「イエスを三度否定した事はペテロの非常な痛みだった。
その痛みを取り去るためには、そこに向かい合うしかない。イエスはペテロの深い傷に触れ、それを思い起こさせ、それを癒したと。」


イエスはそのように、わたしたちひとりひとりに向かい合う。
決してわたしの罪に対して見て見ぬ振りはしない。
わたしを見据えるのだ。わたしはそのイエスの眼差しから逃れることはできない。
裏切りを認め、それを痛がり、癒されるという、この時のイエスとペテロのできごとを、わたしもまた日々繰り返して生きているのだということ。

イエスはわたしに問いかける。
「わたしを愛しているか」と。
その問いの前に一瞬、一瞬、立たされている。




               *



 <ヨハネによる福音書  21:15−19 >


15 食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。

16 二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。

17 三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知って

18 はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」

19 ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。



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2006年05月05日(金) 御正体山(みしょうたいさん)へ

遊山倶楽部の御正体山行に参加。
一昨日の瑞牆山とは対照的な御正体山を楽しんだ。

自宅を朝の5時15分に出発、mGに車で送ってもらい、北上尾5時37分発JRで新宿へ。新宿発6時44分中央特快で高尾。高尾駅で他のメンバーと合流し大月を経て都留市へ。
参加者はリーダーのDさん、S先生、Kさん、Oさんとわたしの5人。


 
都留駅からタクシーを合乗りし、10時過ぎ、登山口の道坂隧道バス停へ。

瑞牆山は緊張しつつ、ひたすら前進といった登り方だったから、あっという間に山頂に着いたという感覚だったが、御正体山(1681m)は高度はそれほどなく、厳しい場面は全くないのだが、なかなか頂上へ辿りつけない。急な登りや緩やかな登りや下りといくつかのアップダウンを繰り返しながら山頂にゆっくりと近づいてゆくという山だった。


ブナやツガの新緑が美しく、鳥の声がすがすがしい。途中、今が時期のかれんな姿をした富士桜(豆桜)の群落が美しかった。山の植物に詳しいOさんから植物の名前をいろいろ教えていただく。
(写真 上からブナの新緑、富士桜、ひとりしずか、ふでりんどう、帰り道の林)

途中、軽食を摂ったりしてゆっくり休みながら午後1時半過ぎに頂上に着く。山頂にはきれいなピクニックテーブルがあったが、あまりに陽射しが強いので、木陰になっているスポットを見つけ、そこで宴会。



持ち寄った料理やお酒を楽しむ。あまりにのどかでこのままお昼寝をしたい心地。わたしは祖母山へ行った時に仕入れてきた粕取り焼酎(富源)を持参したが、この癖の強いお酒が予想以上に喜んでもらえてよかった。食べ物は紫芋入りのチヂミと煮物(ぜんまい、椎茸、こんにゃく、さつま揚げ)、高菜おにぎりを持参。

2時15分に下山を始め、5時過ぎに登山口へ。タクシーを呼び、やまむら駅へ。高尾行きの電車が出たばかりで、次の電車まで40分ほど時間があったので、駅の前の広場で再び宴。駅の側のたこ焼き屋さんから買ってきたたこ焼きとKさん持参の泡盛(南風)がおいしくて、下山中にようやく酒が抜けたところまた酔っ払う。

電車の中でのビールは辞退したものの、前日ほとんど眠らなかったせいか(12時前にはベッドに入ったものの、とうとう眠れずあきらめて3時半に起床)電車の中では帰り着くまで半分夢の中という状態だった。空席にわたしだけ座らせていただいて申し訳なかったが、とても立てる状態ではなく有難かった。(みなさん、ごめんなさい)
眠りこけつつ新宿からさらに1時間半。10時前に帰宅。シャワーに入り、パソコンも開けないままそのまま爆睡。この連休、2つも山に登ることができた大満足をかみ締めつつ。

               *

コース: 道坂隧道バス停 ー>(1:30) ー>岩下ノ丸ー>(2:15) ー>御正体山ー>(0:30) ー>峰宮前ー>(1:30) ー>車道始点ー>(0:15) ー>御正体入り口バス停ー>(1:10 徒歩の場合)ー>やむらまち駅 
登り:3時間25分。下り3時間25分。


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2006年05月04日(木) 瑞牆山へ―冒険に満ちた山行― つづき

さて、いったいどのような冒険があり、難関を突破したのか、その事を書きたくてしかたがないのだが、時間がない。
昨日遅く帰宅してみると、S先生から明日の山行(山梨、御正体山)のお誘いのメールが届いていた。明日4時起床となれば、少なくとも11時には就寝しなければ。
と、なれば、短いメモだけに留め、後日詳しく書くことにしよう。


前日、<水色の風>号で雨の中を目的地に向かう。談合坂で、<黒い鷹>号でやってきた今回の山行のリーダーやすさんと合流。

町営の増富の湯・みずがき山リーゼントヒュッテは実にすばらしい温泉と宿だった。

わたしの我がままを聞き入れてもらい5時から7時までたっぷり温泉に浸かる。この温泉がいかに優れものだったかは後で書き加える。

宿はホテルでも山小屋でもなく、あえていえば、公民館とか、昔お世話になった公立の青年の家の雰囲気。
星の名前がついた部屋は清潔で広々としており、2階には星空が眺められるロフトがある。

我々はしし鍋をはじめ、土地の山菜をふんだんに使ったおいしい夕食をいただいた後、部屋で持参した紫芋の焼酎を飲みつつ、深夜までまるで学生時代のような、議論に花を咲かせた。こんな話をしたのは何年ぶりのことだろう。

(メモ書きのはずが長くなってしまうな。)

さて、翌日は雲ひとつない大快晴。
陽射しはきらきらと眩しく、空気はきいんと澄み切っている。
さて、いよいよ瑞牆山へ。

毎度の事だが登り始めて10分、身体が登るという行為に順応するまでが、私にとってはいちばんきついところ。ところがそこさえ通りすぎれば、ガイドブックに「一歩を踏み出すのが嫌になるような急勾配」とあるようなところも、楽しくて、いくらでも登れるという気持ちになる。きっとよじ登るという行為がわたしの身体に合っているのだろう。

確かにロープを頼りに腕に力を入れて岩をよじ登るという場面もいくつかあり、やすさんが言うように、山登りというよりはフィールドアスレチックのような感じで垂直に近いような急勾配を登るのは冒険のようだった。

しかし、山頂へ辿りつくに至る関門は、こういった急勾配では実はなかった。
山頂まであとわずかという地点で登山客達が立ち往生している。ザックからアイゼンを取り出して付けている山岳部の部員とおぼしき青年たちの側で、アイゼンを持参していない登山客達は頂上まで行くのを断念していた。
「だめだ、とっても登れない」
「無理して行くことはない」
「アイゼンがないと無理じゃないかなあ」
道が凍りつきとても登れるような状態ではないらしい。

わたし達もアイゼンは持参していない。ということは頂上までは行けないということなのだろうか。
しかし勇敢にもやすさんは進み始めた。とすると、わたしの冒険心が掻き立てられる。大丈夫、慎重に気を緩めないでやれば何とかクリアできるかもしれない。とにかく行けるところまでついて行こう。

足元は確かにすべるが両脇にある木の枝をロープ代わりにしてしっかりと握って進めば、前進できる。一箇所何も掴まるところがなく、ここから先へは行けないと思ったところ、いったいどうやって登ったのか、先に氷の崖を上がったやすさんが、わたしが掴まれるようストックを差し出してくれる。ストックを頼りに、そのつるつるとすべる崖をよじ登り難関突破。さらに氷の坂道を慎重に登っていくと頂上がさっと開けた。

今までの氷の道が嘘のように、そこはさんさんと陽が照る、風もなく穏やかな山頂。思ったより多くの人がそこで食事をしたり、眺望を楽しんだりしていた。

ヒヤヒヤどきどきの冒険だっただけに、山頂の岩の上に立った時には何とも言えない安堵とふつふつとした喜びが湧き起こってきた。
すぐ側には雪を残した金峰山。その右手に遠く富士山。南アルプス、八ヶ岳と360度の大パノラマ。

mGは体調が思わしくなく、途中富士見平で引き返すことになってしまったので、やすさんはmGに見せたかったねとしきりに残念がっていた。わたしはきっとまたこの山にmGと、また仲間と来ようと思った。

さて、11時を10分経過。
明日の山はどんな山だろう。ではおやすみなさい。

< 後日、温泉について記事を追加>

さて、すっかり気にいった「増富の湯」のことを付け加えよう。
増富温泉はラジウム泉だ。ここには、25度、32度、35度と温度の違う3つの源泉かけながしのお風呂がある。
30分位の間、我慢せずにリラックスして入れる温度をお選びくださいとあるが、15分〜30分程、入浴する事により、体内環境をアルカリ性体質に傾け、ホルモンのバランスを整え、循環機能を高め、体内にある老廃物や毒素を排出する働きが出てくるということらしい。

ぬるい温泉なので、いくらでも入っていられるのがうれしい。サウナの後は25度の源泉でクールダウンし、少し冷えてきたら35度の源泉で温まるという具合に入り分けることができる。
32度の温泉でずうっと文庫本を読んでいる人がいて、本を持ってくればよかったと思った。

源泉かけながしのお風呂の他に、スパ、岩盤浴、漢方湯、サウナ、ミストサウナ、打たせ湯、寝湯とさまざまなタイプのお風呂があり、一日でもいることができる。温泉だけでも度々訪れたいところだ。

* 写真は瑞牆山の山肌の向こうに見える金峰山


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2006年05月03日(水) 瑞牆山へ―冒険に満ちた山行―



瑞牆山行は冒険に満ちたものでした。

難関を突破し、辿りついた山頂には信じ難いような大パノラマが展開していました。

記事は後に書くとしてまず写真をアップしましょう
































































2006年05月02日(火) いざ瑞牆山へ




















明日(もう今日だが)ここのBBSでYASUさんから紹介のあった山梨の瑞牆山(みずがき)へ。メンバーはYASUさんとmGとたりたの3人。
最初の計画は2日の日帰りだったが、明日3日は天気が悪いようなので、渋滞を避けて明日近くまでゆき宿泊、翌朝登山り、そしてしめは鴻巣の創作料理屋くるりでみんなに合流ということになり、バケイション度がぐんとアップした。
明日は森散策をして増富温泉だ。


今日、ゼミの帰り道、明日の山行きの事を話したら、S先生やOさんがとても美しい山だからぜひ登っていらっしゃい、できれば隣の金峰山にもと言ってくださった。

今日のゼミは20人近い参加者で、それぞれの方の読み方が興味深かった。シーモアの物語、さらに読んでみたい、調べてみたい気持ちになる。
山行の事があったから後ろ髪を引かれつつも宴会はパス。

さて、明日は4時起きはしなくて良くなったものの、もう寝よう。

写真はレモンバーブ。これからハーブティーにして飲むところ。
良い香りのお茶、きっとよく眠れます。



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2006年05月01日(月) 「バナナフイッシュに最適の日」を携えて

今日、ゼミ日。午後からシーモア尋ねの最終段階に入った。
「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」(1955年)「シーモア―序章―」(1959年)「フラニー」(1955年)「ゾーイー」(1957年)とこれまで読んできたが、問題のテキスト「バナナフイッシュに最適の日」が入っているサリンジャーの短編9編を集めた「ナイン・ストリーズ」(1953年)の中の「テディ」を読んだ。
このテディこそが、子供の時のシーモアだと言われているからだ。

しかし、時間が来てしまった。
後1時間ほどで家を出てゼミの場所へ行かなければならないのだが、シーモアを尋ねるレポートを書き上げることも、あるいはシーモアが放ったきらめく星のような言葉を取り出してシーモア語録としてをまとめることもできなかった。

まずノートにメモ書きしていったが、あまりに膨大で、しかもどの箇所もシーモアについて重要な事が記されているから、ある部分を抜き出すというわけにも、また文章を要約するという具合にもいかないのだ。
むろん、作家は、またシーモアも、そんなことして欲しいわけがなく、一人の読者がシーモアについて紙1枚、2枚にまとめるリポートなどいい迷惑なことだろう。
サリンジャー自身がこのシーモアという人物を尋ねるという苦闘を続けながら、その旅は終わらなかったのだから。

それならば、わたしはここ2週間ほどのシーモアを尋ねる旅をひとくぎり終え、まずこの出合に深く感謝していることを記しておきたい。
そして、シーモアをはじめとするグラース家の兄弟達が見せてくれた内なる世界、そこに沈潜し、考え、共感したり、確認したりすることで湧き起こってきた喜び(わたしはかなり強い宗教的喜びをそこに感じて涙をこぼしたことを告白する)のことを忘れないでおきたい。

きっと、シーモアの言葉はこれからもこの日記に登場することだろう。
例えば、シーモアが舞台に出る弟のバディー言った「『太っちょのオバサマ』のために靴を磨いてゆけ」(この「『太っちょのオバサマ』というのは他でもない、キリストその人のことなのだが)という言葉はきっと繰り返しわたしに聞えてくるだろうし、
「おまえが死んだ時、おまえに対して二つだけ質問が出されるということだ。お前の星たちはほとんど出そろったか?おまえは心情を描きつくすことに励んだか?・・・」と、小説家になったバディーに語るシーモアの言葉もまた聞え続ける事が予想できる。

バナナフィッシュに至ってはまだ謎だ。
人間が世俗的な事に溺れ、魂を枯渇させてしまうことの暗示と受け止めたが、もっと深い意味が隠されているのだろう。
今日のゼミでそれぞれの方の読み方を聞くのを楽しみに出かけるとしよう。


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